231 / 255
第23章
第229話 結い
しおりを挟む
少年にお茶が入ったコップを渡すと、彼はそれをゆっくりと飲んだ。コップを飲んだのではない。手の動きが段階的で、あまり人間味を感じさせない。視線もどちらかといえば冷徹だから、月夜と気が合いそうだった。もちろん、彼女自身はそのようには認識していない。見た目から内面を推測することは、人間同士の関係において、つまり社会的な場においては、あまり良いこととはされていない。
少年は、飲む行為を逆再生するように、コップを持つ手を下へと動かした。そのまま停止する。数秒の停滞ののち、コップをテーブルへと置き、そうして、顔を月夜へと向けた。
「何?」少年が問う。
「何が?」
「何でも」
数秒間、少年と見つめ合う。しかし、何も起こらなかった。単なる沈黙が続く。特別な沈黙というのもあるが、それは、大抵の場合、一人のときに得られる。
「今日は、襲ってこないの?」月夜は尋ねた。これまでの文脈がなければ、妙な台詞として捉えられただろうと推測したが、その推測がはたらくこと自体、妙と呼ばざるをえなかった。
「襲う?」
「攻撃、と言い換えられるかもしれない」
「攻撃?」
それまで床に直接座っていたが、月夜も少年の隣に腰を下ろした。その方がコミュニケーションを取りやすい、つまりは、場を共有しやすいと考えたからだ。
「貴方の目的は、私を殺すことでは?」
その言葉を口にすることに、それなりの抵抗があった。今は周囲に誰もいない。昨日のように攻撃されたら、おそらく対抗できないだろう。
月夜の言葉を受けて、少年はじっと彼女を見つめる。考えているのか、判断しているのか、何をしているのか掴めない表情だ。
「貴方は、物の怪では?」
月夜がそう言うと、少年はコマ送りのように瞬きをし、それから一度頷いた。
「なるほど」彼は答える。「しかし、それは僕ではない」
「貴方ではない?」
「そう。僕ではない」
「貴方では?」
少年は首を振る。驚くべきことに、その際、視線がまったくぶれなかった。目だけ顔から乖離して、宙に浮かんでいるような感じだ。
「もう一人の僕がやったんだろう」
少年が月夜の手を握った。
握られた、と月夜は感じる。
「傷つけた?」
少年に問われ、どうだろう、と月夜は考える。
二秒間の沈黙。
「そうかもしれない」彼女は答えた。
少年は、飲む行為を逆再生するように、コップを持つ手を下へと動かした。そのまま停止する。数秒の停滞ののち、コップをテーブルへと置き、そうして、顔を月夜へと向けた。
「何?」少年が問う。
「何が?」
「何でも」
数秒間、少年と見つめ合う。しかし、何も起こらなかった。単なる沈黙が続く。特別な沈黙というのもあるが、それは、大抵の場合、一人のときに得られる。
「今日は、襲ってこないの?」月夜は尋ねた。これまでの文脈がなければ、妙な台詞として捉えられただろうと推測したが、その推測がはたらくこと自体、妙と呼ばざるをえなかった。
「襲う?」
「攻撃、と言い換えられるかもしれない」
「攻撃?」
それまで床に直接座っていたが、月夜も少年の隣に腰を下ろした。その方がコミュニケーションを取りやすい、つまりは、場を共有しやすいと考えたからだ。
「貴方の目的は、私を殺すことでは?」
その言葉を口にすることに、それなりの抵抗があった。今は周囲に誰もいない。昨日のように攻撃されたら、おそらく対抗できないだろう。
月夜の言葉を受けて、少年はじっと彼女を見つめる。考えているのか、判断しているのか、何をしているのか掴めない表情だ。
「貴方は、物の怪では?」
月夜がそう言うと、少年はコマ送りのように瞬きをし、それから一度頷いた。
「なるほど」彼は答える。「しかし、それは僕ではない」
「貴方ではない?」
「そう。僕ではない」
「貴方では?」
少年は首を振る。驚くべきことに、その際、視線がまったくぶれなかった。目だけ顔から乖離して、宙に浮かんでいるような感じだ。
「もう一人の僕がやったんだろう」
少年が月夜の手を握った。
握られた、と月夜は感じる。
「傷つけた?」
少年に問われ、どうだろう、と月夜は考える。
二秒間の沈黙。
「そうかもしれない」彼女は答えた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
毒炎の侍女、後宮に戻り見えざる敵と戦う ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第三部~
西川 旭
ファンタジー
未読の方は第一部からどうぞー。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/437803662
北方の地を旅して、念願叶い邑の仇を討ち果たした麗央那たちは、昂国へ戻った。
しかし昂国の中では、麗央那たちはお尋ね者になっていた。
後宮の貴妃であり麗央那の元主人である翠蝶は、自分が匿うからしばらく家にいていいと優しく提案する。
幸せな日々を翠蝶の屋敷の中で過ごす中、不意に異変が起こる。
何者かが翠蝶の体と魂に戒めの術を施し、昏睡状態に陥らせたのだ。
翠蝶の、そしてお腹の中の赤子のためにも、事態を一刻も早く解決しなければならない。
後宮内での陰謀にその原因がありそうだと踏んだ名軍師、除葛は、麗央那を再び後宮の侍女として戻す策を発した。
二度目となる後宮暮らしで麗央那を待ち構える敵と戦いとは、果たして……。
【登場人物】
北原麗央那(きたはら・れおな) 17歳女子。ガリ勉。
紺翔霏(こん・しょうひ) 武術が達者な女の子。
応軽螢(おう・けいけい) 楽天家の少年。
司午玄霧(しご・げんむ) 偉そうな軍人。
司午翠蝶(しご・すいちょう) お転婆な貴妃。
環玉楊(かん・ぎょくよう) 国一番の美女と誉れ高い盲目の貴妃。琵琶と陶芸の名手。豪商の娘。
環椿珠(かん・ちんじゅ) 玉楊の腹違いの兄弟。
巌力(がんりき) 筋肉な宦官。
銀月(ぎんげつ) 巌力たちの上司の宦官。
除葛姜(じょかつ・きょう) 若白髪の軍師。
百憩(ひゃっけい) 都で学ぶ僧侶。
除葛漣(じょかつ・れん) 祈る美妃。
塀紅猫(へい・こうみょう) 南苑統括の貴妃。翼州公の娘。
素乾柳由(そかん・りゅうゆう) 正妃。
馬蝋(ばろう) 一番偉い宦官。
博孤氷(はく・こひょう) 漣の侍女。
司午想雲(しご・そううん) 玄霧の息子。
利毛蘭(り・もうらん) 翠蝶の侍女。
乙(おつ) 姜の下で働く間者。
川久(せんきゅう) 正妃の腹心の宦官。
涼獏(りょう・ばく) チャラ男の書官。
★酒見賢一先生のご霊前に捧ぐ
婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!
