舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第10章

第97話 sokka

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 宣言した通り、風呂から出てから、月夜は勉強をした。勉強といっても、自主的なものではない。今日授業で学習したことの繰り返し、つまり復習だ。勉強において復習が重要視されることには、人間は一度では技能を習得できない、という根本的な問題が巣食っている。

 数学の参考書を開いて、問題を解く。式を書いて解く。答えが分かったとき、「解いた」とは普通言わない。そういうときは「解けた」と言う。自分の力で成し遂げたのではなく、閃いたとか、発想したとか、そういうニュアンスを含んで、自然と結論が導かれたといったイメージだからだろうか。

 フィルは窓の外にいる。空気中に浮かんでいるのではない。月夜の自室は、ちょうど玄関の真上に位置するので、玄関を覆う小規模な屋根がある。その上にフィルは座っている。

 以前、何か見えるか、と彼に尋ねたことがあったが、そのとき、彼は何かは見えるだろうと答えた。彼らしい回答だったので、なるほどとそのときの月夜は思ったが、よくよく考えてみると、これはコミュニケーションが成立しているといえないのではないか。情報の伝達という観点から見れば、月夜が尋ねたことに対して、フィルは彼女が求めているのとは種類の異なる回答をしたのだから、望んだ形ではコミュニケーションは成立していない。しかし、彼の回答を聞いて、腑に落ちた自分がいることも確かだ。つまり、このやり取りは冗談の類と同じだといえる。さて、そうすると、冗談は何のために言うのだろうか、という根本的な問題と向き合うことになる。

「そんなことを考えていないで、勉強に集中しなさい」

 窓の外からフィルの声が聞こえる。扉が少し空いているから、彼の声が聞こえた。しかし、その前の段階で、月夜は何も言っていない。小夜もフィルも、自分がまだ口にしていないことが分かるのはなぜだろうか。

「フィルは、今何に集中しているの?」窓の方に顔を向けて、月夜は質問する。

「何にも」フィルは簡単に答えた。「俺は、今まで、一度だって何かに集中したことはない」

「集中というのは、どういう意味だろう」

「それを言葉で説明できなくても、自分の中では分かっているだろう? それでいいじゃないか」

「その説明は、私との会話に集中した結果、出てきたもの?」

「集中なんてしていない」

「そっか」

「そっかとは?」

 数式が解けた。
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