舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第10章

第95話 記述される側面が情報=情報は記述される側面

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「そうした思考には、何の意味もないのに、具現化されると意味を推し量ってしまうのが、人間というものです」

 小夜の声が聞こえて、月夜はそちらを向く。艷やかな手の動き。フィルの黒い体毛を優しく撫でる小夜の手つきが、夜空に照らされた空気の中に静かに浮かんでいる。

「日記を書くとき、普通は自分が住んでいる家について、詳細に書いたりしませんね。書くのはその人がどのような一日を過ごしたかということであり、家の詳細は重要ではないと判断されるからです。けれど、現実の方は違います。現実には無限の情報が含まれています。逆に言えば、そもそも情報など存在しない、情報とは人間がそこにフォーカスすることで生じるものだ、ということにもなるでしょう」

「小夜は、物語をよく読む方?」気になって、月夜は質問する。

「よく読むかどうかは、自分では分かりませんが、まったく読まないわけではありません」小夜は笑顔で答えた。「基本的に、物語の中で記述されている事柄は、意味のあるものです。読み手にとって有益な情報です。もし、そうでないことがそこに書かれていても、それには何らかの意味があるのだろうと、読み手は推測します。読み手はそういう目でしか物語を見ることができないのです」

「他者の場合も同じ?」

「そうかもしれませんね。人間の行動には、たぶん明確な意味がないものも、多分に含まれているはずです。それは自分を客観視してみれば分かります。考えるときに首を捻ることに、意味がありますか? コーヒーを飲もうとしてカップに手を伸ばしたら、中身は空で、それでも暫くの間それを持ったままにしていることに、意味がありますか?」

「意味のないことを、他者に伝えても、いいかな?」

「よい、悪いという判断をするのは難しいですが、原理的にはしないのが普通です。言葉は相手にメッセージを伝えるためにあります。メッセージとは、普通伝えるだけの意味があるものです」

 フィルが欠伸をした。彼は、眠っているようで、眠っていない。二人の会話に耳を傾けているに違いない。

「月夜は、皿が落ちていたことに、意味があると思いますか?」

 小夜は月夜を見る。彼女の目は、月夜のそれとは違って、少し温かい色を帯びている。

「分からない」月夜は首を捻った。「でも、私がそれを見つけたことには、意味があるかもしれない」

「幻想的な考えですね」

「幻想的というのは、ファンタジック? ビューティフル?」

「ファンタジーとは、概してビューティフルなものです」
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