おそらくその辺に転がっているラブコメ。

寝癖王子

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「普通」

普通の女子高生

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 「ねぇ、郁ちゃん」
「……」
「おーい、聞こえてる~? 君の耳は節穴かい?」
「それを言うなら目だろ。耳の穴に何ができんだよ」
「なにそれ頭悪そ~!」

 郁は唸っていた。普段ならば授業の合間や休み時間は自分の趣味であるリズムゲームやツイッターに没頭している頃なのに、今日は全然集中できずにいた。

「あ、でねでね郁ちゃん。次の授業の課題なんだけどさ~」

 それもそのはず。絶賛、付きまとわれ中なのである。

「課題くらい自分でやれ。つかその呼び方やめろ」
「え~、いいじゃん。今更変えるのもなんか変な感じだし」
「たった数日で変もクソもねぇだろ」
「あーあ、女子の前でそういう言葉使わない方がいいよ」
「お前に言われるとなんか腹立つな」

 伊澄から翠音を託された以上、無碍にはできない。そこで一計を案じているのに、当の翠音は能天気なのである。しかし、翠音本人にこのことを伝えてしまっては意味が無い。だからこそ郁は余計に気が立ってしまっていた。

「まーまー、そう言わずに。次移動教室だから早くいこ」
「さっきのクラスの女子達と一緒に行かなくてよかったのか?」
「えっ、あーうん。郁ちゃんと話してたら行っちゃったし」
「遠回しに俺のせいにすんのやめてくんない?」

 ぼっちはガラスのハートだから何気ない女子の一言にも弱いのだ。

「まぁ、何にしろ同性の友達ってのは大事だぞ」
「郁ちゃんが言うと説得力ないなぁ」

 予鈴一分前。他のクラスメイトは全員教室から出ていった。教室には郁と翠音のみ。
 時計の針が進んでも一向に席を立とうとしない郁を見て、翠音の表情に焦りが出始めた。しかし、翠音が何かを口にする前に郁が口火を切った。

「翠音」
「え、な、なに!? 急に改まってどしたの?」
「俺と一緒に興奮することしないか?」

 この後、郁の右頬が赤くなったのは言うまでもない。


                        ◆  ◆  ◆


「最近は暴力系ヒロインの需要落ちてるんだからな。気をつけろよ」

 場所は移り屋上へと続く階段。赤くなった頬を擦りながら郁はぼやく。

「郁ちゃんがいかがわしいこと言うからじゃん!」
「ばっか、お前授業サボる高揚感を興奮と言わずしてなんていうんだよ」
「その割になんか手馴れた感じじゃん」
「勘のいいやつは嫌いだよ」

 週二回のペースで授業を抜け出しているのは秘密である。あまりサボりに慣れすぎると段々授業に行かなくなって、結局出席日数が足りず留年なんてことになったら親不孝だ。それだけはいけない。
 なんて意味わからない理論を心中で並べていると、ふと突風が郁の視界を襲った。

「おおー、なんか凄いね」
「まじそれな。なんかすげぇわ」

 語彙力を捨て去った中身空っぽの会話をしながら、共に屋上へと足を踏み入れた。

「んんーっ、気持ちいい!」

 翠音はたたーっと足早にフェンスまで走って、大きく深呼吸する。

「そうか? あそこの工場から変なガスとか出てなきゃいいけどな」
「あーあ、こういうのは気分が大事なのに」
 
 「これだから郁ちゃんは」とぼやくように言われたが、郁からしてみれば自分を一般男性と同じ土俵に並べること自体ナンセンスだ。

「翠音」
「んふえっ! あいっ!?」
「お前、自分の名前初めてか?」
「郁ちゃんがいっつも急に名前呼ぶからじゃん!」

 名前呼びは距離が近くなるための第一歩だ。郁の選択にしては勇気ある行動だったと思う。だが、使った人間が悪かった。急に距離を詰めようとしても逆に気持ち悪いだけだった。
 
