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「普通」

普通の主人公

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一週間の猶予。そして、翠音と過ごした一週間。同じようで密度が違う。考え行動し、悩みぬいた末にたどり着いた答えはごく単純なものだった。

  ――はっきりさせたい。

 翠音が転校してきた理由も時折見せる冷めた表情も、あらゆる噂も伊澄の思惑も。全部はっきりさせるために一時的に苦しめば、後は郁の平穏で自堕落な日常が戻ってくるはず。いや、意地でも掴み取るのだ。そう決心して、梨沙の元へその旨を伝えに行った。

「放課後。俺も一緒に行くわ」
「もう後戻りはできないけど、ほんとにいい?」

 いつになく真剣な表情で問われたので、決意の重さを伝えるために力強く頷いておいた。

「宍戸さんが学校に来ない理由は分かった?」

 放課後になって、梨沙のあとをついていく道すがらに尋ねられた。

「分からん。元からあいつは意味不明だからな」
「神野君らしい答えだね。なんか安心した」

 何気ない微笑みも、いつも郁に対しては呆れてばかりの梨沙にされては不覚にも、ドキリとしてしまう。本当にずるい。

「じゃあ、今から嫌な質問していい?」

 上げて一気に落としてきた。期待を裏切ってくる辺り、いい性格している。

「ああ。抵抗はしない。したくてもできないからな」
「宍戸伊澄さんとはどういう関係?」
「腐れ縁ってやつだ。昔からいいように使われてきたな」
「妹さんの方は?」
「妹がいるなんて知らなかった。あいつのことはずっと一人っ子だと思ってたからな」

 郁は一端、歩みを止めて続ける。

「ところがどっこい。あいつが来た途端、人が変わったかのようにシスコンをやり始めた」
「込み入った事情があるっぽいよね」
「俺からすりゃ委員長も十分謎だけどな」
「宍戸さん……あ、伊澄さんの家にいったことは?」
 
 郁のさりげない探りは何事もなかったかのようにスルーされてしまった。再び、梨沙が歩き出したので、郁も付き従いながら返答する。

「小学生まではよく行ってたな」
「なんで行くのやめたの?」
「そりゃ思春期男子的なよくあるやつだよ」

 下ネタ的な問題でガイドラインに抵触しそうなので、郁からはっきりとしたことは言えない。

「あと一つ言っとくが、俺はあの女には逆らえない」
「どうして?」
「秘密……弱み……いや、心を握られてるからな」
「余計に迷宮入りしたよ」
「今は分からなくていい。一生分かんないかもしれないし、いつか分かるときがくるかもしれない。どっちにしろ、もし委員長が嫌じゃなければ、これからは姉の方も気にかけてやってほしい」

 意味深な言い方で話を逸らして、郁はさらに歩みを速めた。

「どうして?」
「俺にはできなくて、委員長にはそれができるからな」

 答えになっていないような答えを返すと、梨沙はそれ以上の追求はしてこなかった。せっかくの気遣いなので、ありがたく甘えさせてもらおう。

「で、その例の取引場所はどこなんだ?」
「今度はやけに率直に聞くんだね」
「今更変に足掻いたって、俺があいつにたぶらかされた事実は変わらないだろ」

 淡々と言ってのけ、梨沙から伝え聞いた待ち合わせ場所が一望できる場所にスタンバイ。

「ここで俺に現実の過酷さを見せつけるわけだな」
「私を悪者にするのやめてくれない?」
「委員長は外面ばっかりいいからなあ」

 梨沙の懸念を払拭するために普段より割り増しで明るく振舞うが、陰キャが慣れないことをすると変に空回りするのが現実だった。
 呑気にふざけていたら、俄かに「きたよ」と梨沙に言われた。ご丁寧に肩に手を置いて支えてくれる。病人並みの過保護な扱いだが、女子に優しくされると弱い。

「急に鳥肌立ってきたわ。もはや鳥になって飛んで行っちゃいそう」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない」
「とりあえず、心臓バクバクだってことはわかってくれ」
  
 二人の視線の先には、駅前のいびつなアーチの前で気だるげにスマホを操作する翠音の姿。そこに、すらりと長く美しい脚で大股に歩く不格好な伊澄が歩み寄る。ちなみに、郁達がここで監視していることを伊澄は承知しているらしい。

「流石にあんなに目立つ場所で取引はしないっぽいね」
「そりゃ見られて興奮する露出魔でもない限りはなあ」
「神野君……」
「すまん。性癖が漏れた」

 珍しく梨沙がピリピリしているので、不用意な発言は控えた方がよさそうだ。しかし、郁は別段ふざけているわけではない。
 二人が足早に向かったのは、例の如くあの喫茶店だった。初デートの時から使い回されてる感が否めない。
 二人が店内に入ったのを確認した後、潜入捜査の如く郁達も続いた。男子高校生的にこのスリル、大好物だ。

「なんか緊張してきたわ」
「教室にいる時より喋ってるもんね」
「委員長の天然毒舌は今日も健全です」

 他愛もないやり取りをしながら案内された席に座ると、宍戸姉妹の席の右斜め後方だった。こっそり様子を窺うにはもってこいのベストプレイス。何かしらの陰謀が働いているに違いないと考え、梨沙に尋ねてみるとどうやら接客していたバイト店員は同じ学校の生徒らしい。さて、どんな弱みを握られているとやら。

