舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第20章

第194話 { }

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 フィルを腕の中に抱き締め、月夜は一歩後ろに退く。

 空気中に大量の皿が舞っている。完全な形を保持するものも、すでに破片と化しているものも、両者が混じっていた。それらに触れると怪我をするから、様々に立ち位置を変えなくてはならない。

 目の前に多量の皿が立ち込め、その向こうに立つ少女の姿を隠している。そこだけ竜巻が生じたかのように、皿は上に向かって渦巻いていた。しかし、完全に空の果てへ上り詰めるものはない。一定の規則に従って、上昇したものは下降し、下降したものは上昇する。

 皿。

 皿。

 皿。

 状況に飲み込まれそうになっていたが、空中に舞う皿の破片が腕に触れて、我に返った。見ると、そこだけ皮膚が焦げている。大した傷ではないが、触れただけで物質を変容させるとなれば、酸の類と同程度には危険視しておく必要がある。

 腕の中に収まっていたフィルが、月夜の腕の焦げた部分を舐めた。一瞬、刺すような痛みが走ったが、すぐに収まった。舐められた部分は焦げた跡がなくなり、綺麗にもとの状態へと戻っていた。

「お呪いさ」フィルが呟く。

 すでに到来した嵐の前に何もできないように、月夜はその場に立ち尽くすことしかできなかった。空はこの状況を予想していたように暗い。ただし、単に暗いだけでもない。原初的な感情が悲しみや寂しさであるように、その暗さには、そうあるべくしてそうあるような、一種の合理性が感じられた。

 目の前を舞っていた皿の群れが徐々に霧散していく。竜巻の構成要素として機能していた皿は空気中に放り出され、然るべき位置に辿り着いて安定する。この世の様々な現象を形作る要素は、いつも、人々の傍にある。未知は有限の既知によって作られている。

 自分にとって、ルゥラは未知だっただろうか?

 皿の向こう側から現れた少女の姿は、すでに変わり果てていた。それが、かつてルゥラと呼ばれていた個体と同一だと断定できる客観的根拠は、どこにも見つからなかった。

 赤い目。

 伸びた腕。

 どこにも、かつての彼女の面影はない。

 けれど、発せられた声に、余韻のように彼女のそれが残っていることに、月夜は気がついた。

「月夜」物の怪が呟いた。「モウ、オ仕舞イ」
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