舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第20章

第196話 【 】

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 目の前の皿を除け、月夜はルゥラの手を掴んだ。何の躊躇も悟られないように、素早く手を伸ばしたつもりだったが、相手にはこちらの動揺が伝わったかもしれない。

 月夜は赤い目を見つめる。

 相手もこちらを見ていた。

 掴んだ手に力を込める。

「ルゥラ、帰ろう」月夜は言った。「自分が何を求めているのか、よく、分からないけど、とりあえず、今は貴女に一緒にいてほしい、と思う」

 宙に舞う皿の破片が額に触れ、また皮膚が音を上げて焦げる。

 月夜を見つめたまま、ルゥラはずっと沈黙している。見つめていると、相手が誰か分からなくなることがある。距離感が曖昧になり、何を見ているのか分からなくなる。そして、自分が今どこにいるのかさえも。

 ずっと沈黙していたルゥラは、やがて空いている方の手で、自分の手を掴んでいる、月夜の手を掴んだ。

「私ハ、一緒ニハイラレナイ」彼女が重く淀んだ声で話す。

「どうして?」

 ルゥラの瞳の奥に何があるのか、月夜は見ようとする。自分の鋭い視線であれば、その奥底まで抉ることができるのではないか、という気がしてくる。

「どうして、一緒にはいられない?」月夜はもう一度尋ねる。

「ソウ、決メラレテイルカラ」

 決められているとは、どういう意味だろう、と月夜は考える。

「貴女が、決めればいいのでは?」

「私ハ、モウ、死ンデイルカラ」ルゥラが言った。「本当ハ、月夜ニ会ウコトサエモ、叶ワナカッタハズダカラ」

 ルゥラが月夜の腕を掴む力を強める。突然の痛みに月夜の内面は驚いたが、それを表に出さないように努力した。

 ルゥラは月夜の腕を引き剥がすと、その勢いのまま両手で月夜の首もとを掴んだ。

 全身の力が緩み、月夜は抱えていたフィルを離してしまう。

 落下しかけたフィルが飛び上がり、ルゥラの手に噛み付くが、彼女はまったく動じない。

「ゴメンネ、月夜」ルゥラが言った。「貴女ニ会エテ、嬉シカッタ」

 自分の首を締めるルゥラの腕を、月夜は掴もうとする。

 自然と、目もとに涙が浮かんでくる。

「ゴメンネ」

 もう一度、ルゥラの声。

 滲んだ目でその向こう側を垣間見たとき、ルゥラの赤い目からも、何かが滴っていることに気がついた。

 下方からフィルの声。

 彼には、どうにもできないらしい。

 低迷する判断力。

 死へと誘う、一本道。
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