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難易度:EXPERT
Lv.26 素直になってもいいですか?
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園内を走り回って、どれくらいの時間が経過したのだろう。決意を固めてから、校庭や教室、正面玄関に至るまで色々な場所を探していたけれど、玲奈は見つからなかった。
それもそのはずで、俺はわざと玲奈が隠れないような場所を選んでいたのだから。
この期に及んで、依然として足踏みしていた。天邪鬼な自分にとって、素直になるのは他の何よりも難しいこと。
このような無駄足を働いている間に、赤崎が玲奈を慰めて、全部丸く収まってくれたらどれだけ楽なことだろう。けれど、それじゃあいつまで経っても、堂々巡りのままだ。
「やっぱり、ここ……だよな」
自分に言い聞かせるように呟いて、ホールの引き戸に手を掛けた。だが、俺が手に力を込めるよりも前に、引き戸が独りでに開いた。
警戒して、思わず後ずさってしまうが、その正体を目の当たりにしてからは、その足も止めざるを得なかった。
「赤崎……お前」
「大丈夫、もう玲奈ちゃんは大丈夫だから……早く行ってあげて」
まるで、俺がこの場所にやってくることを知っていたかのような反応。遮二無二に走ろうとした俺を止めたのは、それを見越してのことだったというのか。
「でも、お前は大丈夫じゃないんじゃないか?」
「私のことなんてどうだっていいじゃん、上谷が好きなのは玲奈ちゃんでしょ?」
「な……お、お前何でそれ知って……」
「気づかないわけないじゃん、ずっと上谷見てれば、バレバレだって……!」
一刻も早く玲奈の元へ行かなければ。その想いは確かにある。けれど、赤崎だって大事な友達だ。大丈夫だって、強がる彼女をこのまま行かせていいのか? 幾ら鈍感でも分かる。彼女は暗に今、一人になりたいと、放っておいてくれと言っているんだ。
「玲奈ちゃんは上谷を待ってるから――」
くよくよ悩んでいる内に、赤崎は俺の脇をすり抜けて、ホールを出ていこうとする。
「待ってくれ!」
完全に条件反射だった。赤崎は掴まれた腕に視線を落とすと、強く唇を噛んだ。
「折角諦めようとしたのに、何で私なんかに優しくしちゃうかな」
「俺は……忘れたことはないから」
「……えっ?」
「確かに中学ん時は、生徒会の仕事に夢中で、軽い気持ちで付き合うのは違うって思ってたから、断ったけど、その日のことは忘れたことはないんだ」
中学時代、数多の男子から人気のあった赤崎からの告白だ。生徒会を優先した自分は勿体ないことをしたのかもしれない。けれど、その日の夜終始、胸の動悸が収まらなかったのは、告白の情景がフラッシュバックして、中々寝付けなかったのは紛れもない事実だ。
「……じゃあ、私が今告白したら、考え直す?」
「いや、それは……」
俺は、確かに玲奈が好きだ。でも、赤崎の好意を無碍になんてしたくない。彼女が依然として、自分に好意を持っていたことには吃驚《きっきょう》したけれど、ちゃんと自分の思いを伝えなければならない。
「赤さ――」
「……なーんてね、びっくりした?」
赤崎の瞳は涙で濡れているにも拘らず、彼女の表情は笑顔に満ち溢れていた。
「も~、私そんなに面倒臭い女じゃないけど? 心配し過ぎっ!」
「お前なぁ……そりゃないだろ」
「全く、玲奈ちゃんも上谷も優し過ぎ……人のこと気にする前に、もっと自分のこと、考えなよ」
「あぁ、今日はそれを果たしに来たんだ」
赤崎は一瞬、表情を曇らせたように見えたが、直ぐに普段の快活な笑みに戻った。全く、相変わらず人をからかうことばかり考えている奴だ。
「言っとくけど、私よりも何倍も玲奈ちゃんに優しくしないと許さないから」
「マジか……もう考え得る手札なんてないぞ」
「も~後先考えずに、突っ走るからそうなるんだって」
そうして、二人で笑い合う。でも、玲奈の話をしていたら、無性に走り出したくなった。
「じゃ、園の先生達には上手く誤魔化しとくから。その辺は私に任せなよ」
「ああ、悪いな」
「別にこれは上谷の為とかじゃないよ、私がちゃんとケジメをつけるため」
「……そうか」
予めこの展開が遠視出来ただけに、適切な返答が思いつかずに、言葉が出なかった。
「だからさ、絶対逃げたらダメだから」
俺の胸に、拳が軽く当てられる。赤崎は顔を伏せていて表情は見えないけれど、ここまで背中を押されては、逃げ道なんてない。
「元より、自分になんて期待してないけど、まぁ不器用は不器用なりに頑張るしかないな」
俺は踵を返して、ホールの用具室の方へと足を向ける。これ以上、振り返ることは厳禁だ。これが彼女の選択。ならば、俺も赤崎柚月の言葉の通り、もう自分に嘘はつかない。
用具室のドアノブに手をかける。けれど、自分の想いを胸の内に押し込んで、玲奈に譲歩した彼女のことが気になって、後ろを振り返ってしまった。
けれど、そこに彼女の姿はなかった。自然と頬が緩んでしまう。俺には、勿体ないくらいの後押しを貰った。もう、恐ることなんてない。
「……遅いじゃない」
用具室のマットの上で体育座りをする玲奈がジト目でこちらを睨んでいた。
◆ ◆ ◆
俺の予想通り、玲奈はホールの用具室にいた。園内で人目につかず、一人になれるところなんて、この場所くらいしか思いつかなかった。きっと、玲奈もそうだろうという予感は元よりあったのだ。
ようやく、ここに辿り着けた。一体、どれくらいの回り道をしてきたのだろう。やっと、玲奈に面と向かって、想いを伝えられる。
それなのに、何て切り出せばいいのか分からず、俺は立ち尽くしていた。
「……」
「……」
気まずい沈黙が場を支配して、居た堪れなくなった俺は、咄嗟に視線を逸らした。
「……何か用があってきたんでしょ」
口火を切ったのは、玲奈の方だった。憮然として、嘆息するとじっとこちらを見据えてくる。
「あ、いや……それは何て言ったらいいんだろうな」
どうしてか、しどろもどろになってしまう。
ああああああああぁぁぁっ! 一体、どうすりゃいいんだ……世の高校生男子は、どうやって告白まで持ち込んでいるのだろうか。その場の勢いかはたまた、綿密なシュミレーションでも施しているのだろうか。
何が正解なのか分からない。けれど、実際のところ、不器用な自分に一縷も期待なんてしていなかった。
「隣、座っていいか?」
「どうせ、断っても座る癖に」
「うっ……分かってんなら、態々言わなくてもいいだろ」
投げやり気味に呟くことしか出来ない。結局、自分はこの期に及んで、素直に胸の内を吐露することを恐れているのだ。
こっちは、拍動が早鐘を打っているというのに、玲奈は別段気にした様子もない。本当にこっちの気も知らないで、思わせぶりな態度ばかりとって……。
「で、仕事、ほっぽり出してきて良かったわけ?」
「ああ、それなら赤崎が上手くやってくれてると思う」
「何かまた人頼みだし、情けなっ」
今からあなたに告白するつもりだったんですけど、出鼻をくじくような発言は止めてもらえません? ガラスのハートに早くも亀裂が入ったんですけど?
「あたし達って、結局最後まであの子に頼りっぱなし」
「……ああ、そうだな」
「だからね、香月――」
俺は、吃驚を隠せなかった。同時に、鼓動が跳ねた。面と向かって名前を呼ばれたのは、初めてだったから。
「『デレたら負け』ゲームやらない?」
それは、生徒会を勘当されたあの日、玲奈との繋がりが絶たれることを恐れて、俺が咄嗟に打ち出した言い訳。
結局、俺達はこの言い訳なしでは素直になれないのだ。
「……分かった」
俺はそう言葉を紡いだ瞬間、瞠目せざるを得なかった。何だか今日は驚いてばかりだなんて、呑気なことを言っている場合ではない。
「香月……」
視界の端に映るのは、埃っぽい天井。そして、中央には俺を押し倒した玲奈が馬乗りになっていた。
それもそのはずで、俺はわざと玲奈が隠れないような場所を選んでいたのだから。
この期に及んで、依然として足踏みしていた。天邪鬼な自分にとって、素直になるのは他の何よりも難しいこと。
このような無駄足を働いている間に、赤崎が玲奈を慰めて、全部丸く収まってくれたらどれだけ楽なことだろう。けれど、それじゃあいつまで経っても、堂々巡りのままだ。
「やっぱり、ここ……だよな」
自分に言い聞かせるように呟いて、ホールの引き戸に手を掛けた。だが、俺が手に力を込めるよりも前に、引き戸が独りでに開いた。
警戒して、思わず後ずさってしまうが、その正体を目の当たりにしてからは、その足も止めざるを得なかった。
「赤崎……お前」
「大丈夫、もう玲奈ちゃんは大丈夫だから……早く行ってあげて」
まるで、俺がこの場所にやってくることを知っていたかのような反応。遮二無二に走ろうとした俺を止めたのは、それを見越してのことだったというのか。
「でも、お前は大丈夫じゃないんじゃないか?」
「私のことなんてどうだっていいじゃん、上谷が好きなのは玲奈ちゃんでしょ?」
「な……お、お前何でそれ知って……」
「気づかないわけないじゃん、ずっと上谷見てれば、バレバレだって……!」
一刻も早く玲奈の元へ行かなければ。その想いは確かにある。けれど、赤崎だって大事な友達だ。大丈夫だって、強がる彼女をこのまま行かせていいのか? 幾ら鈍感でも分かる。彼女は暗に今、一人になりたいと、放っておいてくれと言っているんだ。
「玲奈ちゃんは上谷を待ってるから――」
くよくよ悩んでいる内に、赤崎は俺の脇をすり抜けて、ホールを出ていこうとする。
「待ってくれ!」
完全に条件反射だった。赤崎は掴まれた腕に視線を落とすと、強く唇を噛んだ。
「折角諦めようとしたのに、何で私なんかに優しくしちゃうかな」
「俺は……忘れたことはないから」
「……えっ?」
「確かに中学ん時は、生徒会の仕事に夢中で、軽い気持ちで付き合うのは違うって思ってたから、断ったけど、その日のことは忘れたことはないんだ」
中学時代、数多の男子から人気のあった赤崎からの告白だ。生徒会を優先した自分は勿体ないことをしたのかもしれない。けれど、その日の夜終始、胸の動悸が収まらなかったのは、告白の情景がフラッシュバックして、中々寝付けなかったのは紛れもない事実だ。
「……じゃあ、私が今告白したら、考え直す?」
「いや、それは……」
俺は、確かに玲奈が好きだ。でも、赤崎の好意を無碍になんてしたくない。彼女が依然として、自分に好意を持っていたことには吃驚《きっきょう》したけれど、ちゃんと自分の思いを伝えなければならない。
「赤さ――」
「……なーんてね、びっくりした?」
赤崎の瞳は涙で濡れているにも拘らず、彼女の表情は笑顔に満ち溢れていた。
「も~、私そんなに面倒臭い女じゃないけど? 心配し過ぎっ!」
「お前なぁ……そりゃないだろ」
「全く、玲奈ちゃんも上谷も優し過ぎ……人のこと気にする前に、もっと自分のこと、考えなよ」
「あぁ、今日はそれを果たしに来たんだ」
赤崎は一瞬、表情を曇らせたように見えたが、直ぐに普段の快活な笑みに戻った。全く、相変わらず人をからかうことばかり考えている奴だ。
「言っとくけど、私よりも何倍も玲奈ちゃんに優しくしないと許さないから」
「マジか……もう考え得る手札なんてないぞ」
