舞台装置は闇の中

羽上帆樽

文字の大きさ
上 下
176 / 255
第18章

第175話 always

しおりを挟む
 玄関の外にフィルが立っていた。いつものように行儀良く座っている。

「どうして、インターホンを鳴らしたの?」

 月夜はしゃがみ込んでフィルと目線を合わせる。そうしても猫の気分にはなれなかった。フィルの気分にはなれたかもしれない。

「特に理由はない」フィルは月夜を見つめて答える。「しかし、理由がないということが、そのまま、意味がないということを意味するわけでもない」

「ルゥラは眠っている」

「ああ、そうだろうな」

「特に理由はない」

「眠ることに理由はあるだろう。生理的なものだから」

 月夜はフィルを抱きかかえて室内に戻った。

「どうしたんだ、料理なんか作って」テーブルの上にあるものを見て、フィルが尋ねてきた。

「料理なんか作った」月夜は応える。

「俺に食えってことか? 生憎だが、今はお腹がいっぱいで食べられないんだ」

「ルゥラのために作った。フィルも食べたかった?」

「いいや、まったく」

 月夜はソファに座る。フィルはどうやってインターホンを鳴らしたのだろうかと考えたが、答えは分からなかった。飛び上がればそのくらいまで手が届くものだろうか。

 本当に静かな夜。

 but, not静謐。

 何かが聞こえるが、それが何だか分からない。

 リビングの照明は今は橙色になっていた。月夜がそうしたからだ。こういう色の照明を何と呼ぶのか思い出そうとしたが、分からなかった。ルゥラが起きてしまわないように配慮したつもりだ。ただ、眠っている者にとって、外部の明るさが関係するのかは不明だ。

「毎日毎日食事をとらなくてはならない身体というのも、大変だな」机の周囲をうろうろしながら、フィルが言った。

「本来、身体とはそういうもの」

「しかし、毎日毎日同じことをするのが、生きるということだからな」

「何も、しかし、ではない」

「月夜はきちんと生きているか?」

 きちんととはどういう意味だろう、と月夜は考える。

「生きているかもしれないし、生きていないかもしれない」

「決まりきった返事だな」

「毎日、同じことをするから」

 すぐ傍にいるルゥラが寝返りを打つような素振りを見せる。けれど、そのまま一回転すると落ちてしまいそうで、月夜は手を伸ばして彼女の身体を支えた。

「彼女が起きてから料理を作ればよかったじゃないか」

 フィルに言われ、その通りだと月夜は思う。

「その通り」だから、その通りのことを口にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹の友達と付き合うために必要なたった一つのこと

玄城 克博
ライト文芸
柊弘人は知ってしまった。 これが恋という感情なのだと。 ゆえに、彼は追い求めるしかない。 例え、その道にどれだけの困難が待ち受けていようとも。 実の兄弟は弟だけ、妹のいない主人公と彼の周りの少女達が織り成す、生産性ゼロのラブコメディー!

テス

萩原繁殖
ライト文芸
僕は初めから虚構していた。どんなときも、どんな場所でも。数えきれないフィクションを生み出し、そこに僕の現身をつくった。僕はそこで歩けるし、何かを為すことができる。僕は潜水していく中で、どんどん小さくなっていく酸素の中にいろんな光景を見る。人々の行動、知らない趣、木星の記憶。僕に向かって星々が集約すればいいと思った。僕は恒に光っていたかった。

天狗の盃

大林 朔也
ライト文芸
兄と比較されて育った刈谷昌景は、一族の役割を果たす為に天狗のいる山へと向かうことになった。その山は、たくさんの鴉が飛び交い、不思議な雰囲気が漂っていた。 山に着くと、天狗は「盃」で酒を飲むということだったが、その盃は、他の妖怪によって盗まれてしまっていた。 主人公は、盃を取り戻す為に天狗と共に妖怪の世界を行き来し、両親からの呪縛である兄との比較を乗り越え、禍が降り注ぐのを阻止するために、様々な妖怪と戦うことになるのだった。

セリフ&声劇台本

まぐろ首領
ライト文芸
自作のセリフ、声劇台本を集めました。 LIVE配信の際や、ボイス投稿の際にお使い下さい。 また、投稿する際に使われる方は、詳細などに 【台本(セリフ):詩乃冬姫】と記入していただけると嬉しいです。 よろしくお願いします。 また、コメントに一言下されば喜びます。 随時更新していきます。 リクエスト、改善してほしいことなどありましたらコメントよろしくお願いします。 また、コメントは返信できない場合がございますのでご了承ください。

【完結】マーガレット・アン・バルクレーの涙

高城蓉理
ライト文芸
~僕が好きになった彼女は次元を超えた天才だった~ ●下呂温泉街に住む普通の高校生【荒巻恒星】は、若干16歳で英国の大学を卒業し医師免許を保有する同い年の天才少女【御坂麻愛】と期限限定で一緒に暮らすことになる。 麻愛の出生の秘密、近親恋愛、未成年者と大人の禁断の恋など、複雑な事情に巻き込まれながら、恒星自身も自分のあり方や進路、次元が違うステージに生きる麻愛への恋心に悩むことになる。 愛の形の在り方を模索する高校生の青春ラブロマンスです。 ●姉妹作→ニュートンの忘れ物 ●illustration いーりす様

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

逆さまの迷宮

福子
現代文学
白い世界で気がついた『ボク』。途中で出会った仲間とともに、象徴(シンボル)の謎を解きながら、不可思議な世界から脱出する。 世界とは何か、生きるとは何か、人生とは何か、自分とは何かを追求する、哲学ファンタジー。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...