舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第11章

第107話 清掃作業は日常の一部か

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 教室まで皿は続いていた。月夜が辿る経路にだけ、予測されているかのように皿が並べられている。廊下を進んで階段を下り、教室の扉を開けて自分の席に着く。

 机の上に白い塊があった。確認しなくても分かったが、すべてルゥラが用意した皿だった。いつから準備していたのだろうと、月夜は意味のないことを考える。

 いつもより来るのが遅かったから、すでに教室には何人か生徒がいたが、彼らはこの状況に対して何の疑問も抱いていないみたいだった。月夜が相手にされないのはいつものことだが、皿が廊下に散らばっていたり、特定の生徒の机の上に大量に載せられていれば、普通誰でも異常事態だと思うだろう。

 やはり、自分以外には見えていない。

 いや、自分に類する者以外には見えていない。

 フィルとは学校の敷地内で分かれた。彼はこの近辺を散歩するそうだ。散歩というより偵察と言った方が近いかもしれない。この皿が散らばった状況がどの程度の範囲まで続いているのか、授業で忙しい月夜に変わって調べてくれるそうだ。

 小夜にも色々伝えた方が良いかもしれない。

 授業が始まるまでの間、月夜は机の上の皿を退かす作業をした。そこら辺に無造作に散らかすわけにはいかないので、少しずつ手に持って校舎の外にある廃棄場まで運んだ。自分以外には見えないのだから、そんなことをしても仕方がないような気もしたが、ほかに良い対処法が思いつかなかった。

 空が晴れている。

 しかし、「晴れる」という言葉には「空が」の意味まで含まれている。

 そして、よくよく考えてみれば、「晴れる」とは空が主体的にそのような動きをすることではない。地球が太陽の周りを回ることで、その光を受容することをそう呼ぶのだ。

 またどうでも良いことを考えている。

 読書をしているわけでもないのに……。

 廊下や教室に散らばったものはそのままにして、とりあえず机の上から皿はなくなった。月夜は鞄から本を取り出して読み始める。授業が始まるまであと十分ほど残っていた。こういう時間を如何に有意義に過ごすかで、人間の将来は決まるのだなどとは微塵も思っていないが、なんとなく本を開きたかったので開いた。理由などそのくらいで充分だ。

 生徒の話し声。

 喧噪。

 いつもと大きく変わる日常というものを、月夜は経験したことがない。

 たとえ、そこら中に皿が散らばっていたとしても。

 それは日常には変わりない。
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