「転校してきてどうだ。慣れたか?」
「まだ二日目だしわかんない」
「だよなぁ」

 話を切り出すのは難しい。上手く人目のつかない場所に連れてくることは出来たが、それまでだ。相手の話を引き出すには自分の隙を見せなければならない。

「もし世界に俺とお前の二人が残ったらどうする?」
「え、急にどしたの?」
「答えてくれ」

 珍しく目に覇気を宿らせて真剣に聞くと、翠音は渋々と口を開いた。

「そんなのずっと一緒にいるしかないじゃん」
「じゃあ俺とお前ともう一人別の女子がいたらどうする?」
「別に三人で一緒にいればいいじゃん」
「どちらか一つ選べって言われたら?」
「……そんなの無理だよ。究極の選択ってやつでしょ」

 少し投げやりな口調。表情にも翳りが見えた。

「じゃあ今のクソほど平和な世界なら究極の選択はいらないだろ」
「そんなに単純な話じゃないよ」

 確かに郁の先の言葉が正しければ、小学一年生で友達百人作れてしまうことになる。

「そーかよ。なら俺にはお手上げだ」
「えぇ……今の郁ちゃんが私に手を差し伸べてくれる流れじゃなかったの?」
「夢見んな。毎日どうすりゃ楽に生きられるかってことばっか考えてる奴に何ができんだよ」

 人には向き不向きがある。努力してその溝を埋めることは出来るかもしれないが、超えることは多分不可能だ。

「あ、やっぱり居た。そろそろワンパターン過ぎない?」
「そりゃ委員長が甘やかすからな」

 立て付けの悪い屋上の扉が不吉な音を立てながら開くと、茶髪ポニテの美少女が現れた。今日も強かなお胸がこの世の平和を暗示している。エロは世界を救うのだ。

「神野くん、また視線がキモいよ」
「いつも俺側が悪いとは限らんだろ」

 丸い二つの盛り上がりと高校生男子では前者に軍配が上がる。

「はいはい、これだからこじらせ系陰キャはめんどくさい」
「相変わらず毒舌だな」
「正直なだけだよ」

 言いたいことをズバズバ言ってのけてしまうのは果たして正直の範疇に収まるのだろうか。そう思わずにはいられなかったが、不躾な質問は地雷を踏みかねないので黙っておいた。

「実は頼みがある」
「神野くんが私に?」

 梨沙は目を丸くする。

「そんなに驚くことでもないだろ」
「だって、プライドの塊みたいな人に腰を低くされたらさぁ」
「ちなみに対価は委員長の承認欲求が満たされて自尊心が高くなることだから」
「なにそれ、私にメリットない」
「でも自分のこと結構好きだろ?」
「まぁわりと嫌いじゃないかも」
「素直じゃないな」
「お互い様にね」

 理由は定かではないが、梨沙とは自然体で話せてしまう。教室では言語レベルが赤ちゃん並みの郁だが、ここでは饒舌だ。

「ねー、郁ちゃん。その人誰?」

 いつものペースで話していると翠音が郁の袖をちょんと引っ張って、ひそひそ声で問いかけてきた。

「えっと、この人は友達……ではないな。なんだ都合のいい関係? 的な」
「それ物凄く誤解を招く表現なんだけど、わざとやってる?」
「教室外限定で、しかも事務的な会話しかしない、お互いを利用し合うって点で言えばあながち間違ってないだろ」

 確信犯だなんて口が裂けても言えない。本命に愛されない寂しい心を満たすためのしょうもない関係に憧れるはずがないのだから。まだ精神年齢がお子様レベルの男子高校生にはその響きが些か蠱惑的なだけだ。

「それで頼みって?」

 痺れを切らしたのか、梨沙自ら話の流れをぶった斬った。

「単刀直入に言う。こいつを助けてやってくれ」
「ちょっと抽象的すぎない?」

 郁自身もそう思うが、翠音の前ではっきりしたことは言えない以上、あやふやな言い方になってしまったのだ。仕方ない。ここは恥を忍んで行動するしかない模様。

「転校してきたばっかで友達いないこいつを助けてやってくれ」

 コミュ障陰キャ的にハードルの高い女の子への耳打ちという形でなんとか事なきを得た。まぁ、心臓は非常事態と言えるほど爆音を奏でているけれども。

「なるほどね。確かに神野くんが最も縁のない事だもんね」
「何? 俺に恨みでもあんの?」
「ま、この私に任せてみて。必ずいい結果を報告するから」

 自信満々に言ってのけるのは素直に感服する。しかし……

「……真顔で言われるのなんかシュールだわ」
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