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第1部 死にたいと思う心
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朱色の木の葉。
金色の木の葉。
その上に、一人の少女が。
片腕を額の上に当てて、目を瞑ったまま微かに呼吸をしている。
正確には、それは少女ではなかったし、呼吸をしているのでもなかった。彼女はロボットだ。だから、見た目が人間に近いというだけだし、酸素と二酸化炭素の交換を行っていることに違いはないが、それは人間が行うのと異なるメカニズムによって成されていた。
辺り一帯は枯れ葉の絨毯。右を見ても、左を見ても、朱色と金色の地面がずっと続いている。頭の上には枝葉が生い茂り、もはや陽光は届かない。けれど、この場所はずっと暖かかった。暖かいから木の葉が生じるのか、それとも、木の葉の色が暖かさを生じさせるのか、判断はできない。する必要がないからと解釈するのが妥当だろうか。
僅かに、小鳥の声。
ぴ×3、と鳴いたかと思うと、またすぐに黙ってしまう。
時間の経過に従って、少女の身体の上に少しずつ木の葉が堆積していく。呼吸による胸部の上下動によって、葉のいくつかは地面に滑り落ちていく。木の葉は、もともと木々の枝に付随していたものだから、量に限りがあるはずだ。でも、それは延々と空から降ってくる。一見すると保存則を無視しているように思えるこの現象は、しかし、実はその法則のもとに成り立っている。つまりは、地面に落下した木の葉はやがて土に溶けて養分となり、一方で木は、その土から養分を吸い上げることでまた枝に葉を成らせる。ただし、この場所で生じるその一連のプロセスは、通常の場合に比べて進行速度が幾分速いようだった。
世界は、単純で、明快。
真理は、明快で、単純。
そこに書かれていることが本当に真理であるのなら、本のように分厚くなるはずがない。
一枚の紙に収まってしかるべき。
したがって、上の叙述は、きっと真理ではない。
では、真理はどこにあるのか?
それはもちろん、目の前で眠りに耽っている、その、少女に。
ピンポイントで瞼の上に落ちて来た木の葉に不快感を覚えて、少女は手でそれを払い退ける。良いタイミングだと、彼女はそこで目を開けた。彼女の目は、その中にもう一つ目があって、その中にもう一つ目があって、その中にもう一つ目があって、その中にもう一つ目がある、という構造をしている。たぶん、その中にももう一つ目があるに違いない。見ていると吸い込まれそうになる目だった。でも、見ていると吸い込みそうになる目ではない。彼女にそのつもりはなかった。
落ち葉の絨毯からゆっくりと身体を起こし、彼女は大きく伸びをする。途中で欠伸が零れ、伸ばしていた腕の一方を器用に屈めて、彼女は手で口を塞いだ。その間、瞼は閉じられていた。彼女がそのように典型的な動作しかできないのは、彼女がロボットだからではない。行動の趣向を自分で決定するくらいの能力は、ロボットの彼女にも備わっている。彼女がそんな動作しかできないのは、彼女がそんな動作しか知らないからだ。欠伸の仕方というものを誰にも倣ったことがないから。
衣服に付着していた葉を掌で払い、彼女は周囲を見渡す。首を動かすより先に目が動いた。何重にも重なっている彼女の目は、観察をスムーズに行うためにそうなっている。けれど、ほかの器官はその目についていけるほどのスペックを伴っていなかった。全体的に調整不足といえる。
彼女はぽんこつだった。
ぽんこつだから、この場所に捨てられた。
いや、自分で、自分の身を捨てた。
つまり、自分によって捨てられた自分。
死んだつもりだったが、また目を覚ましてしまった。
これも、またぽんこつのゆえ?
