おそらくその辺に転がっているラブコメ。

寝癖王子

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「普通」

普通の対応

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喉から手が出るほど欲しいゲームの発売日前の様に浮足立って落ち着かず、一週間先がとてつもなく長く感じられた。違うのは、一週間先におこるであろうことをできるだけ頭から離しておきたいということだ。

『プルルルルルっ、プルルルルルっ……』

 今、一番話しておかなければならない相手に発信してみるが、案の定連絡はつかなかった。出席日数ギリギリを狙って学校に来る彼女のことだ。この分ではおそらく直接問い詰めることも不可能だろう。郁は今の彼女の住所すら知らないのだから。

「くそっ……っ!!」

 アニメや漫画の正義感強い系の主人公定番の台詞を吐きながらも、脳はフル回転していた。郁は何をすべきなのか、伊澄の思惑は何なのか。翠音が足を突っ込んでいる沼はどれほど濁っており、闇が深いのか。そして、梨沙が憤る理由とは。
 この一週間を普段のニート生活の様に無碍にすることは簡単だ。しかし、時間が経つにつれて、人間は冷静さを取り戻していくものだ。早急に解決すべき問題は、情報量の少なさ。不確定で曖昧な情報に踊らされているようでは今の情報社会を担う若者失格だ。

『俺だ。今日の放課後、また会えるか?』

 伊澄や家族以外に自分から電話をかけるのは初めての試みだった。


       ♦ ♦ ♦


「なぜ貴様だけなんだ」

 郁の呼び出した相手は出会い頭から不機嫌だった。電話の段階では、くどく文句を並べられ、この密会がどう転ぶか甚だ不安ではあったが、彼は律義にも集合時間より前に待ち合わせ場所で待機していた。生徒会に属す故、やはり元来は真面目な人柄なのであろう。恋は盲目とは言いえて妙な言葉だ。

「電話でもいったろ。あいつはずっと学校休んでんだよ」
「貴様ァッ! また翠音にふしだらな真似をしたのか!?」
「お前あいつのことになるとすぐ熱くなるよな」
「当たり前だろう! 翠音が風邪ごときで三日も休むはずないだろうが!」
「それはそれで失礼だろ」

 無意識にアホの子扱いされるなんて不憫なことだ。 

「お前うるさいし、とりあえず前と同じカフェでいいか?」
「貴様は毎度、一言余計だ」
 
 憎まれ口を叩き合いながら、二人で並んで歩く。一方的に敵視されているのも相まって変な感覚だ。少なくとも、平和主義の郁が好き好んで地雷源に首を
 突っ込むことはこれまでなかった。記憶の限りでいえば、自主的に動いたのは遥か昔に遡る。
 
「大体、僕より適任がいるだろうが」
「生憎、委員長はあいつの攻略に失敗したからな」
「ちっ……、それは嫌味か?」
「なんでだよ?」
「わからないならいい。聞いた僕が馬鹿らしくなってきた」

 ここまで不機嫌を体現させてくる人間も珍しい。毎度郁に突っかかってくる姿を見ると、逆にこちらは冷静になってしまう。

「俺が知りたいのはあいつの前の学校での交友関係、カースト、噂だ。どんな些細なことでもいい。教えてくれ」
「貴様まさか…………翠音のストーカーだったのか!?」
「いや待て違っ」
「うん。それなら納得がいく! つまり、翠音はこの男に弱みを握られて従わされていたんだな!?」
「話聞けやこら」

 やはり、落ち着いて話ができる間柄ではなかったのか。梨沙がいてくれれば丸く収まるだろうが、それでは意味がない。自分で蒔いた種はきちんと収穫しなければ、平穏な日常は取り戻せない。

「いやあ~、こりゃ、びっくりしたわ」
「何のつもりだ」
「まさかあの県内トップ校の誇り高き生徒会長が女の前では節穴になるとはなあ……」
「誰に向かって口を聞いている?」
「そりゃあもちろん。人の話をろくに聞かずに勝手に話を進める自己中な生徒会長様以外に誰がいるんだよ」
「貴様……骨の髄まで打ち砕いて、鳥の餌にしてやろうか! ああんっ!?」

 健人の眉間は一層険しくなり、額には分かり易いほどの青筋が浮かんでいた。それにしても、少し言葉に棘がありすぎやしないだろうか。

「どうどう……聡明な生徒会長がこれしきの事で取り乱すな」
「ふんっ……別に普通だ」
「じゃあ、話聞かせてくれるよな?」
「言っておくがあんな根も葉もない噂など、俺は信じてないからな!」
「てことは、少なくとも噂はあるんだよなあ?」
「……っ、貴様諮ったな」

 良くも悪くも、健人は正義感が強く、馬鹿正直なのだ。

「なんてことはない。翠音が可愛すぎるせいで、周囲から嫉妬されただけにすぎない。援助交際だのパパ活だのばからしい」

 ここまでは、梨沙から聞いた話と合致している。

「大体、それが事実ならうちの先生方が見逃すはずがないだろう。もちろん、俺もくまなく調査した上でのことだ」

 ソースが絶望的に信じられないのはなぜだろう。

「学校での翠音の立場は?」
「もちろん、クラスの中心で全男子のあこがれの的だ」
「生徒会長としての客観的な立場で言うと?」
「クラスのトップカーストにいたのは事実だが、女子の大半と一部の男子には嫌われていたな。まあ、かわいい女子が背負う宿命だな」

