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第5部 オチ、付ける
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キラ・ソラに手を引かれて、俺は夜の町の中を歩いた。この辺りに背の高いビルなんて一つもないから、明かりは街灯から放たれるものしかない。屋台の明かりも背後に消えて、周囲はあっという間に暗くなった。人も今日は一箇所に集まっているせいで、辺りにはほとんど見当たらない。
何度か道を曲がって、俺達は長い階段の前にやって来た。ここには何度か来たことがある。階段を上れば、団地のある一画に繋がっているはずだ。
歩いている途中、あいつは一言も話さなかった。あいつの履いている下駄が地面に弾かれる音が響くばかりだ。俺も何も話さなかった。さっき飲み込んだ空気の塊は、完全に形を失って、もう言葉になることはなさそうだった。
階段を上りきり、団地の中を進む。その区画も抜けて、坂道を上った。団地は坂道に沿うように並んでいる。坂道を少し上ると、左手に団地の敷地内に設けられた公園が見えた。その中も通り抜けて、再び団地の中を進むと、開けた小さなスペースに辿り着いた。
階段と坂道を上った分だけ、俺達は高い場所にいた。緑色にも水色にも見えるフェンスに覆われた先に、先ほどまで自分達がいた町の姿が見えた。
そこから眼下の世界を見れば、町が自然に囲まれていることが分かる。
とても都市とは呼べない、田舎町。
山の中にぽっかりと空いた穴の中で、俺達はひっそりと暮らしているのだ。
「綺麗」フェンスの前に進んで、あいつが言った。
たしかに綺麗だった。自然の中に、本当に微かに、人が暮らす明かりが見える。そのまま顔を上に向ければ、同じように小さな光が空の中に浮かんでいた。星が見える。地と空は連続体を成し、どちらも同じくらいの密度で光の点が散らばっている。きっとこういうのを表現するために、例の割合というものを使うのだろう。
祭りの喧噪が純粋な音となって聞こえてきた。
けれど、それより確かな風の音。
「彼らが言っていることや、やっていることは、間違っていないウんだよ」フェンスの向こう側を見つめたまま、不意にあいつが言った。
「彼らって?」俺は尋ねる。
「周りの連中ってやつ」
俺は黙った。
「私は余所者で、床に転がって黒くなった給食の残りかすのパンと同じだムから、隅に弾かれるのはしょうがないことなウんだよ」少しだけの笑みを浮かべたまま、あいつは淡々と話す。
「しょうがなくはない」俺は言った。「それに、余所者なんかじゃない」
俺がそう言うと、あいつはフェンスの先に向けていた視線をずらして、明確にこちらを見た。
そして、それまで少しだけだった笑みを、たぶん、最大限にまで昇華させて、あいつは笑った。
「ありがとう」あいつは言った。「そう言ってくれると思ってたム」
その笑顔を見たとき、自分の中に何かが生じるのを、俺は確かに感じた。それはたぶん、今まで頭の中にいたのとは別の、胸の中に生じた三人目の俺だったと思う。
俺は、口を開こうとした。
空気の塊を今度こそ言葉の形にしようとした。
しかし、それはやはりあいつによって遮られた。
「でも、私は本当に余所者だムから」と、あいつは静かに言った。「彼らが言っていることは本当だウから」
あいつは一度目を閉じて、再び開く。そのとき、それまでそこになかった赤い光があいつの目の中に浮かぶのを、俺は間違いなく見た。光は夜の空気の上を滑って、綺麗に輝いた。
「私は半端物なムんだ」あいつは俺に背を向けて、傍にある、先ほど上ったのとは別の階段に向かって歩いていく。「きちんとした天上人になれなかったム。空の上の世界でも、私は床に転がって黒くなった給食の残りかすのパンと同じだったムんだよ。だから、この天の下の世界に零れ落ちてきたム。でも、もうすぐ帰ることができるムんだ。こちらの世界で、友達を一人作ることができたムから」
あいつが何を言っているのか、俺には分からなかった。
あいつは階段の淵で立ち止まり、こちらを振り返る。
「すべて、計画通りウ」
そう言って、あいつは今まで見たことのない、面妖な笑みを浮かべた。
突然、上空に激しい気流が生じる。強い風に吹かれて、周囲の木々やフェンスが大きな音を立てた。俺は片腕で目を塞ぐ。風は徐々に強くなり、とてもその場に立っていられなくなった。俺は無意識の内に半歩ずつ後ずさり、風の影響を受けない所まで下がってきて、そうしてようやく目を塞ぐ腕を退かすことができた。
最初に見たのは、光だった。
白とも、黄ともとれる、光。
そして、次に見たのは、その光の群れが縁取られた巨大な構造物。
空に浮かぶ円盤だった。
円盤の表面を回転していた光の群れが一点に集中して、サーチライトを形作る。その強烈な光は何かを探すように辺りを彷徨っていたが、やがてあいつの姿を見つけると、静止してあいつを背後から照らし出した。
闇夜に縁取られたあいつの姿。
地面から離れかけている足。
頭の左右に生える髪が一本ずつ芯を太くして管のようになり、それがあいつの身体を上へ引っ張るように宙を踊っている。
着物はいつの間にかはだけ、その下から見たことのない衣服が露わになっていた。
「君も一緒に来るム?」
あいつの面妖な笑みだけが照らし出されている。
俺はどうしたら良いだろう?
