舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第4章

第34話 think

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 ときどき、自分が何者か分からなくなることがある。たぶん、どんな人間にも起こりえる心的状態だろう、と月夜は推測している。多くの場合、それは表に出されないから、自分と同じ経験をしたことがある者が、どれくらいの数いるのか分からないだけだ。けれど、順序立てて整然と考えれば、誰でも同様の結論に至るはずだ。

 ここでは、前提が二つ敷かれている。一つは、自分は人間という集合に属する一個体であるということ。あるいは、人間というグループがあって、というところから始めるべきかもしれない。自分と同じような形をした個体をすべて集めて、それらに共通性を見出し、グループに纏めることができなければ、上で述べたことは成り立たない。そして第二に、理論は普遍的であるということ。すなわち、それぞれの個体が用いている言語はすべて同じであり、意味の齟齬が起きない状態でなくてはならない。

 どちらの前提も、本当にその通りになっているといえるのか。考えてみたが、月夜には分からなかった。そして、それらの二つは、どうやっても確信を得られないことも分かった。いや、分かっていた。その思考のルートは、随分前に一度通ったことがある。今は地面はある程度踏み固められた状態で、その上を歩くのは困難ではなかった。

「また、何か考えているね」

 真昼の声が聞こえてくる。けれど、その声はどこかぼんやりとしていて、トンネルの中で話すように木霊していた。そう聞こえているのは自分だけだと月夜は思う。そして、それが証明できないことをもう一度確認する。

 真昼は、今、「また、何か考えているね」と言った。では、「また」とは、いつを基準とし、そう言っているのだろうか。また、「何か」が示す範囲はどの程度だろうか。「考えている」と言ったが、考える行為と、思う行為は、どこまで一緒で、どこから異なるのだろうか。

 と、今、月夜は考えている。

 少なくとも、彼女自身は、その行為の意味する内容を知っている。

 でも、真昼がその言葉の意味をどのように解釈しているのかは分からない。そして、それを知るために説明してもらうためには、別の言葉が必要になる。

 いつか、言葉を超えなくてはいけなくなる、と感じる。

 感じる……。

 考えると、思うと、感じるの違いは、何だろう?
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