舞踏の偽

羽上帆樽

文字の大きさ
上 下
1 / 6

第1話 来るは一瞬 待つは永遠

しおりを挟む
 落ち葉が舞う校門の前で、私は彼女が来るのを待っていた。羽織ったコートのポケットに手を入れて、時折足踏みをする。今日は随分と寒い。上を向くと、荒んだ色をした空が見えた。とは言っても、私には、なんとなく、空はいつもそんな色をしているように思える。ほかでもない、私自身が荒んでいるからだろう。

 とっとと帰宅すれば良いものを、私は、いつも、彼女と一緒に帰るために、ここで、こうして、待つということをする。私は、彼女とは違って、部活動にも、委員会にも所属していないから、帰ろうと思えばいつでも帰れる。これは、ある意味では、学生の特権のようなものだと思う。社会人になると、そうもいかないらしい。父親や母親がそんなことを言っているのを聞いたことがある。でも、それって、普通に考えて、ルール違反なのではないだろうか。日本人は真面目だという意見もあるが、それは、必ずしも、ルールを守るという意味において、ではない。ルールを破っているのに、それが却って真面目だと判断されることもあるようだ。

 耳に嵌めていたイヤフォンから、お気に入りの曲が流れ出す。それで、少しだけ気分が軽くなった。というよりも、地に足がついた感じがした、とでも言った方が正しいか。私は、そう……。大抵の場合、ふわふわとしている感じがする。今日聞いた授業の内容を話せと言われても、上手く思い出せる気がしない。今日食べた昼ご飯のことも覚えていない。それに対して、彼女は、いつも、それこそ、真面目、という感じがする。いや、真面目というのは少し違うかもしれない。でも、そう……。言うなれば、彼女は背筋が伸びている感じがするのだ。私の背はいつだって丸まっている。

 生徒の姿はどこにも見えない。部活動をしているはずなのに、誰もいない。そこまで考えて、そうか、今日は委員会が優先される日だ、と思い出した。基本的に、委員会には、すべての生徒が参加しなければならない。でも、私は、その委員会を決める日に休んでしまって、どういうわけか、一人だけ参加しなくても良いことになった。先生にきいたら、忘れていたとのことだった。私を委員会に参加させることを忘れていたのか、それとも、私の存在そのものを忘れていたのか、どちらだろう……。

 目の前を通る線路を、電車が走り抜けていく。

 一定のリズムが、近づいて、遠退いて……。

 不意に隣に人影。

 顔を上げると、彼女が立っていた。

「やあ」私は言った。「お疲れ様」

 彼女は目だけでこちらを見ると、それから、一度小さく頷いた。そのあとで、片手を軽く挙げる。

 彼女は、暫くの間、こちらを見たまま硬直していた。いや、正確には硬直していたのではなく、きちんと呼吸をしていた。そう……。彼女は、生きてはいるのだ。何も思わない人形ではない。けれど、遠目からでは、その事実になかなか気づきにくい。私も最初の頃はそうだった。

「じゃあ、行こうか」

 と私が言うと、彼女はまた小さく頷いた。

 線路に沿って、冷たい空気の中を歩く。十一月に入った途端に、一気に気温が下がってしまった。私は寒いのが苦手だ。外にいると、すぐに何か温かいものが欲しくなる。というよりも、できることなら、そもそも外に出たくない。

「どこかで、何か食べようよ」私は言った。もちろん、自分自身に言ったのではなく、隣を歩く彼女に向けて。

 私の隣で、彼女はまた小さく頷く。彼女は基本的に前を向いている。だから、向き合わない限り視線は合わない。前を向いているから、背筋はぴんと伸びている。いや、私だって、前を向いているはずだが……。

「今日は、どんなことを話したの?」歩きながら、私は尋ねた。

 彼女はすぐには答えない。それはいつものことだ。おそらく、一定の答えを考えてから話しているのだろう。

 彼女は少しだけ下を向いて、それから、またもとの位置に視線を戻す。

「          」小さな声で彼女は答えた。

「そうか……。そういえば、もう、そんな時期だったね」

 私の返答に、彼女は頷く。

 彼女は生徒会に所属している。だから、学校の行事を管理する立場にある。本当は、直接的に管理するわけではない。あくまで、そういう体で、というだけだ。とはいえ、その行事の内で何をするのかという詳細は、生徒会のメンバーが決めるようだ。決めさせられる、と言った方が正しいか。それが彼女たちの仕事なのだろう。

 彼女が生徒会に所属しているのは、単なる偶然だった。誰も立候補する人がいなかったから、クラスの中でじゃんけんをすることになって、それで、彼女は負けたのだ。でも、たとえそうした事態にならなくても、彼女は生徒会に所属することになっていたと思う。なんとなく、そんな気がする。

 そう……。

 彼女は、真っ直ぐで、真面目で、私とは、真反対。

 でも、友達。

 友達……、だろうか?

 彼女はどう思っているのだろう……。

 隣を歩く彼女が、不意に片方の手を持ち上げる。それが視界の端に入り、私は現実を再認識する。

 彼女は、自分の腰の少し上ほどの位置に手を据えて、小指から先に順々に指を開く。指が、と言った方が近いかもしれない。

 目が合った。

 綺麗な目。

 真っ直ぐに澄んでいる。

 私は笑って、彼女の手を握った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

無題のテキスト

羽上帆樽
SF
実験のつもりです。したがって、結果は分かりません。文字を読むのが苦手だから、本は嫌いだという人もいますが、本は、その形だけでも面白いし、持っているだけでもわくわくするし、印字された文字の羅列を眺めているだけでも面白いと思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜

市瀬まち
ライト文芸
その喫茶店を運営するのは、匂いを失くした青年と透明人間。 コーヒーと香りにまつわる現代ファンタジー。    嗅覚を失った青年ミツ。店主代理として祖父の喫茶店〈喫珈琲カドー〉に立つ彼の前に、香りだけでコーヒーを淹れることのできる透明人間の少年ハナオが現れる。どこか奇妙な共同運営をはじめた二人。ハナオに対して苛立ちを隠せないミツだったが、ある出来事をきっかけに、コーヒーについて教えを請う。一方、ハナオも秘密を抱えていたーー。

地獄三番街

有山珠音
ライト文芸
羽ノ浦市で暮らす中学生・遥人は家族や友人に囲まれ、平凡ながらも穏やかな毎日を過ごしていた。しかし自宅に突如届いた“鈴のついた荷物”をきっかけに、日常はじわじわと崩れていく。そしてある日曜日の夕暮れ、想像を絶する出来事が遥人を襲う。 父が最後に遺した言葉「三番街に向かえ」。理由も分からぬまま逃げ出した遥人が辿り着いたのは“地獄の釜”と呼ばれる歓楽街・千暮新市街だった。そしてそこで出会ったのは、“地獄の番人”を名乗る怪しい男。 突如として裏社会へと足を踏み入れた遥人を待ち受けるものとは──。

処理中です...