付く枝と見つ

羽上帆樽

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第30部 sa

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 最近心配されてばかりだなと、シロップは思う。運転手にも、目の前の少女にも、大丈夫かと言われ頻りだ。頻りという言葉は、最近覚えたばかりのもので、だから使い方が合っているか分からない。けれど、いつまでも使わないと、いつまでも使えないままだから、ここで使ってみようと考えた次第だった。

 という心の声は、目の前の少女には聞こえていないだろうか。

 半袖のワイシャツを着ているせいで地肌が晒されている腕を伸ばして、少女が手を差し出してくる。シロップはその手を掴んで立ち上がった。立ち上がると、少女の目がすぐ目の前にあった。身長差はあまりないから、視線が並行する。

 暫くの間、互いに互いを見つめた。シロップは、自分が彼女の目に引き寄せられるのを感じて、やがて目を逸らした。左側の黒い地面を意識的に見る。

「どうもありがとう」そちらを見たまま、シロップは言った。

「どういたしまして」と正面から声。

 沈黙。

 沈黙に耐えられないということは、普段のシロップにはあまりないが、相手が初対面の人物ということもあって、彼女は恐る恐るまた正面に視線を戻した。口を開こうとしたが、そのゼロコンマ一秒先に少女の方が声を発した。透き通る空気を引き裂くようにはっきりとした声だった。

「ドライバーを持っていますか?」

 少女の問いに、シロップは少し反応が遅れた。何を言っているのか分からなかった。彼女が尋ねた対象のこと、そして、彼女がその存在を知っていることに対して、疑問符が貼り付けられた。

 声を出すことができなかったが、気づくとシロップは頷いていた。

「貸してもらえませんか?」

「どうして?」シロップはとりあえず尋ねる。

 少女はシロップが先ほど見たのとは反対側の地面に視線を向けると、暫くそのまま停止した。心臓も一緒に止まってしまったのではないかと思えるほど静かだった。

 やがて視線をシロップの方に戻して、彼女は答える。

「説明が複雑なので、私と一緒に来てもらえませんか?」彼女は言った。「当然、物を修理するために必要なんです。ドライバーなので」

 シロップは、頷いた。

 頷こうと思った瞬間には、もう頷いていた。
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