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第4部 砂糖
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眼前に海。眼下に海。そして、眼球も海。
私は、いつの間にか海そのものを目の中に取り込んでしまったようだ。じっと見ている内に、外のものが内に入ってしまった。しかし、それはよくあることだった。何か対象を観察していると、いつの間にかそれと一体化してしまうのだ。いや、それはもはや一体化ではないかもしれない。私とその対象はまったく別の二つのものですらないのだから。
モノレールに乗ろうとした。
けれど、今の時間帯は走っていないみたいだったから、仕方なく線路の上を歩くことにした。
線路はまるで空に架けられた回廊のようで、行く先は月とも錯覚させるような説得力を持っていた。線路の硬質な表面を歩く。右側は住宅街、左側は港町だった。前方には緑に覆われた島が見える。暗闇の中であるにも関わらず、それを緑と定位できたのは、その島さえ私の一部と化しているからにほかならない。そして、私の一部となったものは、私自身の意志によって捉え方を変えることができる。だから、島はたちまち色を変えた。何の特徴もない緑色の塊から、電飾によってライトアップされた人工島へと姿を変えたのだ。
「結局、お前の言っているターゲットとは、何なんだ?」
私の中で誰かが言った。その誰かに対する具体的なイメージはすでに融解しつつあったが、親切心から、私は彼にソーサーに零れた紅茶という姿を与えた。
「その場合のターゲットというのは、物ではない。事だ」私は言った。「つまり、目的とも言い換えられる。私の目的は、私自身を定位することにあった」
「喫茶店にいたあのシルエットがターゲットだと言っていたじゃないか」紅茶は反論した。「じゃあ、そいつは一体何者なんだ?」
「そいつが姿を眩ませたのと同時に、喫茶店のドアを開けて私が姿を現しただろう?」私は説明する。「それはすなわち、私と彼とは本質的に同一ということだよ」
「もうわけが分からないな」
「分からなくていいし、分かろうとする必要もない」
「その言葉の意味も分からないね」
「分からなくていいし、分かろうとする必要もない」
モノレールの線路は途中から左にカーブしている。しかし、私はもう少し直進したかったから、自分の意志を尊重して、意図的に線路から足を踏み外した。すると、たちまち私の進行方向に合わせて線路が形成された。一歩進むごとにレールの配列が組み替えられる。線路も私の一部となったということだろう。
夜空の散歩は、実に愉快なものだった。これ以上愉快なことなど、この世界にないだろう。何しろ、夜空というものは、この世界の在り方そのものを体現しているからだ。つまり、地球は宇宙という暗闇に浮かんでいるという事実を、そして、ほかの如何なる星々もすべてそうであるという事実を、目の当たりにさせてくれる。明と暗は対なのではない。暗は常に明を内包する。光というのはその程度のものでしかない。
次々に形成される線路の上を歩いて、私はついに電飾に彩られた島に辿り着いた。レールは緩やかに降下していき、そのまま島の地面に並んだ。レールは島の曲線に沿って進んでいく。外周を一回りするつもりらしい。
背後から汽笛の音がする。振り返ると、まばゆい光を携えた機関車が迫りつつあった。私は軽々とした素振りでそれを避ける。機関車はレールに沿って島を走り抜けていく。
「ここはどこだ?」私の中で紅茶が尋ねた。
「ここは、私が好きだった場所だ」
「今は好きではないのか?」
「まあな」
「どうして?」
「電飾のせいだ」
「何言ってるんだ。お前の意志がそうさせたんじゃないか」
「そうだ。だから嫌いなんだよ」
「意味が分からんな」
「自分の意志で作られたものは嫌いなんだ」私は言った。「自分の意志がまったく介在していないものが好きだ。私の手の中に収まってしまったものは、もう大した価値もない。それから新たな発見をすることもないだろう。古びていくだけだ。何度見ても、またこれかと思うだけだ」
「くだらない理由だな」
「そうだろうな」
機関車はもの凄い勢いで島の外周を回っている。もう何周したか分からなかった。回転する度に加速度を得、次々とスピードを増していく。そうしている内に、島の隆起した中央部分に施された電飾が消えていき、仕舞いにはもとの緑色に戻ってしまった。
「ほら、お好みの姿に戻ったぞ」紅茶が言った。
「これもまた嫌いだな」私は応じる。
「何だって?」
「機関車も、この島も、今や私の一部にすぎない」
「お前の意志がそうさせたって言うのか?」
「そうさ」
背後に気配。
振り返ると、人。
最初に目に入ったのは、すらりと伸びた細い脚だった。
紺色のスカートから生えている。
そして、細く長い金色の髪。
見つめる目。
「どうかされましたか?」と少女が言った。
私は呆気に囚われて何も言えない。
