舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第21章

第209話 桃現響

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 階段の踊り場は暗かった。階段以外に踊り場を持つ場所はあるのだろうか、と月夜は考える。頭上から微かに光が差し込んでいた。しかし、それだけだ。それだけというのは、オンリーという意味で、オンリーというのは、限定されているという意味になる。

 フィルが手摺りの上を歩いている。先ほどから、下から上ったり、上から下りたりを繰り返していた。何が面白いのか分からないが、その様を眺めているのは面白かった。そして、その様を眺めて面白いと思っている自分を自覚するのも、また面白い。そんなことを面白いと思っている自分を見て、フィルも面白いと思っているだろうか。

「今日はどんな一日だったんだ?」

 フィルに尋ねられ、月夜は現実から乖離しかけていた視線を彼に向けた。

「至って通常の一日」

「つまり、さぼり魔の一日ということか」

「さぼってはいない」

 フィルは手摺りを滑る勢いのままに空中に飛び上がり、硬質な床の上に静かに着地した。それから、階段を上って月夜の傍へと近づいてくる。腕の中に飛び込んでくるかと思って身構えたが、フィルは高く飛び上がると、月夜の隣にある手摺りの上に大人しく座った。どうやら、今日は手摺りとデートがしたいらしい。

「単刀直入に訊こうか」フィルが言った。彼はくりくりした目を月夜に向ける。

「今の一連のやり取りがあったから、もう単刀直入ではない」

「ルゥラとの別れは、辛くなかったのか?」

 フィルの質問の意味を理解して、月夜は一度口を閉じた。いや、今はフィルが話すターンだったから、少し前から口は閉ざされている。

 ルゥラというのは、月夜と知り合いだった物の怪のことだ。食事をとらせることで月夜を殺そうとしたが、それが上手くいかず、結果的に自らの命を失うことになった。物の怪はもともと命を失っているから、それは比喩的な表現にすぎないが。

「分からない」

 暫くしてから、月夜は答えた。

 答えてみると、なんともチープな答えだと思った。

 いや、答える前からそう思っていた。

 口にしてみることで、改めてそのチープさが分かるようになったという意味だ。

「まあ、そうだろうな」フィルが言った。「お前にとって、あいつがどのような位置に存在していたのか、俺にはよく分からないが」

 月夜は少しだけ上を向く。

「大事ではあったかもしれない」

「それは、自分がか? それとも、相手がか?」

 月夜は答えを口に出さなかった。
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