彼女は百年ほどそこにそうして横たわっていたが、そうする前と今とで、周囲の状況はほとんど変わっていなかった。木の葉の数は変わっているに違いない。しかし、木の葉で地面が覆われているという状態は変わらない。自分の姿もきっと変わらないだろう。
要するに、ぽんこつのまま。
落ち葉を掻き分ける音が背後から近づいてくる。高速で動く目で遠くを見ると、一人分の陰がこちらに向かってくるのが分かった。革でできた丈夫そうなコートを身に纏い、羊毛で編まれたマフラーを首からぶら下げている。片手に本を開き、ページに目を落としたままこちらに近づいてくる。一種のファッションのつもりかもしれない。
「やあ」彼女の前で立ち止まり、彼は本から顔を上げて言った。「随分と遅いお目覚めだね」
「おはよう」彼女は応える。「どのくらい眠ってたと思う?」
「百年」
「馬鹿みたいな数」
再び本に目を落とそうとした彼の意志を遮って、彼女は正面から彼に抱きつく。その影響で本の位置が高くなり、彼の目は文字を追えない状態になった。彼は人間だからだ。
「大好き」と彼女は言った。
「知ってる」と彼は応じる。
「どこへ行くところ?」
「どこって、君の所へ」彼は本を閉じた。「この先に洒落たカフェがあるんだ。一緒に行こう」
金色の木の葉。
その上に、一人の少女が。
片腕を額の上に当てて、目を瞑ったまま微かに呼吸をしている。
正確には、それは少女ではなかったし、呼吸をしているのでもなかった。彼女はロボットだ。だから、見た目が人間に近いというだけだし、酸素と二酸化炭素の交換を行っていることに違いはないが、それは人間が行うのと異なるメカニズムによって成されていた。
辺り一帯は枯れ葉の絨毯。右を見ても、左を見ても、朱色と金色の地面がずっと続いている。頭の上には枝葉が生い茂り、もはや陽光は届かない。けれど、この場所はずっと暖かかった。暖かいから木の葉が生じるのか、それとも、木の葉の色が暖かさを生じさせるのか、判断はできない。する必要がないからと解釈するのが妥当だろうか。
僅かに、小鳥の声。
ぴ×3、と鳴いたかと思うと、またすぐに黙ってしまう。
時間の経過に従って、少女の身体の上に少しずつ木の葉が堆積していく。呼吸による胸部の上下動によって、葉のいくつかは地面に滑り落ちていく。木の葉は、もともと木々の枝に付随していたものだから、量に限りがあるはずだ。でも、それは延々と空から降ってくる。一見すると保存則を無視しているように思えるこの現象は、しかし、実はその法則のもとに成り立っている。つまりは、地面に落下した木の葉はやがて土に溶けて養分となり、一方で木は、その土から養分を吸い上げることでまた枝に葉を成らせる。ただし、この場所で生じるその一連のプロセスは、通常の場合に比べて進行速度が幾分速いようだった。
世界は、単純で、明快。
真理は、明快で、単純。
そこに書かれていることが本当に真理であるのなら、本のように分厚くなるはずがない。
一枚の紙に収まってしかるべき。
したがって、上の叙述は、きっと真理ではない。
では、真理はどこにあるのか?
それはもちろん、目の前で眠りに耽っている、その、少女に。
ピンポイントで瞼の上に落ちて来た木の葉に不快感を覚えて、少女は手でそれを払い退ける。良いタイミングだと、彼女はそこで目を開けた。彼女の目は、その中にもう一つ目があって、その中にもう一つ目があって、その中にもう一つ目があって、その中にもう一つ目がある、という構造をしている。たぶん、その中にももう一つ目があるに違いない。見ていると吸い込まれそうになる目だった。でも、見ていると吸い込みそうになる目ではない。彼女にそのつもりはなかった。
落ち葉の絨毯からゆっくりと身体を起こし、彼女は大きく伸びをする。途中で欠伸が零れ、伸ばしていた腕の一方を器用に屈めて、彼女は手で口を塞いだ。その間、瞼は閉じられていた。彼女がそのように典型的な動作しかできないのは、彼女がロボットだからではない。行動の趣向を自分で決定するくらいの能力は、ロボットの彼女にも備わっている。彼女がそんな動作しかできないのは、彼女がそんな動作しか知らないからだ。欠伸の仕方というものを誰にも倣ったことがないから。
衣服に付着していた葉を掌で払い、彼女は周囲を見渡す。首を動かすより先に目が動いた。何重にも重なっている彼女の目は、観察をスムーズに行うためにそうなっている。けれど、ほかの器官はその目についていけるほどのスペックを伴っていなかった。全体的に調整不足といえる。
彼女はぽんこつだった。
ぽんこつだから、この場所に捨てられた。
いや、自分で、自分の身を捨てた。
つまり、自分によって捨てられた自分。
死んだつもりだったが、また目を覚ましてしまった。
これも、またぽんこつのゆえ?
彼女は百年ほどそこにそうして横たわっていたが、そうする前と今とで、周囲の状況はほとんど変わっていなかった。木の葉の数は変わっているに違いない。しかし、木の葉で地面が覆われているという状態は変わらない。自分の姿もきっと変わらないだろう。
要するに、ぽんこつのまま。
落ち葉を掻き分ける音が背後から近づいてくる。高速で動く目で遠くを見ると、一人分の陰がこちらに向かってくるのが分かった。革でできた丈夫そうなコートを身に纏い、羊毛で編まれたマフラーを首からぶら下げている。片手に本を開き、ページに目を落としたままこちらに近づいてくる。一種のファッションのつもりかもしれない。
「やあ」彼女の前で立ち止まり、彼は本から顔を上げて言った。「随分と遅いお目覚めだね」
「おはよう」彼女は応える。「どのくらい眠ってたと思う?」
「百年」
「馬鹿みたいな数」
再び本に目を落とそうとした彼の意志を遮って、彼女は正面から彼に抱きつく。その影響で本の位置が高くなり、彼の目は文字を追えない状態になった。彼は人間だからだ。
「大好き」と彼女は言った。
「知ってる」と彼は応じる。
「どこへ行くところ?」
「どこって、君の所へ」彼は本を閉じた。「この先に洒落たカフェがあるんだ。一緒に行こう」
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