どうすべきだろう?
こんなときに限って、頭の中にいるもう一人の俺は黙りこくっていた。
あいつが俺に手を差し出してくる。
俺は、初めてあいつの掌に触れた。
何度か道を曲がって、俺達は長い階段の前にやって来た。ここには何度か来たことがある。階段を上れば、団地のある一画に繋がっているはずだ。
歩いている途中、あいつは一言も話さなかった。あいつの履いている下駄が地面に弾かれる音が響くばかりだ。俺も何も話さなかった。さっき飲み込んだ空気の塊は、完全に形を失って、もう言葉になることはなさそうだった。
階段を上りきり、団地の中を進む。その区画も抜けて、坂道を上った。団地は坂道に沿うように並んでいる。坂道を少し上ると、左手に団地の敷地内に設けられた公園が見えた。その中も通り抜けて、再び団地の中を進むと、開けた小さなスペースに辿り着いた。
階段と坂道を上った分だけ、俺達は高い場所にいた。緑色にも水色にも見えるフェンスに覆われた先に、先ほどまで自分達がいた町の姿が見えた。
そこから眼下の世界を見れば、町が自然に囲まれていることが分かる。
とても都市とは呼べない、田舎町。
山の中にぽっかりと空いた穴の中で、俺達はひっそりと暮らしているのだ。
「綺麗」フェンスの前に進んで、あいつが言った。
たしかに綺麗だった。自然の中に、本当に微かに、人が暮らす明かりが見える。そのまま顔を上に向ければ、同じように小さな光が空の中に浮かんでいた。星が見える。地と空は連続体を成し、どちらも同じくらいの密度で光の点が散らばっている。きっとこういうのを表現するために、例の割合というものを使うのだろう。
祭りの喧噪が純粋な音となって聞こえてきた。
けれど、それより確かな風の音。
「彼らが言っていることや、やっていることは、間違っていないウんだよ」フェンスの向こう側を見つめたまま、不意にあいつが言った。
「彼らって?」俺は尋ねる。
「周りの連中ってやつ」
俺は黙った。
「私は余所者で、床に転がって黒くなった給食の残りかすのパンと同じだムから、隅に弾かれるのはしょうがないことなウんだよ」少しだけの笑みを浮かべたまま、あいつは淡々と話す。
「しょうがなくはない」俺は言った。「それに、余所者なんかじゃない」
俺がそう言うと、あいつはフェンスの先に向けていた視線をずらして、明確にこちらを見た。
そして、それまで少しだけだった笑みを、たぶん、最大限にまで昇華させて、あいつは笑った。
「ありがとう」あいつは言った。「そう言ってくれると思ってたム」
その笑顔を見たとき、自分の中に何かが生じるのを、俺は確かに感じた。それはたぶん、今まで頭の中にいたのとは別の、胸の中に生じた三人目の俺だったと思う。
俺は、口を開こうとした。
空気の塊を今度こそ言葉の形にしようとした。
しかし、それはやはりあいつによって遮られた。
「でも、私は本当に余所者だムから」と、あいつは静かに言った。「彼らが言っていることは本当だウから」
あいつは一度目を閉じて、再び開く。そのとき、それまでそこになかった赤い光があいつの目の中に浮かぶのを、俺は間違いなく見た。光は夜の空気の上を滑って、綺麗に輝いた。
「私は半端物なムんだ」あいつは俺に背を向けて、傍にある、先ほど上ったのとは別の階段に向かって歩いていく。「きちんとした天上人になれなかったム。空の上の世界でも、私は床に転がって黒くなった給食の残りかすのパンと同じだったムんだよ。だから、この天の下の世界に零れ落ちてきたム。でも、もうすぐ帰ることができるムんだ。こちらの世界で、友達を一人作ることができたムから」
あいつが何を言っているのか、俺には分からなかった。
あいつは階段の淵で立ち止まり、こちらを振り返る。
「すべて、計画通りウ」
そう言って、あいつは今まで見たことのない、面妖な笑みを浮かべた。
突然、上空に激しい気流が生じる。強い風に吹かれて、周囲の木々やフェンスが大きな音を立てた。俺は片腕で目を塞ぐ。風は徐々に強くなり、とてもその場に立っていられなくなった。俺は無意識の内に半歩ずつ後ずさり、風の影響を受けない所まで下がってきて、そうしてようやく目を塞ぐ腕を退かすことができた。
最初に見たのは、光だった。
白とも、黄ともとれる、光。
そして、次に見たのは、その光の群れが縁取られた巨大な構造物。
空に浮かぶ円盤だった。
円盤の表面を回転していた光の群れが一点に集中して、サーチライトを形作る。その強烈な光は何かを探すように辺りを彷徨っていたが、やがてあいつの姿を見つけると、静止してあいつを背後から照らし出した。
闇夜に縁取られたあいつの姿。
地面から離れかけている足。
頭の左右に生える髪が一本ずつ芯を太くして管のようになり、それがあいつの身体を上へ引っ張るように宙を踊っている。
着物はいつの間にかはだけ、その下から見たことのない衣服が露わになっていた。
「君も一緒に来るム?」
あいつの面妖な笑みだけが照らし出されている。
俺はどうしたら良いだろう?
どうすべきだろう?
こんなときに限って、頭の中にいるもう一人の俺は黙りこくっていた。
あいつが俺に手を差し出してくる。
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