古り行く断片は虚空に消える

羽上帆樽

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第5部 [懐く[響く[届く[歩く[開く]

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 橋 を 渡り、 海岸 に 隣接 する 人工島 に 入った。 入り口 に は 鋼鉄製 の 門 が 設置 されて いた が、 中途半端 に 閉まりかけて いる だけ で、 機能 を 成して いなかった。 人為的 に 閉鎖 された の で は ない だろう。 人 は どこ に も いない。 誰 も いなく なった から 閉鎖 された の で は なく、 人 が いなく なった こと で、 閉鎖 と いう 意味自体 が 消滅 して しまった。

 先 に 進む と、 正面 に 円形 の エリア が 出現 する。 円 の 縁 に 沿って 道 が 四方 に 続いて いた。 その 先 に 行けば、 それぞれ 特徴的 な エリア に 移動 する こと が できる。 また、 その 円形 の エリア は、 飲食店 を 兼ねて いた。 円周上 に 様々 な 食べ物 を 売る 固有 の 店 が 並んで いる。 しかし、 今 そこ に ある の は、 外れかけた 看板 と、 灯る こと の ない 電飾 だけ。 エリア は 屋根 に 覆われて いる から、 ここ は 雪 に 埋もれて いない。

 円 から 伸びた 道 の 内 の 一つ を 選んで、 月夜 は その 先 に 進む。

 しばらく 行く と、 右手 に 人工的 に 作られた 川 の よう な もの が 見えた。 細かな 石 が 敷き詰められた 地面 が 曲線状 に 切り取られて いる。 不思議 と、 この 場所 は 雪 に 覆われて いなかった。 水 を 流した よう な 跡 が ある。

「忘れた の か?」と、 彼女 の 隣 で フィル が 言った。 「そもそも、 これ は 雪 じゃ ない。 この 白い 断片達 は、 おそらく この 川 から 発生 して いる。 次々 と 新しい もの が 生まれる から、 堆積しない ん だ」

 彼 の 発言 に、 月夜 は 一度 頷く。 否定 する 必要 は 見つからなかった。

「浄化 に は、 どれ くらい の 時間 が かかる の だろう」月夜 は 言った。

「さあ」フィル は 応じる。 「そもそも、 これ は 浄化 な の か?」

「彼女 が そう 言った」

「言葉 の 問題 で は?」

「その 言葉 を その まま 受け入れて いる」

 川 の 向こう岸 は 斜面 に なって いて、 奥 に 向かう に つれて 高度 を 増して いた。 そこ は 橋 の 脚もと で、 上 に は 道路 が 通って いる。 直方体 の 上辺 を 道路 だ と すれば、 その 直方体 を 一つ の 対角線 に 沿って 切り取る こと で できた よう な 空間 だった。 斜面 に は 所々 に 段差 が ある。 段差 は 階段 と 見立てる に は 大きく、 上る の は 大変そう だった。

 今 月夜 の 腕 の 中 に いる 彼女 は、 かつて、 その 段差 の 一番 上 に 座って いた。 そう して 自分 の こと を 待って いた こと を 思い出す。

 金色 の 髪 と、 白い 肌。

 自分 より 高い 位置 に ある 綺麗 な 目。

 自分 の 存在 に 気 が ついて、 目 を 開き、 こちら を 見る、 その 素振り。

 まるで 一本一本 が 鍵 の よう で ある 睫 が、 システマチック に 開錠 されて いき、 それ でも どこ か 温かさ を 備えた 目 が、 開かれる、 その 様 を。

 川 の エリア を 抜けて、 海沿い に 出た。

 水面 は 相変わらず 氷 の 大地 と 化して いる。

 振り返る と、 扇状 の 階段 が 上 に 向かって 続いて いた。

 その 階段 に も、 目 の 前 の 広場 に も、 誰 も いない。

 この 人工島 は、 遊園地 と 水族館 が 融合 した よう な 施設 に なって いる。 入り口 の 橋 を 軸 と すれば、 右側 に 遊園地 が、 左側 に 水族館 が あった。

 その 水族館側 の エリア に、 三角錐状 の 建物 が ある。 今 は 雪 に 覆われて 表面 は 見えない が、 いくつ も の パネル が 組み合わさった 壁面 が その 下 に は ある はず だ。 月夜 は その 建物 の 前 に 向かった。

 雪 の せい で、 入り口 が どこ に ある か 分からない。

 しかし、 彼女 が 建物 の 正面 に 立つ と、 壁面 から 雪 が 零れ落ちて、 室内 へ と 続く ドア が 姿 を 現した。

 ハッチ の よう に 硬質 な 表面。 こちら側 に 把手 が 付いて いた が、 それ を 握らなくても、 ドア は 自動的 に 開く。

 開いた 先 は 階段 に なって いた。 以前 その 中 に 入った とき の 記憶 を 呼び起こして、 月夜 は ステップ を 下りて いく。

 靴 が 金属 の 床面 に 接触 する 音。 そして、 水 が うねる 低い 音 が 聞こえた。 ここ は 海面 より も 低い 位置 に ある。

 ステップ を 下りて いく に 従って、 左右 の 壁 に 設置 された 照明 が 少し ずつ 灯って いった。

 まるで、 生きて いる みたい に。

 呼吸 を する みたい に。

 彼女達 を 海 の 底 へ と 誘う。

 最深部 に 到達 した とき に は、 周囲 は 完全 に 明るく なって いた。 前方 に 制御盤 の よう な もの が 並んで いる の が 見える。 現に ここ は、 この 施設全体 を 制御 する ため の 場所 だった。 コックピット の フロント硝子 の よう に 大きな ディスプレイ を 正面 に 据えて、 その 両サイド に それ より も 小さな ディスプレイ が ある。 その 下 に いくつ も の ボタン が 並んで いた。 ボタン その もの、 あるいは その 傍 に 並んだ インジケーター が、 点滅 したり、 点灯 したり して いる。 制御盤 の 前 に 椅子 が あった。 かつて、 そこ に 彼女 が 腰 を 下ろして いた 様 を、 月夜 は 思い出す。

 その 椅子 が、 こちら側 を 向いた。

 誰 も いる わけ で は ない のに、 独りでに。

 すべて の ボタン や インジケーター が 一定 の 規律 を 伴って 点滅 する。

 すべて が、 揃う。

 月夜 は、 自ら が 抱えて いた 金属片 の 集まり を、 その 椅子 の 上 に 静か に 下ろした。 少し バランス が 悪かった が、 それ でも、 最終的 に は 安定 して、 それ は そこ に 在ろう と した。

 突然、 音 が。

 正面 の ディスプレイ に 映像 が 流れ出す。

 外 の 景色 を 映して いる。

 ディスプレイ の 右下 に 今日 の 日付け と 時刻。

 そして、 画面中央 に、 人 が。

 ここ に 来る とき に 渡って きた 橋 の 上 に、 人 が いる。

 初め は 背中 が 映って いた が、 やがて、 その 人物 が こちら を 振り返った。

 目 が 合った。

「月夜」

 と 足もと から フィル の 声。

 彼 の 方 を 見る。

 彼 は、 椅子 の 方 を 目 で 示す。

 正面 の 映像 から 視線 を ずらして、 そちら へ。

 そこ に ある の は、 椅子 だった。

 しかし、 椅子 しか ない。

 タイヤ の 付いた 脚 を 僅か に 左右 に 揺らす 動き だけ を 置き去り に して、

 彼女 は、 すでに 消えて いた。
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