テス
萩原繁殖
ライト文芸
僕は初めから虚構していた。どんなときも、どんな場所でも。数えきれないフィクションを生み出し、そこに僕の現身をつくった。僕はそこで歩けるし、何かを為すことができる。僕は潜水していく中で、どんどん小さくなっていく酸素の中にいろんな光景を見る。人々の行動、知らない趣、木星の記憶。僕に向かって星々が集約すればいいと思った。僕は恒に光っていたかった。
ガールズ!ナイトデューティー
高城蓉理
ライト文芸
【第三回アルファポリスライト文芸大賞奨励賞を頂きました。ありがとうございました】
■夜に働く女子たちの、焦れキュンお仕事ラブコメ!
夜行性アラサー仲良し女子四人組が毎日眠い目を擦りながら、恋に仕事に大奮闘するお話です。
■第二部(旧 延長戦っっ)以降は大人向けの会話が増えますので、ご注意下さい。
●神寺 朱美(28)
ペンネームは、神宮寺アケミ。
隔週少女誌キャンディ専属の漫画家で、画力は折り紙つき。夜型生活。
現在執筆中の漫画のタイトルは【恋するリセエンヌ】
水面下でアニメ制作話が進んでいる人気作品を執筆。いつも担当編集者吉岡に叱られながら、苦手なネームを考えている。
●山辺 息吹(28)
某都市水道局 漏水修繕管理課に勤務する技術職公務員。国立大卒のリケジョ。
幹線道路で漏水が起きる度に、夜間工事に立ち会うため夜勤が多い。
●御堂 茜 (27)
関東放送のアナウンサー。
紆余曲折あり現在は同じ建物内の関東放送ラジオ部の深夜レギュラーに出向中。
某有名大学の元ミスキャン。才女。
●遠藤 桜 (30)
某有名チェーン ファミレスの副店長。
ニックネームは、桜ねぇ(さくねぇ)。
若い頃は房総方面でレディースの総長的役割を果たしていたが、あることをきっかけに脱退。
その後上京。ファミレスチェーンのアルバイトから副店長に上り詰めた努力家。
※一部を小説家になろうにも投稿してます
※illustration 鈴木真澄先生@ma_suzuki_mnyt
セリフ&声劇台本
まぐろ首領
ライト文芸
自作のセリフ、声劇台本を集めました。
LIVE配信の際や、ボイス投稿の際にお使い下さい。
また、投稿する際に使われる方は、詳細などに
【台本(セリフ):詩乃冬姫】と記入していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
また、コメントに一言下されば喜びます。
随時更新していきます。
リクエスト、改善してほしいことなどありましたらコメントよろしくお願いします。
また、コメントは返信できない場合がございますのでご了承ください。
天狗の盃
大林 朔也
ライト文芸
兄と比較されて育った刈谷昌景は、一族の役割を果たす為に天狗のいる山へと向かうことになった。その山は、たくさんの鴉が飛び交い、不思議な雰囲気が漂っていた。
山に着くと、天狗は「盃」で酒を飲むということだったが、その盃は、他の妖怪によって盗まれてしまっていた。
主人公は、盃を取り戻す為に天狗と共に妖怪の世界を行き来し、両親からの呪縛である兄との比較を乗り越え、禍が降り注ぐのを阻止するために、様々な妖怪と戦うことになるのだった。
正義のヒーローはおじさん~イケてるおじさん三人とアンドロイド二体が事件に挑む!?~
桜 こころ
ライト文芸
輪島隆は55歳のしがないおじさん、探偵事務所を営んでいる。
久しぶりに開かれる同窓会に足を運んだことが、彼の運命を変えることになる。
同窓会で再会した二人のおじさん。
一人は研究大好き、見た目も心も可愛いおちゃめな天才おじさん!
もう一人は謎の多い、凄技を持つ根暗イケメンおじさん?
なぜか三人で探偵の仕事をすることに……。
三人はある日、野良猫を捕獲した。
その首輪に宝石がついていたことから大事件へと発展していく。
おじさん三人とアンドロイド二体も加わり、探偵の仕事ははちゃめちゃ、どんちゃん騒ぎ!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる