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現実世界では質量は常に一定に保たれるから、おそらく、お姉ちゃんは本当に死んでしまったのだろう。死んでしまえば、個体は個体として存在しなくなるが、それは、その個体を構成していた要素が散り散りになるというだけで、要素そのものの消滅を意味するのではない。彼女の一部は、何らかの形で現実世界にも残っている。その一部が魔法使いになった。
意志とはすなわち運動のことだ。この空間に存在しているのは、お姉ちゃんの意志、つまり運動だけでしかない。ポールはゲートであり、ゲートは現実世界と仮想空間の境界に位置するから、彼女の一部としての、物体であるとも、運動であるともいえる。シスターはお姉ちゃんの一部としての運動であり、カロはお姉ちゃんの一部としての物体といえる。そして、現実世界ではお姉ちゃんは死んでしまっているから、仮想空間に彼女の運動だけが残っていても、現実世界で彼女を彼女として再生することは不可能だろう。
そう考えたとき、僕は少しだけ寂しくなった。僕は、自分が犠牲になれば、何らかの形で彼女を再生できると思っていた。
カロに背を向けて、僕はお姉ちゃんの方を見る。彼女は地面に座っていた。僕は傍に近づいて、彼女の手に触れてみる。
「どうして死んでしまったの?」僕は質問した。
お姉ちゃんはすぐには顔を上げない。足もとの水に身体が沈みかけている。目から零れる涙が水面に波紋を作った。
「どうしてだろう?」顔を上げて、お姉ちゃんは目を擦った。笑っている顔。しかし、笑いきれていなかった。「生きていたからかな?」
僕は何も言えない。
「君に会いたかった。会って、謝りたかった」彼女は言った。
「謝る? 何を?」
「何も言わずにいなくなってしまったこと」
「植物の研究は、もういいの?」
「うん。もういい」彼女はまた笑おうとする。「そう……。私、きっと、自分が人間であることに嫌気が差したんだと思う。そんな気がする。植物になってしまいたかった。彼らは一生懸命に生きているんだよ。でも、何も言わないの。静かに生きているの。とても健気なんだよ。それに憧れたのかもしれない」
お姉ちゃんの言っていることはよく分からなかったから、僕は素直に首を傾げた。たしかに彼女の言うとおりかもしれない、とも思う。そう思えるような気もする。人間を含め、動物は動くから動物なのだ。お姉ちゃんは、自分自身からその運動を取り上げてしまったのかもしれない。自分が運動を伴って存在しなくて済むように、この仮想空間を生み出したのかもしれない。現実世界から自分の運動を剥離させるために。
「ここは、もうすぐ消滅してしまうのでは?」僕は質問する。
「そう……。やはり、運動だけでは無理だった。ミルを使った変換作業も滞りつつある。その工程だけで存続させるのは難しい」
「現実世界で、僕はどうしたらいい?」
「やっぱり、きちんと人間として生きればいいと思うよ」
「それが、植物に憧れた人間の結論?」
「少なくとも、私の結論」お姉ちゃんは頷いた。「人間も、捨てたものじゃない。そういうふうに生まれてしまったのだから、仕方がない」
「お姉ちゃんは、僕のことが嫌いだったのでは?」
「そうかもしれない。自分のことも嫌いだったよ」
「今は? 少しは好きになってくれた?」
「人間も、動物も、植物も、皆、好きだよ」
「そう。好きになれてよかった」
「うん」お姉ちゃんは頷いた。「よかった」
眼下の水面に波が起こり、お姉ちゃんを一瞬の内に呑み込んだ。あとには何も残らなかった。彼女ごと波という運動の中に戻されてしまった。
川の水は色を変え、今は黒くなっていた。蠢く波の軌跡がはっきり見える。
「帰ろう」立ち上がり、僕は後ろを振り返ってカロに言った。
「うん」カロは頷く。「もう、保たないと思う」
どうやって帰れば良いのか分からなかったが、唐突に、カロが僕の手を掴んで走り始めた。氾濫した川の水に足を掬われながら、僕は必死に彼女に手を引かれて走る。ある程度速度がつくと、カロは翼を展開させ、地面を蹴って空へと飛び上がった。
振り返ると、街がみるみる水の中に呑み込まれていくのが見えた。木々を倒し、自動車を横転させ、それらの姿も見えなくなる。高度が上がると、街が面積を徐々に縮小させていくのが分かった。もう、見える必要もないからだろう。そもそもここには運動しかないから、その街は「存在」するのではない。
上空に赤いリングが出現する。リングの内部も赤くなった。縁が回転し、徐々に速度を上げていく。
カロは躊躇なくその中へ飛び込んだ。僕も一緒にゲートを潜る。
僕は自分の身体が重くなるのを感じた。カロに握られた手が熱を帯び、同時に水分を得る。瞼の裏が熱くなった。そして、涙が溢れてきた。
「どうしたの?」
虹色の世界で、カロが僕に尋ねた。
「どうもしていない」僕は空いている方の手で涙を拭う。
「泣いてる」
「そうみたいだ」
「悲しいの?」
「何も」
そんな単純な感情で涙が出てくるのではない、と僕は思った。少なくとも、涙そのものに意味はないだろう。涙を流すことに意味があるのではないか。しかし、涙そのものがなければ、涙を流すこともできない。今までそのことを忘れていたような気がした。しかし、その忘れていたことを思い出すのは、案外難しい。
そうだ。僕は、人の形が欲しくて人形を作っていたのではない。しかし、その形を求めなければ、人形を作ることはできない。僕が欲しかったものと、その形の、どちらもなければならないのだ。人は、たぶんその間の微妙なバランスの中で生きている。本来、物体と運動を分けることはできない。
前方に円形に切り取られた光が出現し、僕たちはゲートの外に出る。空気の抵抗を受けて、息をするのが苦しかった。カロは翼を大きく羽ばたかせ、旋回しながら徐々に高度を落としていく。
現実世界の街は、仮想空間より、なんとなく色彩が落ち着いているように見えた。色というのは、物体と運動のどちらだろう。たぶん、その中間くらいではないか。どちらともいえそうだ。色は色でしかない。それを物体や運動のような指標で分けようとしたとき、色は色でなくなってしまう。
けれど、僕には、たぶん、これからも、色のようなものを物体や運動に分けようとしてしまうことがあるだろう。それは仕方のないことではないだろうか。問題は、分けてしまうことではなく、分けきった気になってしまうことではないか。物体や運動というパラメーターを消して、素直に色を見ることを忘れてしまうことではないだろうか。でも、どうしたら、それを忘れずにいられるだろう。どうすれば、色は色でしかないと思い出すことができるだろうか。
カロに伴われて、僕はゆっくりと地面に着地した。衝撃は非常に小さかった。
雨が降っていたのか、アスファルトが微妙に湿っている。遠くにあるマンホールが、雨水を反射して光っていた。
雨上がりに特有な奇妙な匂いがした。
大気中に浮遊する水分を肌に感じる。
背後から乾いた音が聞こえて、僕とカロは手を繋いだままそちらを振り返る。空に浮かんでいたゲートが炸裂し、赤い光を一瞬空に煌めかせた。強烈な光はすぐに小さな粒となり、雪のように街に降りかかる。
空は分厚い雲に覆われていたが、ゲートの消滅とともに徐々に明るさを取り戻していった。雲が溶けるように明度が増していく。世界に光が戻ったのかもしれない。
ふと後ろを振り返ると、魔法使いが立っていた。
「お帰り」彼は言った。「目標は達成した?」
「目標?」僕は首を傾げる。
「お姉さんには、きちんと言いたいことは言えたのかい?」
「分かりません」僕は首を振った。
「まあ、そんなものだろう」彼は頷く。「大事なことは、言葉にならないとも言うしね」
魔法使いは宙に向けて手を伸ばす。杖が現れて彼はそれを握った。その先を僕に向ける。
「なんですか?」
「もう、あの仮想空間はない」彼は言った。「君のお姉さんは、帰ってこないんだ」
「そうですね」
「悲しむことはない。僕も、そして、そこにいる彼女も、君のお姉さんの意志を受け継いでいる」
「意志とは何でしょう?」
「さあ、何だろうね」
「物体ですか? 運動ですか?」
「そんなふうに考えるのは、やめにするんじゃなかったのかな?」
話が退屈になったのか、カロが宙を舞い始める。電信柱に留まっていた雀を見つけ、それを追い回し始めた。家にぶつからないかと少々心配になる。
「やめにするとは考えていません」僕は素直に言った。
「なるほど。その程度の理解なんだね」
「その程度のとは?」
「まあいいさ。全然問題はない」魔法使いは横目に僕を見る。「ところで、魔法の正体とは何だと思う?」
「どういう意味ですか?」
「物体かな? 運動かな?」
「さあ」僕は視線を地面に向けた。
「君は、どうして魔法を疑わなかったんだろう?」
「え?」僕は顔を上げる。「どうしてって……」
魔法使いが杖を振る。
そのとき、僕は自分が誰か分からなくなった。いや、自分が誰かは認識している。その感覚はあった。そうではなくて、自分を客観視している自分とは誰なのかという疑問が生じたのだ。
僕は、今まで何を見ていたのか?
「君が魔法を疑わなかったのは、君自身が魔法にかかっていたからだ」僕の顔を覗き込んで、魔法使いは言った。「そういう魔法にかかっていたんだ。凄いだろう?」
僕は黙ったまま彼を見つめる。
「理屈で考えると、騙されるだろう?」
「どういう意味ですか?」
「魔法って素晴らしいなあ」そう言って、魔法使いは空を見上げる。すでに雲の隙間から太陽の光が零れつつあった。「魔法というのは、つまり音だ。魔法の言葉は音にこそ意味がある」
「え?」
「カロは、一と五に関わっている。最初と最後を信号する。つまり、ストーリーが生じたのは、彼女を放り込んだことに始まり、そこに終わる。ただそれだけのことさ」
意志とはすなわち運動のことだ。この空間に存在しているのは、お姉ちゃんの意志、つまり運動だけでしかない。ポールはゲートであり、ゲートは現実世界と仮想空間の境界に位置するから、彼女の一部としての、物体であるとも、運動であるともいえる。シスターはお姉ちゃんの一部としての運動であり、カロはお姉ちゃんの一部としての物体といえる。そして、現実世界ではお姉ちゃんは死んでしまっているから、仮想空間に彼女の運動だけが残っていても、現実世界で彼女を彼女として再生することは不可能だろう。
そう考えたとき、僕は少しだけ寂しくなった。僕は、自分が犠牲になれば、何らかの形で彼女を再生できると思っていた。
カロに背を向けて、僕はお姉ちゃんの方を見る。彼女は地面に座っていた。僕は傍に近づいて、彼女の手に触れてみる。
「どうして死んでしまったの?」僕は質問した。
お姉ちゃんはすぐには顔を上げない。足もとの水に身体が沈みかけている。目から零れる涙が水面に波紋を作った。
「どうしてだろう?」顔を上げて、お姉ちゃんは目を擦った。笑っている顔。しかし、笑いきれていなかった。「生きていたからかな?」
僕は何も言えない。
「君に会いたかった。会って、謝りたかった」彼女は言った。
「謝る? 何を?」
「何も言わずにいなくなってしまったこと」
「植物の研究は、もういいの?」
「うん。もういい」彼女はまた笑おうとする。「そう……。私、きっと、自分が人間であることに嫌気が差したんだと思う。そんな気がする。植物になってしまいたかった。彼らは一生懸命に生きているんだよ。でも、何も言わないの。静かに生きているの。とても健気なんだよ。それに憧れたのかもしれない」