「ん。最近ピンチだから、伊澄ちゃんからの収入が頼りなんだよね~」
「報酬は渡すが、また無駄遣いされるのはいただけんな」
「私のお金をどう使おうと私の勝手じゃない?」
「姉として妹の愚行を見逃すわけにはいかんからな」
「サポは見逃す癖に……ほんと、意味わかんない」

 翠音は急につまらなそうな顔をして、伊澄からの報酬を受け取る。もちろん、郁達にも会話の内容は筒抜けだ。

「そんなことより、最近なぜ学校に行かんのだ」
「今は行くのめんどいし、出席日数ちゃんと数えてるから大丈夫」
「余り大丈夫な点が見当たらんが」
「伊澄ちゃんと同じことしてるだけだし~」
「私を反面教師にしてほしいんだがな」

 自分の不出来を突かれてしまったが故の咄嗟の言い訳だろう。ガサツな伊澄にそこまで考えが及ぶとは到底思えない。

「あのバカに情でも湧いたか?」
「別に? 何とも思ってないし~」

 胸が詰まるような苦しい感覚。しかし、他にも同居している感情があった。これは同情だろうかはたまた憐憫だろうか。

「大丈夫? 神野君」

 梨沙が声を潜めつつ、心配してくれる。

「はあはあ……大丈夫だ」

 しかし、言動とは裏腹に郁には動悸の乱れや発汗が見られ、正常とは程遠い状態であった。

「それは本音か?」  

 一方で、伊澄はさらに質問を重ねる。
 
「今までの人と変わんないし」
「悪いが、あれは常人ではないぞ」
「一緒だし。今までの人と同じくらい無駄におせっかいで、お人好し。そういうのなんか冷める」

 そこでしばしの沈黙が流れた。郁達も右に倣い、息を飲んで聞き耳を立てる。しかし、それは翠音の一言で強引に引き裂かれた。

「ほんと意味わかんない。悪口だけは達者で暗いくせに結局、人の世話焼いて……お金がもらえるわけでもないのにバカみたい」
  
 女子高生らしい悪口っぽいと言えばそうだが、それは郁の急所を突くには十分だった。

「……っ。はあはあ、はあはあ…………っ」
「神野君!? ほんとに無理しなくていいよ?」
「はあはあ……っ、んあっ…………」
「一回外出る?」
「んあっ……っ! あああんっ…………!」
「…………それは違うでしょ」

 怪訝な眼差しで梨沙が凝視してくる。

「これだよ、これ。俺が求めていたのはこういうスリル! 絶望! 道具の様に扱われる屈辱、そして、軽やかな罵倒!!」

 急に座席から立ち上がって奇声を上げだした郁に、いつもは冷静な梨沙も目を丸くして驚いている。そして、周囲の好奇の視線が郁に集まったのも同じタイミングであった。

「……い、郁ちゃん?」
「ちっがあああああああああう! そんな甘ったれた呼び方はナッシング!! もっとごみを見るような目でプリーズううううううううううう!!!」
「ちょっ……、声でかっ」
「さっきのキレはどうした!? ほら、もっと雑に扱ってくれていいんだぞ!」
「ちょ、ほんっとまじあり得ない!!」

 翠音は取り乱しながらも、さすがにこのままではまずいと思ったのか、咄嗟に郁の手を取って好奇の視線をかいくぐりながら店を抜け出した。

「なにがどうなって……」
「やはりこうなったか」

 驚きのあまり腰を抜かした梨沙の元に伊澄が歩み寄って、不敵な笑みを浮かべる。

「どういうこと?」
「あれは不確定分子だ。いつ、どんな化学変化を起こすか誰にも予測がつかない。だから、あいつにかけた」
「全然説明になってないよ」
「翠音には普通の人間では相応しくない。どこにでもいそうでいないバカじゃなきゃ務まらん」

                 ♦ ♦ ♦


「はあはあっ、はあ、はあっ」
「はあ、はあ。おいおい、どこまで走るんだ」

 息を切らしながら問いかけると、はっと虚を突かれたように翠音の体がビクつく。

「ほんとわっかんないあり得ない意味わかんない! バカなの!? いやほんとバカだし!」
「ノリツッコミありがとう」
「ほんっっっとバカ!!」
「流石に傷つくぞ……」
「あ、ごめん。……ってそうじゃなくて! なんであんなことしたの? てかなんで平気な顔してんの? 強がってんの?」
「どうどう、落ち着け。質問は一個ずつな」

 堰を切ったように喋りだした翠音を宥めて、郁は真摯に見つめ返す。

「郁ちゃんって、伊澄ちゃんとどういう関係なの?」
「さっきその質問はなかったぞ」
「いいから答えて」
「はい」

 有無を言わさぬ物言いで、会話の主導権を握られる。悪くない。マゾモードの郁は絶賛ちょろい系主人公を進行中だ。 

「所謂主従関係ってやつだ」
「私にも分かるように説明して」
「ご主人様と飼い犬の関係だ」
「なんでそんなことに?」
「結論から言うと、その……プライバシーを侵害されたんだ」
「は? はっきりして」

 いつもより三倍増しで目つきが鋭いが、今の郁からするとご褒美でしかない。なので、嬉々として答える。

「サウスポーの自家発電を見られたんだ」
「いや、は?」
「正直に言っただけなのに」
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