舞台装置は闇の中

彼方灯火

文字の大きさ
上 下
199 / 255
第20章

第198話 《 》

しおりを挟む
 ルゥラは身体の自由が利かないみたいだった。いや、それは少し前からそうだっただろう。彼女の身体を操作していたのは、おそらく彼女の意志ではない。意志というものが、存在という形式で、この世にあると仮定すればの話だが。

「ごめんね、月夜」ルゥラは顔だけ横に向けて、傍に座る月夜を見た。「痛かったでしょ?」

「痛かった」月夜は頷く。

「そうだよなあ……」ルゥラはまた上を向く。それから、すぐに横を向いて月夜を見直した。「あ、でもね。痛いって感じるのは、生きているからだからね」

「それは、分かっている」

「そう。なら、いいけど」

 背後に目を向けると、ルンルンがそこに立っていた。二人に背を向けている。彼女はフィルを抱えていた。

 ルンルンが何をしようとしたのか、月夜には分からない。

 ただし、彼女が間違えたことをしたとも思えなかった。

「私ね、昔死んだの」辛うじて動くのであろう手を動かして、ルゥラが月夜の手を握る。月夜は彼女の方を見た。「そうして、物の怪になった。でもね、きっと、私自身が、物の怪になったんじゃないんだよ」

 月夜は首を傾げる。

「ルゥラ、イコール、物の怪、ではない、ということ?」

 月夜がそう言うと、ルゥラは小さく息を漏らして笑った。それ以上の笑いを実現するのは、困難なように見えた。

「月夜の話は、難しくて分かりづらい」

「ごめん」

「いいよ、謝らなくて。私が、勉強不足なのかもしれない」

「今のルゥラは、やけに謙虚」

「けんきょって、何?」

「いい子、という意味」

 月夜の言葉を聞いて、ルゥラはにっこり笑った。

 空気中に浮かんでいた皿はすべて消失し、周囲にはいつも通りの景観が戻りつつあった。ただ、先ほどの残滓のようなものはまだ感じられる。もとの世界は涼しいのに、その上に被さる世界が熱いから、奇妙な体感が得られた。

「私自身は、月夜と一緒にいたかった」ルゥラが話した。「でもね、物の怪が、それを許さなかった。あの子は、月夜を殺そうとしていた。それがあの子の役割だから、仕方がないんだけど」

「私は、殺されるべきだった?」

 月夜がそう尋ねると、ルゥラは目を細めて首を傾げた。

「うーん、分かんない。どっちがいいのか、分かんない」

「簡単に答えが出るような問題ではない?」

「うん、そうだよ」ルゥラは頷いた。「でも、月夜とまたお話ができて、よかったよ」

 ルゥラは、もう片方の手も使って、両手で月夜の手を握った。力は弱々しく、とても、握った、と素直に表現できるような力は感じられなかった。
しおりを挟む

処理中です...