「Welcome to paradise」唐突に少女は英語でそう言った。ネイティブの発音ではないが、曲がりなりにしっかりとした発音だった。「私は、ここの管理人をしています」そう言って少女は軽く頭を下げた。「火花といいます」
私は、いつの間にか海そのものを目の中に取り込んでしまったようだ。じっと見ている内に、外のものが内に入ってしまった。しかし、それはよくあることだった。何か対象を観察していると、いつの間にかそれと一体化してしまうのだ。いや、それはもはや一体化ではないかもしれない。私とその対象はまったく別の二つのものですらないのだから。
モノレールに乗ろうとした。
けれど、今の時間帯は走っていないみたいだったから、仕方なく線路の上を歩くことにした。
線路はまるで空に架けられた回廊のようで、行く先は月とも錯覚させるような説得力を持っていた。線路の硬質な表面を歩く。右側は住宅街、左側は港町だった。前方には緑に覆われた島が見える。暗闇の中であるにも関わらず、それを緑と定位できたのは、その島さえ私の一部と化しているからにほかならない。そして、私の一部となったものは、私自身の意志によって捉え方を変えることができる。だから、島はたちまち色を変えた。何の特徴もない緑色の塊から、電飾によってライトアップされた人工島へと姿を変えたのだ。
「結局、お前の言っているターゲットとは、何なんだ?」
私の中で誰かが言った。その誰かに対する具体的なイメージはすでに融解しつつあったが、親切心から、私は彼にソーサーに零れた紅茶という姿を与えた。
「その場合のターゲットというのは、物ではない。事だ」私は言った。「つまり、目的とも言い換えられる。私の目的は、私自身を定位することにあった」
「喫茶店にいたあのシルエットがターゲットだと言っていたじゃないか」紅茶は反論した。「じゃあ、そいつは一体何者なんだ?」
「そいつが姿を眩ませたのと同時に、喫茶店のドアを開けて私が姿を現しただろう?」私は説明する。「それはすなわち、私と彼とは本質的に同一ということだよ」
「もうわけが分からないな」
「分からなくていいし、分かろうとする必要もない」
「その言葉の意味も分からないね」
「分からなくていいし、分かろうとする必要もない」
モノレールの線路は途中から左にカーブしている。しかし、私はもう少し直進したかったから、自分の意志を尊重して、意図的に線路から足を踏み外した。すると、たちまち私の進行方向に合わせて線路が形成された。一歩進むごとにレールの配列が組み替えられる。線路も私の一部となったということだろう。
夜空の散歩は、実に愉快なものだった。これ以上愉快なことなど、この世界にないだろう。何しろ、夜空というものは、この世界の在り方そのものを体現しているからだ。つまり、地球は宇宙という暗闇に浮かんでいるという事実を、そして、ほかの如何なる星々もすべてそうであるという事実を、目の当たりにさせてくれる。明と暗は対なのではない。暗は常に明を内包する。光というのはその程度のものでしかない。
次々に形成される線路の上を歩いて、私はついに電飾に彩られた島に辿り着いた。レールは緩やかに降下していき、そのまま島の地面に並んだ。レールは島の曲線に沿って進んでいく。外周を一回りするつもりらしい。
背後から汽笛の音がする。振り返ると、まばゆい光を携えた機関車が迫りつつあった。私は軽々とした素振りでそれを避ける。機関車はレールに沿って島を走り抜けていく。
「ここはどこだ?」私の中で紅茶が尋ねた。
「ここは、私が好きだった場所だ」
「今は好きではないのか?」
「まあな」
「どうして?」
「電飾のせいだ」
「何言ってるんだ。お前の意志がそうさせたんじゃないか」
「そうだ。だから嫌いなんだよ」
「意味が分からんな」
「自分の意志で作られたものは嫌いなんだ」私は言った。「自分の意志がまったく介在していないものが好きだ。私の手の中に収まってしまったものは、もう大した価値もない。それから新たな発見をすることもないだろう。古びていくだけだ。何度見ても、またこれかと思うだけだ」
「くだらない理由だな」
「そうだろうな」
機関車はもの凄い勢いで島の外周を回っている。もう何周したか分からなかった。回転する度に加速度を得、次々とスピードを増していく。そうしている内に、島の隆起した中央部分に施された電飾が消えていき、仕舞いにはもとの緑色に戻ってしまった。
「ほら、お好みの姿に戻ったぞ」紅茶が言った。
「これもまた嫌いだな」私は応じる。
「何だって?」
「機関車も、この島も、今や私の一部にすぎない」
「お前の意志がそうさせたって言うのか?」
「そうさ」
背後に気配。
振り返ると、人。
最初に目に入ったのは、すらりと伸びた細い脚だった。
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そして、細く長い金色の髪。
見つめる目。
「どうかされましたか?」と少女が言った。
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