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第1話 来るは一瞬 待つは永遠
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落ち葉が舞う校門の前で、私は彼女が来るのを待っていた。羽織ったコートのポケットに手を入れて、時折足踏みをする。今日は随分と寒い。上を向くと、荒んだ色をした空が見えた。とは言っても、私には、なんとなく、空はいつもそんな色をしているように思える。ほかでもない、私自身が荒んでいるからだろう。
とっとと帰宅すれば良いものを、私は、いつも、彼女と一緒に帰るために、ここで、こうして、待つということをする。私は、彼女とは違って、部活動にも、委員会にも所属していないから、帰ろうと思えばいつでも帰れる。これは、ある意味では、学生の特権のようなものだと思う。社会人になると、そうもいかないらしい。父親や母親がそんなことを言っているのを聞いたことがある。でも、それって、普通に考えて、ルール違反なのではないだろうか。日本人は真面目だという意見もあるが、それは、必ずしも、ルールを守るという意味において、ではない。ルールを破っているのに、それが却って真面目だと判断されることもあるようだ。
耳に嵌めていたイヤフォンから、お気に入りの曲が流れ出す。それで、少しだけ気分が軽くなった。というよりも、地に足がついた感じがした、とでも言った方が正しいか。私は、そう……。大抵の場合、ふわふわとしている感じがする。今日聞いた授業の内容を話せと言われても、上手く思い出せる気がしない。今日食べた昼ご飯のことも覚えていない。それに対して、彼女は、いつも、それこそ、真面目、という感じがする。いや、真面目というのは少し違うかもしれない。でも、そう……。言うなれば、彼女は背筋が伸びている感じがするのだ。私の背はいつだって丸まっている。
生徒の姿はどこにも見えない。部活動をしているはずなのに、誰もいない。そこまで考えて、そうか、今日は委員会が優先される日だ、と思い出した。基本的に、委員会には、すべての生徒が参加しなければならない。でも、私は、その委員会を決める日に休んでしまって、どういうわけか、一人だけ参加しなくても良いことになった。先生にきいたら、忘れていたとのことだった。私を委員会に参加させることを忘れていたのか、それとも、私の存在そのものを忘れていたのか、どちらだろう……。
目の前を通る線路を、電車が走り抜けていく。
一定のリズムが、近づいて、遠退いて……。
不意に隣に人影。
顔を上げると、彼女が立っていた。
「やあ」私は言った。「お疲れ様」
彼女は目だけでこちらを見ると、それから、一度小さく頷いた。そのあとで、片手を軽く挙げる。
彼女は、暫くの間、こちらを見たまま硬直していた。いや、正確には硬直していたのではなく、きちんと呼吸をしていた。そう……。彼女は、生きてはいるのだ。何も思わない人形ではない。けれど、遠目からでは、その事実になかなか気づきにくい。私も最初の頃はそうだった。
「じゃあ、行こうか」
と私が言うと、彼女はまた小さく頷いた。
線路に沿って、冷たい空気の中を歩く。十一月に入った途端に、一気に気温が下がってしまった。私は寒いのが苦手だ。外にいると、すぐに何か温かいものが欲しくなる。というよりも、できることなら、そもそも外に出たくない。
「どこかで、何か食べようよ」私は言った。もちろん、自分自身に言ったのではなく、隣を歩く彼女に向けて。
私の隣で、彼女はまた小さく頷く。彼女は基本的に前を向いている。だから、向き合わない限り視線は合わない。前を向いているから、背筋はぴんと伸びている。いや、私だって、前を向いているはずだが……。
「今日は、どんなことを話したの?」歩きながら、私は尋ねた。
彼女はすぐには答えない。それはいつものことだ。おそらく、一定の答えを考えてから話しているのだろう。
彼女は少しだけ下を向いて、それから、またもとの位置に視線を戻す。
「 」小さな声で彼女は答えた。
「そうか……。そういえば、もう、そんな時期だったね」
私の返答に、彼女は頷く。
彼女は生徒会に所属している。だから、学校の行事を管理する立場にある。本当は、直接的に管理するわけではない。あくまで、そういう体で、というだけだ。とはいえ、その行事の内で何をするのかという詳細は、生徒会のメンバーが決めるようだ。決めさせられる、と言った方が正しいか。それが彼女たちの仕事なのだろう。
彼女が生徒会に所属しているのは、単なる偶然だった。誰も立候補する人がいなかったから、クラスの中でじゃんけんをすることになって、それで、彼女は負けたのだ。でも、たとえそうした事態にならなくても、彼女は生徒会に所属することになっていたと思う。なんとなく、そんな気がする。
そう……。
彼女は、真っ直ぐで、真面目で、私とは、真反対。
でも、友達。
友達……、だろうか?