 おおかた、郁のイメージと合致している。が、女子社会は複雑なので、未知の領域であることは否めない。

「じゃあ、最後に……」
「……俺と翠音の関係のことだなっ!」

 なかなか頼もしいドヤ顔だが、この先は決して明るい話ではない。健人には酷な話だ。

「翠音が関係を持ったのは何人だ?」
「憶測でものを語るな。俺は知らない」
「それはお前の主観だろ。俺が知りたいのは真実じゃなくて事実だ」

 二つは二律背反だ。近いようで果てしなく遠い。

「噂で聞いたのは俺の前に二人。それ以外の噂は多すぎて把握しきれていない。そもそも、その辺りは個人のプライバシーだ」
 
 憎めない性格だ。日向で育ち、ただまっすぐ前だけ見て人生のレールを外れなかったような人間。ならば、それを利用する手はない。

「その二人の連絡先、わかるか?」
「プライバシーは守るべきだ」
「なら、その二人に協力を仰ぐことは可能か?」
「できるかできないかでいえばできるだろうが、貴様に手を貸してやる謂れはない」
「もちろん、正当な報酬は払う」
「見くびるな! 俺は金に目がくらむような男ではない!」
「誰が金だって言った?」
「あ?」
「また、翠音にデートしてやるように頼んでやるよ」
「それは貴様が決めることではない!」

 だが、健人が固唾を飲んだのを郁は見逃さなかった。人間、本当に欲しいものの前では、それを気にせずにはいられないものだ。

「翠音の意志は尊重しなければならないからな」
「はいはい。じゃあ、翠音と話す機会をセッティングしてやるから」
「……いいだろう。一応掛け合ってみるが、あまり期待するなよ」

 これで取っ掛かりは済んだ。後は外堀から埋めていくのみだ。


                ♦ ♦ ♦


 その頃、郁が独自で動く一方で梨沙もまたとある人物に接近していた。

「この部屋に来客とは珍しいな」
「まあ、今は使われていない空き教室だからね」
「ふんっ、よくここがわかったものだな」
「生徒の無断使用くらい把握してるよ」
「ほう。一介の委員長風情にそんな権限が?」
「むしろ、先生方より生徒のほうがこういうのには精通してると思うよ?」

 最上階の最奥。よほどの物好きでなければ、人の寄り付かない場所まで瞼も足も重い朝からわざわざ足を運ばないだろう。

「あのバカから聞いたのか」
「神野くんはむやみに秘密を喋ったりしないんじゃない?」
「つまり、クラスメートのことはなんでもお見通しか」
「それがクラス委員の役目だからね」
「戯け。いくらなんでも不自然だ」

 いつもは不敵に笑う伊澄も、凍てつく氷の如く冷たい双眸で梨沙を睨みつける。

「どうして?」
「どうもこうもない。人のプライバシーに土足で踏み込むような愚行を許すわけにはいかん」
「この部屋は学校側の所有物だよ。私は責務を全うしてるだけ」
「ふんっ。煮え切らん態度だ」
「ふーん。なら、本題に入っていいの?」

 瞬間、伊澄の背中にぞくりと悪寒が走った。いつも張り付けられていた胡散臭い梨沙の笑顔は消え去り、そこにあったのは憎悪を煮え切らせる一人の女子高生の姿だった。

「お前がここに来たということは、私と翠音の関係はもう知っているのだろう?」
「そんな瓜二つな顔つきで気づかないほうが無理あるよ」
「これでも滅多に人前に出ないんだがな」
「神野君と幼馴染な時点で私の情報網からは抜け出せないよ」
「何が目的だ」
「私はただ、クラスの問題を解決しようと思ってるだけだよ」

 両者ともお互いの腹の内を探りあっているせいか、いまいち核心には迫れていない。

「宍戸さんがうちのクラスに来てから、ちょっとクラスの輪が崩れた。それに、神野君が私以外の特定の女子と仲良くするなんてありえない」
「あのバカも年頃の男子だ」
「普段は冗談ばっかりだけど、彼は自分に嘘つかない。誰かが唆したとしか思えない」
「最終的にはあのバカ自身の意志だ」
「否定はしないんだね」
「嘘をつくのは己がやましいことがある証拠だ。隠し事などもっての他だ」

 朝日を浴びて煌びやかに輝く黒髪を手ですくいながら、伊澄は断言する。

「じゃあ、突然宍戸さんが学校に来なくなったのはなぜ?」
「プライバシーだ。そもそも、今は翠音と一緒に住んどらん」
「ふーん。これ以上、何を聞いても堂々巡りみたいだね」

 やけになったのか、梨沙は一拍置いたあと柄にもなくほくそ笑む。

「じゃあもう何も聞かない」
「今度は随分物分かりがいいな」
「その代わり、私と一緒に委員会活動してくれる?」
「…………は?」
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