お姉ちゃんの言っていることはよく分からなかったから、僕は素直に首を傾げた。たしかに彼女の言うとおりかもしれない、とも思う。そう思えるような気もする。人間を含め、動物は動くから動物なのだ。お姉ちゃんは、自分自身からその運動を取り上げてしまったのかもしれない。自分が運動を伴って存在しなくて済むように、この仮想空間を生み出したのかもしれない。現実世界から自分の運動を剥離させるために。
「ここは、もうすぐ消滅してしまうのでは?」僕は質問する。
「そう……。やはり、運動だけでは無理だった。ミルを使った変換作業も滞りつつある。その工程だけで存続させるのは難しい」
「現実世界で、僕はどうしたらいい?」
「やっぱり、きちんと人間として生きればいいと思うよ」
「それが、植物に憧れた人間の結論?」
「少なくとも、私の結論」お姉ちゃんは頷いた。「人間も、捨てたものじゃない。そういうふうに生まれてしまったのだから、仕方がない」
「お姉ちゃんは、僕のことが嫌いだったのでは?」
「そうかもしれない。自分のことも嫌いだったよ」
「今は? 少しは好きになってくれた?」
「人間も、動物も、植物も、皆、好きだよ」
「そう。好きになれてよかった」
「うん」お姉ちゃんは頷いた。「よかった」
眼下の水面に波が起こり、お姉ちゃんを一瞬の内に呑み込んだ。あとには何も残らなかった。彼女ごと波という運動の中に戻されてしまった。
川の水は色を変え、今は黒くなっていた。蠢く波の軌跡がはっきり見える。
「帰ろう」立ち上がり、僕は後ろを振り返ってカロに言った。
「うん」カロは頷く。「もう、保たないと思う」
どうやって帰れば良いのか分からなかったが、唐突に、カロが僕の手を掴んで走り始めた。氾濫した川の水に足を掬われながら、僕は必死に彼女に手を引かれて走る。ある程度速度がつくと、カロは翼を展開させ、地面を蹴って空へと飛び上がった。
振り返ると、街がみるみる水の中に呑み込まれていくのが見えた。木々を倒し、自動車を横転させ、それらの姿も見えなくなる。高度が上がると、街が面積を徐々に縮小させていくのが分かった。もう、見える必要もないからだろう。そもそもここには運動しかないから、その街は「存在」するのではない。
上空に赤いリングが出現する。リングの内部も赤くなった。縁が回転し、徐々に速度を上げていく。
カロは躊躇なくその中へ飛び込んだ。僕も一緒にゲートを潜る。
僕は自分の身体が重くなるのを感じた。カロに握られた手が熱を帯び、同時に水分を得る。瞼の裏が熱くなった。そして、涙が溢れてきた。
「どうしたの?」
虹色の世界で、カロが僕に尋ねた。
「どうもしていない」僕は空いている方の手で涙を拭う。
「泣いてる」
「そうみたいだ」
「悲しいの?」
「何も」
そんな単純な感情で涙が出てくるのではない、と僕は思った。少なくとも、涙そのものに意味はないだろう。涙を流すことに意味があるのではないか。しかし、涙そのものがなければ、涙を流すこともできない。今までそのことを忘れていたような気がした。しかし、その忘れていたことを思い出すのは、案外難しい。
そうだ。僕は、人の形が欲しくて人形を作っていたのではない。しかし、その形を求めなければ、人形を作ることはできない。僕が欲しかったものと、その形の、どちらもなければならないのだ。人は、たぶんその間の微妙なバランスの中で生きている。本来、物体と運動を分けることはできない。
前方に円形に切り取られた光が出現し、僕たちはゲートの外に出る。空気の抵抗を受けて、息をするのが苦しかった。カロは翼を大きく羽ばたかせ、旋回しながら徐々に高度を落としていく。
現実世界の街は、仮想空間より、なんとなく色彩が落ち着いているように見えた。色というのは、物体と運動のどちらだろう。たぶん、その中間くらいではないか。どちらともいえそうだ。色は色でしかない。それを物体や運動のような指標で分けようとしたとき、色は色でなくなってしまう。
