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第3話 □
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久し振りに穏やかな時間が過ぎた、いつも家で仕事をしているのだから。充分穏やかではないかと指摘されそうだが。穏やかな時間というものは。如何にも穏やかという感じがするから穏やかなのだ、理屈で穏やかさを定めても。実際に感じられるところが異なれば。それは違う、
リィルはずっと黙っていた、普段からことあるごとに口を開くから。それくらいでちょうど良い、顔をそっぽに向けて。窓の外を眺めている、彼女はじっとしている方が大人っぽく見える、動きを伴うと。途端に子どものように見えるようになる、動きが大袈裟だからだろう、アメリカ人もびっくりするくらい。身振り手振りをこなして話すのだ、その動きを目で追っているだけで疲れそうになる、
硝子窓の向こう側では。左右から人がちらほらと現れては消えていった、その繰り返し、地球上のそれなりの範囲で観察される事象といえるだろう、本当は。歩く人間の数よりも歩く蟻の数の方が多いかもしれない、統計をとったことがないし。その種のデータを参照したこともないが。人間とはその程度のものだろうと僕は考えてしまう、それは。人間というものを甘く見ようという姿勢ではない、むしろ逆だ、予め人間の限界点をある程度の位置に見据えておくことで。傲慢になることがないようにと抑制する謙虚な姿勢なのだ、少なくとも。僕はそのつもりでいる、
「何を考えているの?」
リィルに声をかけられて。乖離しつつあった意識を地に定着させた、この処理は意識的なものだった、いつの間にか。僕の方が黙り込んでしまっていたみたいだ、
「何も」
「嘘」
「嘘ということが分かれば。それで充分だと思うけど」
「何を考えていたのか教えてくれないと。許せない」
「許してもらえなくたっていいよ」
「それで?」
「何?」
「何を考えていたの?」
僕は意図的に小さく溜め息を吐いてから。目の前にあるカップを手に取ってコーヒーを飲んだ、もう一度息を吐き出し。考えをまとめようとする、しかし。そこまでしてから。別に考えをまとめる必要はないか。と思い至った、彼女を相手にして律儀になる必要などないだろう、
「君の出生について考えていた」僕は言った、
「嘘だあ」リィルはオーバーに身体を反らす、
「半分は今思いついたことだけど。もう半分は。たぶん。さっき考えていたことの延長線上にある」
「ふうん」リィルは身体を落ち着けて。口をすぼめた、
「満足した?」
「するわけない」
「どうして?」
「説明」
「説明ね……」
僕はぼんやりと天井を見つめる、
リィルだけでなく。僕も作られた存在だ、僕とリィルは自分たちを作り出した者を探している、作り出した人物そのものを探しているというよりは。その者が持つ目的を探していると言った方が正確かもしれない、
人間と同じ機能を果たすものを作り出したのは。どうしてだろうか、何も理由がないはずはない、放っておいても。人間は次から次へと生まれてくる、そうではなく。敢えて人間そっくりのものを作り出した、
もしかすると。それは単なる好奇心が成せる業だったのかもしれない。という気もする、
しかし。それでは。心臓の代わりに時計を与えた理由は何だろう?
なぜ。その装置が必要だったのか、
なぜ。ベーシックが必要だったのか、
「その人は。たぶん。言語のことをよく理解しているんだ」僕は微妙にリィルに視線を合わせて言った、「言語学がほかの学問と大きく異なるのは。説明の対象と。説明の手段が。一致してしまっているところだ、生物学だったら。説明の対象は生物で。説明の手段は言語となる、それは。物理学でも。化学でも。工学でも。哲学でも。心理学でも。たぶん同じだろう、けれど。言語学の場合。説明の対象も言語で。説明の手段も言語になる、一見すると矛盾している、僕たちって。それと構造が似ているだろう? きっと。その人は。人間をもって人間を説明できないということを。理解していたんだろうね」
「随分と回りくどい説明」
「理解不能?」
「大枠は分かるけど」
「説明の対象が人間で。説明の手段が僕たちだったら。そこには何ら矛盾は生じない、それに。君は。すべての言語の根底を成すベーシックで記述されている、すべての言語の根底を成すということは。人間の言語も解析可能ということだ、人間の言語よりも上位の存在になるからね」
「それが。その人の目的なの?」
「人間を理解すること?」
「そう」
「さあ。どうだろう」僕は腕を組んで。椅子の背に凭れかかった、「今のは全部思いつきだからね、とっさに閃いただけ」
「まあ。そんなことだろう。と」
「ずっと前から。そう思っていた?」
「うん」
僕は再びカップに手を伸ばし。コーヒーを口に含む、もう液体は冷めきっていた、
「まあ。真相は本人にきいてみないと分からないなあ」僕は呟く、
