舞台装置は闇の中

羽上帆樽

文字の大きさ
15 / 255
第2章

第15話 聞こえない音

しおりを挟む
 放課後になった頃から雨が降り始めた。

 傘を持ってきていないとか、部活動が室内に変更になるとかで、生徒は多様に燥いでいたが、月夜にはあまり関係のないことだった。まだ学校に残る予定だし、部活動には所属していない。夜になっても降り続けるとなると少々困るが、折り畳み傘を持ってきていたから、飛沫で濡れる可能性があるという点を除けば、被害は最小限に留めらるといえそうだった。

 授業が終わっても、暫くの間は教室に残る者がいる。どこの部活にも所属しておらず、帰っても何もすることがない生徒たちが、集まって何やら話をしている。高校での生活が始まってまだ数日しか経っていなかったが、そうした些細な集団の形成にも、すでに一定の秩序が現れつつあった。

 月夜は、その秩序の中で、常、あるいは、常に近い値で、一人でいるという立場を獲得した。意識的に獲得したのではない。自然に与えられたといった方が正しい。でも、彼女はそうして得た立場について、特に何の不満も抱いていなかった。不満という概念を持ち込もうという発想すらない。なるほど、いつも通りだ、と感じたにすぎない。

 自分が一人でいることが多いことは、月夜は客観的に理解していた。自分の現状を分析することは、したくなくても、ある程度はしておいた方が良い、というのが彼女のスタンスで、だから、自分が今どのような状況に置かれているかということは、少なくとも彼女は、日頃から確認しているつもりだった。けれど、彼女にはどこか抜けている部分があるようで、ときどきそうした確認を怠ってしまうことがある。そのように彼女を評価したのはフィルだ。彼は彼女の傍にいて、唯一、彼女を、本当の意味で、客観的に評価してくれる。

 雨の音。

 本のページを捲る音。

 今、彼女の周囲にあって、彼女が意識している音は、それらの二種だけだった。自分の鼓動は耳には入らない。それはもともと自分の内にある。でも、意識しようと思えば、たちまち聞こえるようになる。いや、聞こえるのではない。感じるといった方が正しい。

「今日の授業さ、意味分からなかった」

「ね、ほんとに。もうさ、私、高校やめちゃおうかな」

「え、早くない? 始まったばかりで、何言ってるんだよ」

 生徒たちの話し声は、今は月夜には聞こえない。

 本当は聞こえている。

 でも、彼女には聞こえなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...