「も~後先考えずに、突っ走るからそうなるんだって」
そうして、二人で笑い合う。でも、玲奈の話をしていたら、無性に走り出したくなった。
「じゃ、園の先生達には上手く誤魔化しとくから。その辺は私に任せなよ」
「ああ、悪いな」
「別にこれは上谷の為とかじゃないよ、私がちゃんとケジメをつけるため」
「……そうか」
予めこの展開が遠視出来ただけに、適切な返答が思いつかずに、言葉が出なかった。
「だからさ、絶対逃げたらダメだから」
俺の胸に、拳が軽く当てられる。赤崎は顔を伏せていて表情は見えないけれど、ここまで背中を押されては、逃げ道なんてない。
「元より、自分になんて期待してないけど、まぁ不器用は不器用なりに頑張るしかないな」
俺は踵を返して、ホールの用具室の方へと足を向ける。これ以上、振り返ることは厳禁だ。これが彼女の選択。ならば、俺も赤崎柚月の言葉の通り、もう自分に嘘はつかない。
用具室のドアノブに手をかける。けれど、自分の想いを胸の内に押し込んで、玲奈に譲歩した彼女のことが気になって、後ろを振り返ってしまった。
けれど、そこに彼女の姿はなかった。自然と頬が緩んでしまう。俺には、勿体ないくらいの後押しを貰った。もう、恐ることなんてない。
「……遅いじゃない」
用具室のマットの上で体育座りをする玲奈がジト目でこちらを睨んでいた。
◆ ◆ ◆
俺の予想通り、玲奈はホールの用具室にいた。園内で人目につかず、一人になれるところなんて、この場所くらいしか思いつかなかった。きっと、玲奈もそうだろうという予感は元よりあったのだ。
ようやく、ここに辿り着けた。一体、どれくらいの回り道をしてきたのだろう。やっと、玲奈に面と向かって、想いを伝えられる。
それなのに、何て切り出せばいいのか分からず、俺は立ち尽くしていた。
「……」
「……」
気まずい沈黙が場を支配して、居た堪れなくなった俺は、咄嗟に視線を逸らした。
「……何か用があってきたんでしょ」
口火を切ったのは、玲奈の方だった。憮然として、嘆息するとじっとこちらを見据えてくる。
「あ、いや……それは何て言ったらいいんだろうな」
どうしてか、しどろもどろになってしまう。
ああああああああぁぁぁっ! 一体、どうすりゃいいんだ……世の高校生男子は、どうやって告白まで持ち込んでいるのだろうか。その場の勢いかはたまた、綿密なシュミレーションでも施しているのだろうか。
何が正解なのか分からない。けれど、実際のところ、不器用な自分に一縷も期待なんてしていなかった。
「隣、座っていいか?」
「どうせ、断っても座る癖に」
「うっ……分かってんなら、態々言わなくてもいいだろ」
投げやり気味に呟くことしか出来ない。結局、自分はこの期に及んで、素直に胸の内を吐露することを恐れているのだ。
こっちは、拍動が早鐘を打っているというのに、玲奈は別段気にした様子もない。本当にこっちの気も知らないで、思わせぶりな態度ばかりとって……。
「で、仕事、ほっぽり出してきて良かったわけ?」
「ああ、それなら赤崎が上手くやってくれてると思う」
「何かまた人頼みだし、情けなっ」
今からあなたに告白するつもりだったんですけど、出鼻をくじくような発言は止めてもらえません? ガラスのハートに早くも亀裂が入ったんですけど?
「あたし達って、結局最後まであの子に頼りっぱなし」
「……ああ、そうだな」
「だからね、香月――」
俺は、吃驚を隠せなかった。同時に、鼓動が跳ねた。面と向かって名前を呼ばれたのは、初めてだったから。
「『デレたら負け』ゲームやらない?」
それは、生徒会を勘当されたあの日、玲奈との繋がりが絶たれることを恐れて、俺が咄嗟に打ち出した言い訳。
結局、俺達はこの言い訳なしでは素直になれないのだ。
「……分かった」
俺はそう言葉を紡いだ瞬間、瞠目せざるを得なかった。何だか今日は驚いてばかりだなんて、呑気なことを言っている場合ではない。
「香月……」
視界の端に映るのは、埃っぽい天井。そして、中央には俺を押し倒した玲奈が馬乗りになっていた。
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