舞台装置は闇の中

彼方灯火

文字の大きさ
上 下
133 / 255
第14章

第132話 移行

しおりを挟む
 少しずつ暖かくなりつつある。もう、布団から出るときの一瞬の身震いもなくなった。もっとも、月夜はもともと体温が低いから、ギャップはあまり生じない。

 ルゥラと生活し始めて変わったことは、毎日食事をとるようになったことだった。ルゥラはそのためにいると言っても過言ではない。彼女はそれが自分に与えられた使命だと信じている。本人は、使命などという大それた名前を付けていないかもしれないが。

 三食食べるのは大変なので、とりあえず朝に少しだけ食べることにした。ルゥラにもそう伝え、彼女に朝食を用意してもらうことになった。もともとある程度の余裕を持って学校に行っていたから、朝は時間がある。だから、月夜が自分の生活を根本から変える必要はなかった。けれど、食事という、今まであまりしてこなかったことを毎日するというのは、それだけで大きな変化には違いなかった。

「あ、おはよう、月夜」

 月夜がリビングに向かうと、隣接するキッチンにルゥラが立っていた。ただ立っているのではない。フライパンの前に陣取って、卵が焼けるのを待っている。今日は目玉焼きみたいだった。昨日は卵焼きだったので、一応釣り合いはとれているだろう(何の釣り合いかは分からない。結局卵には変わりはないし……)。

「おはよう」月夜は応じる。

「今日も学校なんだね」フライ返しを卵の下に差し込み、勢い良く皿に移しながらルゥラが話す。皿は彼女が自分で作ったものだった。

「平日だから」月夜は答える。

「できるだけ、早く帰ってきてね」

「どうして?」

「どうしても」ルゥラは訳もなくその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。「早く帰ってくるのは、いいことだからだよ」

 ルゥラが作った料理をリビングで食べた。フィルはいない。布団の中にもいなかったから、早い内にどこかへ出かけたのだろう。特に珍しいことではなかったが、そこまで頻度の大きいことでもなかった。

「どう? 美味しい?」

 ルゥラは決まってそう尋ねてくる。そして、月夜は毎回決まった返事をする。

「うん」

「そっかあ。よかったなあ」ルゥラは半腰のまま一周くるりと回った。「作った甲斐があった」

 最近、小夜に会っていないな、と月夜は唐突に思いついた。食べているときは頭の普段とは違う部位がはたらく。たぶん、特別処理が必要なことがないからだろう。勉強をしているときはそうもいかない。

 小夜がどうやって皿を片づけたのかは分かっていた。

 フィルに片づけさせたのだ。
しおりを挟む

処理中です...