舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第15章

第145話 ターン・ボウガン

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 バスを降りて家に帰ろうとした。が、途中で川を見に行きたくなって、上り坂の途中にある下り坂を下った。これは、ついに物理の法則が崩壊したということではない。

 傾き気味の陽光を反射して、川は鈍く光っていた。水面の向こう側で灰色の小さな魚が泳いでいる。フィルは彼らに手を出さなかった。生きているものをそのまま食べたりはしないようだ。

 古ぼけた橋がある。幅の広くない川を渡るために設けられた、申し分程度の橋だ。岩でできていているが、まだ崩れそうな感じはしない。けれど、渡ってみると足もとが留守な感じがした。一段高くなっている両端の切れ目を超えれば、そのまま川にダイブできる。

「川が流れている」フィルが呟いた。

「うん」彼の隣にしゃがみ込んで、月夜は頷く。

「流れているのは川か、それとも水か」

「水」

「では、川が流れているという表現は駄目か?」

「意味が伝わるから、それでもいいと思うけど」

「水が流れることで川になるな」フィルが話す。「では、どの程度水が流れれば、川と呼べるのだろう」

「水の量と、流れる距離による」

「人が川だと認識できるのはどのくらいからだ?」

「このくらい」月夜は眼下に流れる水を指さした。

「流し素麺は川ではないのか?」

「文の意味が明確に分からない」

「流し素麺をする際に竹筒に流すほどの水では、川とは捉えられないか?」

「捉えられなくはない」

「では、川か?」

「川かも」

「海は川か?」

「川ではないかな」

「海は海か?」

「海だ」

 橋を完全に渡りきって、その向こう側の林に向かう。森なのか林なのか山なのか分からないが、ここはちょうど小夜が住む神社の裏側に位置するので、そうすると、月夜の現段階の分類では山ということになる。中途半端な崖の上に、中途半端に木々が立ち並び、山を偽造している。麓にはかつて神社があったようで、小夜のものと同じくらい小さな社が崖の側面に開けられた穴の中に転がっていた。

「どこまで行くつもりだ?」

 背後から声をかけられ、月夜は立ち止まって振り替える。

「小夜の所まで、行く?」

「お前がそのつもりなら、俺は構わないが。しかし、それなら公園の方から回った方が安全だ」

「今日は、こっちから行きたい」

「お前が願望を口にするとは珍しいな」

「フィルとは、これからもずっと一緒にいたいと思うよ」

「何だ、急に」

「願望」

 枝に掴まり崖を登る。制服姿だったが支障はなかった。
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