舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第8章

第74話 認知・認識は君だけのもの

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 午後の授業が始まった。

 教室の中は喧騒で溢れ返っている。授業が始まっても、暫くの間はこんな感じだ。チャイムが鳴ったからといって、それですぐに授業が始まるわけでもない。教師はもう教室に到着していたが、何やら準備をしていて、まだ始められそうではなかった。

 なんとなく、窓の外を眺める。

 陽光が目に眩しかった。窓硝子を透過しても、その力が弱まることはない。熱は幾分緩和されるが、光に関しては直接浴びるのと大差ないように思えた。

 光の正体は波らしい。こういう説明では分かりにくいが、しかし、それ以上言えないので仕方がない。つまり、光はそれ自体が物質ではなく、物質の運動だということだ。物質がなければ光も生じない。その物質の動きを、人間の目という器官で受容したときに、光として認識される。音についても同じことがいえる。

 自分の見ている世界は、本当にこの通りではないかもしれない、と月夜は思った。以前にも考えたことの再演。すでに通った道をもう一度辿る不自然な行為。そうやって思考に筋道が生まれ、繰り返すことでどんどん深く刻み込まれていき、いつしかそれが信念のようになる。

 世界が見ている通りではないというのは、おそらく正しい。注釈付きで、「人間にとっては」とするべきだろう。あくまで人間にとっては、世界はこのように見えるが、ほかの生き物には違って見えるに違いない。そして、人間の中でも多少のずれはあるだろうし、その人の置かれている状況によっても色々な見え方になるはずだ。

 では、世界そのものはどうなっているのだろう?

 世界を観察するには、必ず何かしらの主観に身を置かなくてはならないわけで、結局のところ、世界そのものの姿を見ることは不可能、という結論に辿り着く。しかしながら、そのように考えることを可能にしているのは、人間が言語というツールを持ち合わせているからであり、今考えたことも、実は人間の主観の範疇に収まってしまっている。

 たとえ神になることができても、今度は神の主観に収まることになる。

 あるいは、それをも超越する者を、神と呼ぶのだろうか?

 と、

 言語を用いて考える。

 教室の喧騒が徐々に静まりつつあった。窓の外に向けていた目を、月夜は前方に戻す。

「はい、それでは授業を始めます」教師が言った。「今日も法律に関する授業です」
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