舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第2章

第11話 破壊、静寂の朝

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 ベッドの中で目を覚ました。時刻は午前五時。若干曇った眼を擦りながら身体を起こし、月夜は床に足をつく。隣ではフィルが小さく丸まっている。彼に毛布をかけ直し、クローゼットの前まで移動して、彼女は衣服を取り出して着替えた。

 昨日は遅くまで起きていたから、三時間くらいしか眠っていない。けれど、彼女にはそれで充分だった。特に身体に不具合はない。今までずっとそうしてきたし、それが自分に合った生活の仕方なのだろう、ということで彼女は理解している。

 月夜は、ご飯も食べないし、あまり眠らない。これだけ聞くと、どこか人間離れした印象を受ける。そして、事実として、彼女は自分が人間に属する存在なのか、未だに判断しかねていた。たぶん、現代に生きる多くの者が、自分は人間だと信じて生きているだろうが、そう述べられるはっきりとした根拠がないことに、果たしてどれだけの者が気がついているだろうか。たしかに、染色体の数を計測すれば、それで人間か否かを判断することはできる。しかし、染色体の数が人間らしさの根源だとはいえない。

 自分は、何者か?

 幼稚だが、しかし、よく心に浮かぶ問でもある。

 いつも通り勉強机に座って、月夜は本を読み始めた。昨日読んでいたものとは違って、今度は数学に関する本だった。彼女は別段数学が得意でもないし、苦手でもない。世間では、こういう状態を普通と呼ぶらしい。普通とは一体何だろうか。意味としては、変わらない、ということを述べているように思えるが、万物流転という言葉があることとどう折り目をつけるのだろう。

 机の上に置いてある目覚まし時計が、今さらになって鳴り出した。月夜は一瞬それに目を向け、次の瞬間には手を伸ばして、その煩いマシーンの頭を軽く押した。喧しいベルの音はすぐに止み、また静かな朝の時間が訪れる。

 けれど、布団の中でごそごそと音がして、途端に生活感が生じるようになった。

 振り向かなくても分かった。

 フィルが目を覚まして、彼女の傍に寄ってきた。

「目覚ましをかけたのは、フィル?」月夜は珍しく自分から声をかけた。

「ああ、そうだ」フィルは月夜の膝に乗って、彼女を見上げる。「なかなか素晴らしい案だろう?」

「あん? あんって、何?」

「パンの中に入っているやつ」

「え?」

「今日は、ちょっと寒いな」

「フィルが?」

「え?」

 沈黙が訪れる。
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