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「普通」

普通の同級生

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「お前がわざわざ俺に頼み事をした理由が分かったわ」
「そうか……失敗したか」
「本人に意思がない限り、これ以上無理強いしても逆効果だ」
「それはつまりこれからもお前があいつの面倒を見ることになる、ということだが……」
「誰かさんが押し付けたからな」
「ふっ……、若気の至りというやつだ。許せ」
「それ若けりゃなんでもやっていいって意味じゃないからな」

  翠音と郁が連絡先を交換した翌日の早朝。郁と伊澄以外誰もいない教室で二人は密会していた。 伊澄は机に実りの良いお尻を落ち着け、腕とニーハイソックスを装着した足を組みながら例のごとく横柄に言ってのける。
 
「ふんっ……、にしても今日のお前はいつになく死にかけのようだな」
「昨日の夜あいつから電話があってな……」
「ほう、いつになくラブラブじゃないか」
「それお前が言っていいと思ってんの?」

  電話口でイチャイチャするなんて郁にとっては言語道断だが、そのレベルで収まるならまだ良かった。

「用件もないのに通話することがあんなに辛いとは思わなかった」
「そういうものか」
「通話が娯楽になる時代になったらしい」

  同年代の間での流行に疎い二人は何故だか感慨深くなって共感し合った。

「今は寝落ち通話なるものがあるらしい」
「寝ながらベッドから落とす遊びか? ドMのお前が好きそうではあるな」
「通話だって言ってんだろ。通話しながら寝るんだよ」
「なんだそのバリューセットみたいなのは。 全く、これだから欲張りは好かん」
「ツッコミどころそこかよ」

  しかし、語る郁の方もイマイチ寝落ち通話の典型が分からずにいた。何せ、昨日はどうしても一人での安らかな睡眠を得るため、偶然見つけたミュート機能を翠音の寝息が安定したタイミングを見計らって使ったのだから。

「とにかく、俺の生活の安寧のためにはこのままではやばい。何とかしてくれ」
「今更馬鹿なことを言うな。最後まで責任を持たんかこの愚か者が」
「実の妹を赤の他人に押し付けた姉貴失格のやつに言われるとは思わなかったわ」

  しかし、郁も考えなしではない。大方、伊澄も郁と同じような経験をしてきたのだろう。今日伊澄を呼び出したのは、今のうちに弱音を吐いておきたいと思っただけだ。これくらいの意趣返しなら撥も当たらないだろう。

「……スタートで同性の友達を作らなかった以上、これからは茨の道だ」
「俺もそう思う」
「それなら……いやこの先を言う資格は私にはないか」
「心配なら直接会えばいいだろ」

  前から気になっていたことだ。こんな回りくどい形で翠音の現状を把握するくらいなら、直接相見えた方が早い。

「それは出来ない」
「だからなんで」
「一度会ってしまったら均衡が崩れるからだ」
「俺にもわかるように説明してくれ」
「すまない。だが、いずれお前もわかる」

  珍しく浮かない顔をした伊澄は意味深な言葉を残して教室を後にした。続いて、空気を読んだかの如くチャイムが鳴り響いたのであった。


                     ◆  ◆  ◆


  伊澄に忠告されたその日は、例の如く翠音に振り回されながら平凡な日々を過ごした。事件が起こったのは放課後の帰路でのことだった。ちなみに翠音と下校を共にするようになった訳を掘り返すのは愚問である。そんなものは流れとか流れとか流れしかない。

