舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第19章

第186話 交差する発端と融合する結末

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 坂道を下りきると大通りに出た。自動車が走行している。歩行者の姿はあまり見当たらない。傍にある蕎麦屋の煙突から白い煙が上っていた。

 皿を辿る。

 周囲には日常が広がっている。個人がどれほど危機的状況に陥っていても、周りにいる者には関係がない。そうすることで、全体としての安寧を維持するのが人間だからだろう。いや、動物だからといった方が正しいだろうか。

 月夜が歩く速度は少しずつ速くなっていた。もちろん、限度はある。先ほどと比べると今の方が速いという意味だ。下り坂で加速したせいかもしれない。エネルギー保存の法則に従えば、その内にもとの速度まで戻るはずだ。そしてやがて静止する。

「ルゥラの居場所は分からない?」

 一緒に歩くのをやめて、今は月夜の腕の中に陣取っているフィルに、彼女は尋ねる。

「生憎と」フィルは答えた。「俺のアンテナは万能ではないからな」

「頭を展開して、ボウルのような形にしたら、もう少し受信できるようになる?」

「なるかもしれない」

「やってみる?」

「遠慮しておこうかな」

「どうして?」

「どうしてだと思う?」フィルは月夜を見つめる。

「どうしてだと思う?」月夜はフィルを見つめる。

 横断歩道を渡る。横断歩道は車道でもあり歩道でもあるが、そこにも皿は落ちていた。自動車が踏みつけても何の影響もない。月夜が踏むと割れる可能性がある。

 頭上をカラスが飛んでいった。一羽ではない。二羽か、あるいは三羽か。電線の上に止まって首を何度か捻る仕草をする。月夜と目が合ったが、相手の方がすぐに逸らしてしまった。

 今、ルゥラはどうしているだろう?

 結果的にだが、彼女と出かけるという約束が果たせたことになる。ただ、先に出ていった彼女を追いかける行為が、果たして、彼女と一緒に、と呼べるのかどうか疑問だった。おそらく、ルゥラなら文句を言うだろう。彼女にとって、それは一緒とはいわないに違いない。

 足もとに転がっていた小石に靴の先が当たり、皿の上を音を立てて転がっていく。

 寒暖を繰り返しながら、季節は夏に向かっていく。いつから春だろうと考えている内に、もう春は終わっている。夏もきっとそうだ。季節とは何だろうか。思い出と同じかもしれない。あとになって、思い出したときに、それにそういう形が与えられる。初めからあるのではない。

 ルゥラと自分の関係も、そうかもしれない。

 彼女は、いつの間にか自分の傍にいて、いつの間にか自分の傍からいなくなる。そんな予感が随分前からあった。
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