けれど、僕には、たぶん、これからも、色のようなものを物体や運動に分けようとしてしまうことがあるだろう。それは仕方のないことではないだろうか。問題は、分けてしまうことではなく、分けきった気になってしまうことではないか。物体や運動というパラメーターを消して、素直に色を見ることを忘れてしまうことではないだろうか。でも、どうしたら、それを忘れずにいられるだろう。どうすれば、色は色でしかないと思い出すことができるだろうか。
カロに伴われて、僕はゆっくりと地面に着地した。衝撃は非常に小さかった。
雨が降っていたのか、アスファルトが微妙に湿っている。遠くにあるマンホールが、雨水を反射して光っていた。
雨上がりに特有な奇妙な匂いがした。
大気中に浮遊する水分を肌に感じる。
背後から乾いた音が聞こえて、僕とカロは手を繋いだままそちらを振り返る。空に浮かんでいたゲートが炸裂し、赤い光を一瞬空に煌めかせた。強烈な光はすぐに小さな粒となり、雪のように街に降りかかる。
空は分厚い雲に覆われていたが、ゲートの消滅とともに徐々に明るさを取り戻していった。雲が溶けるように明度が増していく。世界に光が戻ったのかもしれない。
ふと後ろを振り返ると、魔法使いが立っていた。
「お帰り」彼は言った。「目標は達成した?」
「目標?」僕は首を傾げる。
「お姉さんには、きちんと言いたいことは言えたのかい?」
「分かりません」僕は首を振った。
「まあ、そんなものだろう」彼は頷く。「大事なことは、言葉にならないとも言うしね」
魔法使いは宙に向けて手を伸ばす。杖が現れて彼はそれを握った。その先を僕に向ける。
「なんですか?」
「もう、あの仮想空間はない」彼は言った。「君のお姉さんは、帰ってこないんだ」
「そうですね」
「悲しむことはない。僕も、そして、そこにいる彼女も、君のお姉さんの意志を受け継いでいる」
「意志とは何でしょう?」
「さあ、何だろうね」
「物体ですか? 運動ですか?」
「そんなふうに考えるのは、やめにするんじゃなかったのかな?」
話が退屈になったのか、カロが宙を舞い始める。電信柱に留まっていた雀を見つけ、それを追い回し始めた。家にぶつからないかと少々心配になる。
「やめにするとは考えていません」僕は素直に言った。
「なるほど。その程度の理解なんだね」
「その程度のとは?」
「まあいいさ。全然問題はない」魔法使いは横目に僕を見る。「ところで、魔法の正体とは何だと思う?」
「どういう意味ですか?」
「物体かな? 運動かな?」
「さあ」僕は視線を地面に向けた。
「君は、どうして魔法を疑わなかったんだろう?」
「え?」僕は顔を上げる。「どうしてって……」
魔法使いが杖を振る。
そのとき、僕は自分が誰か分からなくなった。いや、自分が誰かは認識している。その感覚はあった。そうではなくて、自分を客観視している自分とは誰なのかという疑問が生じたのだ。
僕は、今まで何を見ていたのか?
「君が魔法を疑わなかったのは、君自身が魔法にかかっていたからだ」僕の顔を覗き込んで、魔法使いは言った。「そういう魔法にかかっていたんだ。凄いだろう?」
僕は黙ったまま彼を見つめる。
「理屈で考えると、騙されるだろう?」
「どういう意味ですか?」
「魔法って素晴らしいなあ」そう言って、魔法使いは空を見上げる。すでに雲の隙間から太陽の光が零れつつあった。「魔法というのは、つまり音だ。魔法の言葉は音にこそ意味がある」
「え?」
「カロは、一と五に関わっている。最初と最後を信号する。つまり、ストーリーが生じたのは、彼女を放り込んだことに始まり、そこに終わる。ただそれだけのことさ」
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