舞台装置は闇の中

彼方灯火

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第5章

第43話 3 people

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 暫くすると、小夜は立ち上がって、辺りをうろちょろし始めた。うろちょろというのは、なかなか滑稽な表現だが、しかし、その行動を目にして、まず最初にうろちょろというフレーズが思いついたから、月夜は小夜はうろちょろしているのだと捉えた。

 小夜にとっては、この辺りは珍しいのかもしれない。彼女がいつもどんな所にいるのか、月夜は知らない。呼び出すというか、用事があってここへ来ると、彼女は社の中から現れる。ときどき月夜が来る前に外に出ていることもあるが、それでも社の向こう側が彼女の住む場所には違いない。そちらの方で過ごす時間の方が多いはずだ。

「フィルとは、上手くやっていますか?」

 木の周りを歩き回りながら、小夜が月夜に尋ねてくる。

「うん」月夜は頷いた。「特に大きな問題はない、と考えている」

「そうですか。それならよかったです」

「小夜は、フィルがいなくて、大丈夫なの?」

「ええ、問題ありません」小夜は話す。「私の仕事は、私一人でも充分成し遂げられるものです。それに、私とフィルにとっては、物理的な距離は関係ありません。見えるか、見えないかくらいの違いでしかありません」

「何かで、繋がっているから?」

「それが、心だったら、いいかもしれませんね」そう言って、小夜は少し笑った。目が細くなる典型的な笑顔だ。

「それは、俺には人を思う心すらない、という意味か?」月夜の膝の上に座っていたフィルが、徐に顔を上げて小夜に向かって言う。

「曲解だよ」小夜は彼を見る。

「まあ、仕事はお前一人でも充分こなせるだろう」フィルは話した。「もともと、俺がやりたくて始めたことじゃないからな。やりたい内は、やっているがいいさ」

「ええ、そのつもり」小夜は月夜の方に近づき、しゃがみ込んでフィルをそっと抱きかかえた。「それまで、月夜をよろしくね」

 いつものことだったが、フィルは何も応えなかった。人は、質問に対して回答がなければ肯定と捉えるらしいが、それが本当なのか月夜には分からない。そもそもフィルは人ではないから、人と同じルールが適用できるのか、というところから始めなくてはならないが、人語を話している以上、彼にも同様の理論体系が備わっているものと見て大方間違いないだろう。

 物の怪は生き物だろうか?

 ふと、月夜は疑問を抱く。

 フィルは物の怪だ。

 自分は、彼を自分と同じような存在だと認識している。

 小夜は物の怪を殺せと言った。

 果たして、自分にそんなことができるのだろうか?
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