彼女はどう思っているのだろう……。
隣を歩く彼女が、不意に片方の手を持ち上げる。それが視界の端に入り、私は現実を再認識する。
彼女は、自分の腰の少し上ほどの位置に手を据えて、小指から先に順々に指を開く。指が、と言った方が近いかもしれない。
目が合った。
綺麗な目。
真っ直ぐに澄んでいる。
私は笑って、彼女の手を握った。
とっとと帰宅すれば良いものを、私は、いつも、彼女と一緒に帰るために、ここで、こうして、待つということをする。私は、彼女とは違って、部活動にも、委員会にも所属していないから、帰ろうと思えばいつでも帰れる。これは、ある意味では、学生の特権のようなものだと思う。社会人になると、そうもいかないらしい。父親や母親がそんなことを言っているのを聞いたことがある。でも、それって、普通に考えて、ルール違反なのではないだろうか。日本人は真面目だという意見もあるが、それは、必ずしも、ルールを守るという意味において、ではない。ルールを破っているのに、それが却って真面目だと判断されることもあるようだ。
耳に嵌めていたイヤフォンから、お気に入りの曲が流れ出す。それで、少しだけ気分が軽くなった。というよりも、地に足がついた感じがした、とでも言った方が正しいか。私は、そう……。大抵の場合、ふわふわとしている感じがする。今日聞いた授業の内容を話せと言われても、上手く思い出せる気がしない。今日食べた昼ご飯のことも覚えていない。それに対して、彼女は、いつも、それこそ、真面目、という感じがする。いや、真面目というのは少し違うかもしれない。でも、そう……。言うなれば、彼女は背筋が伸びている感じがするのだ。私の背はいつだって丸まっている。
生徒の姿はどこにも見えない。部活動をしているはずなのに、誰もいない。そこまで考えて、そうか、今日は委員会が優先される日だ、と思い出した。基本的に、委員会には、すべての生徒が参加しなければならない。でも、私は、その委員会を決める日に休んでしまって、どういうわけか、一人だけ参加しなくても良いことになった。先生にきいたら、忘れていたとのことだった。私を委員会に参加させることを忘れていたのか、それとも、私の存在そのものを忘れていたのか、どちらだろう……。
目の前を通る線路を、電車が走り抜けていく。
一定のリズムが、近づいて、遠退いて……。
不意に隣に人影。
顔を上げると、彼女が立っていた。
「やあ」私は言った。「お疲れ様」
彼女は目だけでこちらを見ると、それから、一度小さく頷いた。そのあとで、片手を軽く挙げる。
彼女は、暫くの間、こちらを見たまま硬直していた。いや、正確には硬直していたのではなく、きちんと呼吸をしていた。そう……。彼女は、生きてはいるのだ。何も思わない人形ではない。けれど、遠目からでは、その事実になかなか気づきにくい。私も最初の頃はそうだった。
「じゃあ、行こうか」
と私が言うと、彼女はまた小さく頷いた。
線路に沿って、冷たい空気の中を歩く。十一月に入った途端に、一気に気温が下がってしまった。私は寒いのが苦手だ。外にいると、すぐに何か温かいものが欲しくなる。というよりも、できることなら、そもそも外に出たくない。
「どこかで、何か食べようよ」私は言った。もちろん、自分自身に言ったのではなく、隣を歩く彼女に向けて。
私の隣で、彼女はまた小さく頷く。彼女は基本的に前を向いている。だから、向き合わない限り視線は合わない。前を向いているから、背筋はぴんと伸びている。いや、私だって、前を向いているはずだが……。
「今日は、どんなことを話したの?」歩きながら、私は尋ねた。
彼女はすぐには答えない。それはいつものことだ。おそらく、一定の答えを考えてから話しているのだろう。
彼女は少しだけ下を向いて、それから、またもとの位置に視線を戻す。
「 」小さな声で彼女は答えた。
「そうか……。そういえば、もう、そんな時期だったね」
私の返答に、彼女は頷く。
彼女は生徒会に所属している。だから、学校の行事を管理する立場にある。本当は、直接的に管理するわけではない。あくまで、そういう体で、というだけだ。とはいえ、その行事の内で何をするのかという詳細は、生徒会のメンバーが決めるようだ。決めさせられる、と言った方が正しいか。それが彼女たちの仕事なのだろう。
彼女が生徒会に所属しているのは、単なる偶然だった。誰も立候補する人がいなかったから、クラスの中でじゃんけんをすることになって、それで、彼女は負けたのだ。でも、たとえそうした事態にならなくても、彼女は生徒会に所属することになっていたと思う。なんとなく、そんな気がする。
そう……。
彼女は、真っ直ぐで、真面目で、私とは、真反対。
でも、友達。
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彼女はどう思っているのだろう……。
隣を歩く彼女が、不意に片方の手を持ち上げる。それが視界の端に入り、私は現実を再認識する。
彼女は、自分の腰の少し上ほどの位置に手を据えて、小指から先に順々に指を開く。指が、と言った方が近いかもしれない。
目が合った。
綺麗な目。
真っ直ぐに澄んでいる。
私は笑って、彼女の手を握った。
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