舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第12章

第117話 情報操作

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 坂を上った先にある公園の入り口に、小夜が一人で立っていた。彼女は決まって一人でいるので、一人で、と断る意味は特にない。現実を正確に描写しようとするほど、記述される情報量は多くなるが、書かれた情報のすべてに意味があるかと言えば、そういうわけでもない。

「おかえりなさい」

 小夜は今日も制服姿だった。夜の黒に彼女の白い肌が際だって見える。

「ただいま」月夜は挨拶を返した。

「その子が物の怪ですね」月夜が説明する前に、小夜が指摘してきた。「いえ、まだ物の怪になりきれてはいないと思いますが」

「バスの中で眠ってしまったから、背負ってここまで連れてきた」月夜は役に立つか分からないことを小夜に伝える。

「早く家に帰って、よく眠らせてあげるといいでしょう」

「でも、その前に、彼女が作った料理を食べなくてはいけない」

「料理? 食べるというのは、月夜が、ですか?」

「そう」

 今日一日に起きたことを、月夜は小夜に掻い摘まんで説明した。多くを説明しなくても、小夜やフィルは月夜が話すことを理解してくれる。たぶん、前提となる情報が彼らの中にあるからだろう。

「貴女を殺そうとしない限りは、大丈夫でしょう」月夜の説明を聞いたあとで、小夜は言った。「ただ、この皿はどうにかしたいものですね……」

「私たち以外には、見えていないみたいだけど、それでも何か影響があるの?」

「直接の影響はありません」小夜は月夜を見て話す。「しかし、彼女が言ったように、月夜の行動が制限されます」

「皿で囲まれた範囲の外に出られない、ということ?」

「ええ、そうです」

 別に大した問題ではないのではないか、と月夜は一度は思ったが、影響は考えの及ばないところで出てくるものなので、対策をしておく必要があるかもしれないと思い直した。しかし、自分に何かできることがあるのか、すぐには分からなかった。

「とりあえず、経過を見ましょう」小夜が提案した。実質的に何の提案にもなっていない。ナポリタンにトマトケチャップをかける感じだろうか。「何か私にできることがあるか、探してみます」

「できることって、たとえば、どんなこと?」

「うーん、そうですね」小夜は考える素振りを見せる。「月夜の代わりにご飯を食べること、でしょうか」
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