舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第8章

第79話 make dinner for you

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 とりあえず、料理をすることにした。

 月夜自身が食べるためではなかった。フィルにご馳走しようと思ったのだ。そして、それも、彼からそう要求されたからではなかった。どちらの思考が先にあったのか分からない。料理を作ろうと思ってから、フィルにご馳走しようと思ったのか、それとも、フィルに何かしてやりたいと思ってから、料理を作ろうと思ったのか……。

 卵を割ってフライパンの上に落とす。綺麗な円形ができた。その隅にソーセージを三本転がし、暫くの間じうじう言わせておく。冷蔵庫からハンバーグを取り出し、別のフライパンの上にそれを載せた。これは焼くだけで良い。すでに味付けもされているので、あとから何をする必要もなかった。

「そんなにいらないんだぜ、月夜」

 足もとでフィルが呟く。

「うん、でも、まあ、いいんじゃないかな」月夜は応じた。

「なんだ、その適当な返事は」

「今、料理中だから」月夜はフライパンを揺すりながら呟く。「もう少し、待っていてね」

 フィルはやれやれというように首を軽く振って、キッチンから出ていった。月夜は構わずに料理を続ける。

 料理をすれば、月夜にも美味しそうに見えるし、匂いを嗅いでも同様の感覚を抱く。でも、不思議と食べる気にはなれない。美味しそう、良い匂いだなと思ったとしても、それを口に入れたい、自分の中に取り込みたいとは思わない。単なる憧れにすぎないという感じだろうか。ステージ上に立つアイドルに向かって、サイリウムを振るのと似ているかもしれない。

 人生は経験だ、と言う人がいる。

 たぶん、そんなことを言う人は、大した経験をしていないのではないか。

 といった、わけの分からない思考を展開。

 次第に収束。

 卵とソーセージが焼ける。

 完成した料理を皿に盛り、それを持って月夜はフィルの所へ向かった。リビングに行ったがそこに彼はおらず、ウッドデッキに出ると柵の上に座っている姿が見えた。月夜は皿をウッドデッキの上に置く。フィルが後ろを振り返り、皿の前に立って月夜を見上げた。

「どうも」

 フィルの言葉に、月夜は応じた。

「どうぞ」

 日が暮れかけていた。青色だった空が、端の方から徐々に淡い色と化し、それから順々に深い色彩へと移っていく。フィルの背後にある山が、主線を太くしてくっきりと見えるようになっていた。

 小夜はどうしているだろう?

 今はこちらにいるだろうか?
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