舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第18章

第177話 voice

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 ルゥラに料理を食べてもらった。もらった、という表現はあまり好きではないが、ほかの言葉で同じニュアンスを再現しにくいため、仕方がない。ここのところの塩梅を上手く調整しないと、どうでも良いことでいつまでもくよくよ考えることになる。

「焼いただけでも、美味しいね」ルゥラが感想を述べた。「焼いただけなのに」

「焼かなくても、美味しいかもしれない」月夜は真面目に応答する。

「キャベツも、切っただけなのに、美味しい」

「切らなくても、たぶん美味しい」

 ルゥラは箸の持ち方が変だ。普通、二本の内上に来るものだけが動くが、彼女は両方ともを動かしている。別に、食べられれば何でも良いわけだから、いちいち指摘するようなことではないだろう。

「月夜は食べないの?」ルゥラが首を傾げる。

「食べない」

「どうして? 一口あげるよ。あ、いや、一口じゃなくても、いくらでも。一緒に食べようよ」

「食べない」

「なんで?」

「ルゥラにあげたものだから」

「月夜が作ったものでしょう?」

「そうだけど」

「そうだけど?」

「ルゥラにあげたものだから」

 ルゥラは声を上げて笑った。口にアジが入ったままガハハと笑うものだから、飛沫やら何やらが空気中に舞った。

 月夜は布巾で彼女の口もとを拭いて、やる。

「じゃあ、フィルにあげようかな」

 ルゥラの隣で丸まっている黒猫に向かって、彼女は声をかける。

「いらない」丸まったままフィルが声を出した。

「どうして?」

「お前が貰ったものだから」

「なんか、二人とも変なところで律儀だよねえ」ルゥラは目を瞑ってうんうんと頷く。「尊敬しちゃうなあ」

 給湯器から風呂が沸いた合図が聞こえた。お風呂が沸きました、と聞こえる。如何にも風呂が自分で沸いたかのような表現だ。しかし、お風呂に沸かれましたとか、お風呂が沸かされましたでは違和感を覚えるので、やはり最初の表現で合っているのだろう。

「じゃあ、私は風呂に入る」そう言って月夜は立ち上がりかけた。

「ええ、なんで!?」ルゥラが大きな声を出す。「一緒に入ろうよ」

「狭い」

「いいじゃん、別に、狭くてもさあ。一人で入るより、二人とか、三人で入った方が楽しいでしょ?」

 それは、友達百人作ろうとするのと同じだろうか。

「ルゥラは、今ご飯を食べている。そして、風呂は今沸いた」

「だから?」

「だから、ルゥラはご飯を食べ続け、私は風呂に入る」

「駄目だから」ルゥラは箸の先を月夜に向けた。「許さないから」
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