ムジーク

羽上帆樽

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第4話 何も意味しない

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 目を開けると何もなくなっていた。何もないのはもとからだから、大して問題ではない。

 顔を一回転させることができた。

 後ろを向こうとしたら、そうなった。

 突如として、目の前に巨大な影が迫り来る。僕は慌ててその場から立ち去ろうとしたが、どういうわけか身体が動かなかった。

 巨大な手が伸びてきて、そのまま僕の身体を掴む。

 声を出そうとすると、巨大な手に口を塞がれた。

 頭を掴まれる。

 必死に抵抗しようとするものの、あらゆる力が無為となる。

 次の瞬間、僕の頭は地面に向かって落下していった。

 地面に接触する一歩手前で上へと引っ張られ、激しく上下に揺さぶられる。

 バウンドするかのようだった。

 弾む、弾む。

 吐きそうになったが、何を吐いたら良いのか分からない。

 伸びきった首を上に辿ると、巨大な手が僕の頭を引っ張り上げようとしているのが分かった。手は僕の胴を持ち、それを上へと引き上げることによって、胴と繋がった頭を持ち上げようとしているのだ。

 発動する張力。

 悲鳴を上げたつもりだったが、まったくもって効果がなかった。

 そして、芸が始まる。

 まずは自分の頭が胴に激しく打ちつけられるところから始まった。胴が右に左に激しくひっくり返され、そのひっくり返された側に頭をぶつけられる。心地の良い音が鳴り響いた。頭が割れるように痛む。

 胴から飛び出した背骨に、頭が突き刺さった。

 再び胴から頭が離されると、勢い良く回転運動をさせられた。胴が回ることで頭も一緒に回る。

 投げられた胴が巨大な手にキャッチされたが、頭が胴に刺さらず、地面に向かって落下していった。

 そこで、僕の頭と胴は完全に分離した。

 胴と頭を繋いでいた首が切れたらしく、地面に落下した頭は前方に向かって転がっていく。

 空間が切り替わる。

 白かった世界が黒に反転する。

 僕がけん玉を持つ番になった。

 糸を垂らし、なんとなく上に引っ張ってみる。持ち手の部分を横に倒して、大きい方の皿に載せようとしたが失敗した。もう一度糸を垂らして挑戦してみる。

「練習しないと無理だよ」

 背後から声が聞こえて、僕は後ろを振り返った。

 少女が立っている。

「そう簡単に何でもできるのなら、人間が生きている意味はないね」少女が言った。

「どうして?」

「人生は、トライ・アンド・エラーの連続で成り立っているから」

「君の人生もそうだった?」

「もちろん」

 少女が指を弾くと、向こうの方からピアノが駆けてきた。勢いは大してない。少女の前で止まり、前方の脚を曲げて身体を斜めにする。少女は彼の上に座った。座った場所は鍵盤の上だったから、そこで激しく音が鳴った。

「大事なピアノに、そんなことをしていいの?」僕は尋ねる。

「普段から叩いているんだよ」

「それが、ピアノの正しい使い方だからね」

「誰が決めたの?」

「最初にピアノを作った人」

「あまり、面白い答えではないな」

 ピアノに運ばれて、少女は道なき道を進んでいく。僕も彼女の後ろをついていった。

 歩きながら何度かけん玉に挑戦していると、途中で一度成功することができた。そのとき、なんだ、こんなものか、と思ってしまった。そして、こんなことがなぜできなかったのだろうとも思って、もうそれができなかった自分に戻れないことを悟った。

「そのギャップを、人は成長と呼ぶ」ピアノに運ばれながら少女が言った。「成長も、老いも、結局は変化に違いない。一度変化すると、もうその前の状態に戻れなくなる」

「エントロピー増大の法則だね」

「生きているという状態の始まりは、生まれていないという状態の終わりを意味し、死んでいるという状態の始まりは、生きているという状態の終わりを意味する」

「つまり、生まれていない状態の終わりは、生きているという状態の始まりを意味し、生きているという状態の終わりは、死んでいるという状態の始まりを意味する、ということだね」

「何もしない状態が続くのが嫌なのなら、とりあえず何かすればいい。どんなことだって構わない。少なくとも、それで何もしない状態は終わる」

「だから、言葉を紡ぐ?」

 少女は僕の問いに答えなかった。

 突如として前方が明るくなり、気がつくと僕たちは花園の中を歩いていた。

 赤、黄、白、青、緑、橙、桃……。

 種々の花々に彩られた地面を僕と彼女は歩く。

 正面に大きな風車があった。

 僕たちはその前で立ち止まった。
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