「翠音? 翠音じゃないか?」

  電車を待つためホームで翠音が一方的に捲し立ててくるしょうもない世間話を右から左に流していると、新参者が現れたのだ。

「えっ……あっ」

  新参者の姿を確認した翠音は咄嗟に郁の後ろに隠れた。

「久しぶり。俺のこと覚えてる?」
「……忘れるわけないじゃん」

  郁の背中に向かって呟かれても、相手に聞こえるはずがない。よって、ここは通訳が必要らしい。

「忘れるわけないだろ、このタコってこいつが言ってる」

  無感情にそう言うと、無言で背中を摘まれた。別に嘘は言っていない。

「えっと、君は……」
「俺はこいつの……ただのクラスメイトだ」

  少し悩んで出した答えだったのに、相手の彼は不服な表情を浮かべた。これも嘘ではないのに。

「……翠音。もう俺とは喋ってくれないかい?」

  今度はぎゅっとワイシャツの裾を摘まれた。その様子を見て対面の彼の表情が更に険しくなっていく。今日あったばかりの赤の他人に睨まれても、心は少し痛むみたいだ。

「多分、喋りたくないんだろうな」
「君には聞いてないよ」
「できれば俺も言いたくないな」

  しかし、困った。彼が郁を敵対視してる以上、郁が譲歩するしかないのだが、それを郁の矜持が許してくれない。 更に電車の発車時刻が近づくにつれ学校帰りの学生がわらわらと集まってきている。このままでは見世物だ。何か策はないだろうか。そう一計を案じていると、突如郁の眼前に大きなメロンが二つ現れた。これは天の加護なのか。まさかそんなはずは――

「――はーい、二人ともそこまで。周囲の邪魔になってるから」
「委員長?」
「梨沙! 邪魔をするな!」
「え?」
「ん?」
「はえ?」

  なるほど、そういうことか。


                        ◆  ◆  ◆


  場所を変えて隣町の喫茶店にて。ちなみに帰路とは進行方向が逆だった。面倒くさかったが、色んな意味で強キャラの委員長に口答えは出来なかったのだ。

「梨沙、話を聞いてくれ! この男が翠音と喋らせてくれないんだ」
「ああ、はいはい。ややこしいから一旦黙って」
「でも僕の話はまだ終わってない!」
「う・る・さ・い」
「……あぁ、分かったよ」

  委員長が目の笑っていない笑顔を貼り付けてそう言うと、彼は意気消沈してしまった。

「どうせまた健人が変な事言ったんじゃない?」
「僕はただ翠音に話しかけただけだ。なのに貴様が邪魔した」

  この男呼びではまだ甘かったのか、まさかの貴様呼びに変化した。出会って一時間弱でここまで印象が悪化するのも珍しい。

「ふーん。でもどーせ健人のことだからいきなり話しかけたんじゃない?」
「うっ……それは」
「ほらやっぱり。じゃ、まずお互いに自己紹介からね」

  そして委員長が、隣に座る健人を肘でつつくと、渋々といった様子で彼は口を開いた。

「壱岐健人。光が丘高校の二年でサッカー部」
「うげぇっ」
「なんだよ」
「いやちょっと痰が絡んだだけだ」

  サッカー部への拒否反応を誤魔化すための言い訳だったのだが、もっと嫌な顔をされてしまった。委員長やら今まで無言を保っていた翠音でさえも若干引いていた。

「で君は?」

  健人はせっかちらしい。マイペースな郁や翠音とは対極にいる人間だ。

「神野郁。山北高校二年。帰宅部」
「名前はかっこいいな」
「うん。最初は私もそう思った」

  褒められているようでその実、貶されている。つまり、名前と容姿が釣り合っていないとディスられているのだ。

「んでこいつは」
「いやいい。翠音のことは君よりは知ってるよ」

  一々癪に障る言い方だが、せいぜい三、四日の付き合いの郁には言い返す術がなかった。

「それで、ずっと黙ってる宍戸さんはこれをどうしたいの?」
「これ呼ばわりは酷くないか」
「……」

  梨沙に問われても、翠音は例の如く沈黙を貫いていた。

「おい、何とかしてくれ」

  推しのアイドルの結婚相手を妬むやばめのファンみたいな目線を健人から浴びつつ翠音に耳打ちしてみる。しかし、返ってきたのは無言の首振りだけ。頑固な翠音を少し腹立たしく感じるものの、何か深い事情があるらしいだけに強く言えない。
  馬が合わないのを我慢して健人に水を向けようとしたその時、翠音の口から驚愕する言葉が呟かれた。

「だって、私この人知らないし」
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