「当たり前じゃん」
「でも。その当たり前ができない、その人はここにいないんだから」
「存在に関する問題?」
「そうそう、存在って。面白いよね」
「どうだろう」
リィルはずっと黙っていた、普段からことあるごとに口を開くから。それくらいでちょうど良い、顔をそっぽに向けて。窓の外を眺めている、彼女はじっとしている方が大人っぽく見える、動きを伴うと。途端に子どものように見えるようになる、動きが大袈裟だからだろう、アメリカ人もびっくりするくらい。身振り手振りをこなして話すのだ、その動きを目で追っているだけで疲れそうになる、
硝子窓の向こう側では。左右から人がちらほらと現れては消えていった、その繰り返し、地球上のそれなりの範囲で観察される事象といえるだろう、本当は。歩く人間の数よりも歩く蟻の数の方が多いかもしれない、統計をとったことがないし。その種のデータを参照したこともないが。人間とはその程度のものだろうと僕は考えてしまう、それは。人間というものを甘く見ようという姿勢ではない、むしろ逆だ、予め人間の限界点をある程度の位置に見据えておくことで。傲慢になることがないようにと抑制する謙虚な姿勢なのだ、少なくとも。僕はそのつもりでいる、
「何を考えているの?」
リィルに声をかけられて。乖離しつつあった意識を地に定着させた、この処理は意識的なものだった、いつの間にか。僕の方が黙り込んでしまっていたみたいだ、
「何も」
「嘘」
「嘘ということが分かれば。それで充分だと思うけど」
「何を考えていたのか教えてくれないと。許せない」
「許してもらえなくたっていいよ」
「それで?」
「何?」
「何を考えていたの?」
僕は意図的に小さく溜め息を吐いてから。目の前にあるカップを手に取ってコーヒーを飲んだ、もう一度息を吐き出し。考えをまとめようとする、しかし。そこまでしてから。別に考えをまとめる必要はないか。と思い至った、彼女を相手にして律儀になる必要などないだろう、
「君の出生について考えていた」僕は言った、
「嘘だあ」リィルはオーバーに身体を反らす、
「半分は今思いついたことだけど。もう半分は。たぶん。さっき考えていたことの延長線上にある」
「ふうん」リィルは身体を落ち着けて。口をすぼめた、
「満足した?」
「するわけない」
「どうして?」
「説明」
「説明ね……」
僕はぼんやりと天井を見つめる、
リィルだけでなく。僕も作られた存在だ、僕とリィルは自分たちを作り出した者を探している、作り出した人物そのものを探しているというよりは。その者が持つ目的を探していると言った方が正確かもしれない、
人間と同じ機能を果たすものを作り出したのは。どうしてだろうか、何も理由がないはずはない、放っておいても。人間は次から次へと生まれてくる、そうではなく。敢えて人間そっくりのものを作り出した、
もしかすると。それは単なる好奇心が成せる業だったのかもしれない。という気もする、
しかし。それでは。心臓の代わりに時計を与えた理由は何だろう?
なぜ。その装置が必要だったのか、
なぜ。ベーシックが必要だったのか、
「その人は。たぶん。言語のことをよく理解しているんだ」僕は微妙にリィルに視線を合わせて言った、「言語学がほかの学問と大きく異なるのは。説明の対象と。説明の手段が。一致してしまっているところだ、生物学だったら。説明の対象は生物で。説明の手段は言語となる、それは。物理学でも。化学でも。工学でも。哲学でも。心理学でも。たぶん同じだろう、けれど。言語学の場合。説明の対象も言語で。説明の手段も言語になる、一見すると矛盾している、僕たちって。それと構造が似ているだろう? きっと。その人は。人間をもって人間を説明できないということを。理解していたんだろうね」
「随分と回りくどい説明」
「理解不能?」
「大枠は分かるけど」
「説明の対象が人間で。説明の手段が僕たちだったら。そこには何ら矛盾は生じない、それに。君は。すべての言語の根底を成すベーシックで記述されている、すべての言語の根底を成すということは。人間の言語も解析可能ということだ、人間の言語よりも上位の存在になるからね」
「それが。その人の目的なの?」
「人間を理解すること?」
「そう」
「さあ。どうだろう」僕は腕を組んで。椅子の背に凭れかかった、「今のは全部思いつきだからね、とっさに閃いただけ」
「まあ。そんなことだろう。と」
「ずっと前から。そう思っていた?」
「うん」
僕は再びカップに手を伸ばし。コーヒーを口に含む、もう液体は冷めきっていた、
「まあ。真相は本人にきいてみないと分からないなあ」僕は呟く、
「当たり前じゃん」
「でも。その当たり前ができない、その人はここにいないんだから」
「存在に関する問題?」
「そうそう、存在って。面白いよね」
「どうだろう」
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