舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第22章

第217話 散るか否か

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 夜。

 布団の中で目を覚ました。傍にフィルがいる。しかし、暗くてはっきりとは見えない。布団にへばりついていた髪の先に、力が入るのを感じる。ただし、髪はそれ単体では動かすことができない。顔を上げ、上半身を持ち上げて、周囲を逡巡する。

 夜中に目を覚ますのは珍しい。窓の外では雨が激しく降っている。雨でも窓には隙間を開けてあるから、音が室内にも鳴り響いていた。雨に特有の匂いもする。冷たい空気が流れ込んでくる。

 何かの気配を感じた。

 それが何かは分からない。

 感覚は、変化が生じた際に、その変化を感じ取るものだから、もとから傍にいるフィルの気配を感じたのではない。

 立ち上がって、大きい方の窓の傍に寄った。半分ほど開いたシャッターの向こうを見る。近隣の家の屋根、その向こう側に立ち並ぶ三本の電柱。そして、そのさらに向こう側に聳える山。

 眼下に影が走って、月夜の意識はそちらに引っ張られた。この場合の意識とは、すなわち視線と置き換えられる。意識が先か、視線が先か、どちらだろうか。

 雨のせいで音は聞こえなかったが、自分の敷地内で何者かが蹲っていた。蹲ったまま眠ってしまっているということはなさそうだ。微かに移動を繰り返している。何をしているのかは分からないが、何かをしようとはしているように見える。

 十数秒ほど、その者の動きを上から見下ろした。

 そして、目が合った。

 そう感じた。

 相手も同じように感じただろう。

 月夜の視線に気がつき、何者かはじっと彼女を見つめていた。見つめられたから、月夜も目を離すことができなかった。相手の表情は暗闇に紛れてよく見えないが、意外と鋭い目つきをしているように思える。警戒しているのだろうか。

 直後、その何者かは立ち上がると、這いつくばるような歩き方で家の正面へと向かった。砂利を踏む音が、雨音に混じって聞こえる。生い茂った木々の葉に擦れる音も分かった。

 月夜も部屋の中で家の正面側に向かう。そちらにも小さい窓がある。

 見ると、何者かがちょうど立ち去っていくところだった。家の前にある道路を右側に歩いていく。

 庭を囲む柵に身体が隠れかけたとき、その何者かがこちらを振り返った。また、月夜と目が合う。相手は数秒間立ち止まっていたが、やがて柵の向こうに見えなくなった。

 暫くの間、月夜は窓の前に立っていた。雨の音が鳴り響いているはずだが、それを思い出すのに数秒を要した。
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