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難易度:EASY

Lv.2 素直になりたいけれど③

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 他力本願が代名詞の郁は委員長に力を借りることにした。郁の人選が適切だったのか、委員長は休み時間の度に翠音の元にクラスメイトを連れてきた。
  しかし、話している様子を自席からストーカーさながらに観察したものの、当の翠音はいつもの明るさを見せなかった。それどころか、適当に理由をつけて郁の元へ逃げてくる。そのせいで、郁と翠音が付き合っているのではないかという根も葉もない噂が浮上してきている。

「郁ちゃん、お昼食べよー」

  現在、昼休み。いつものように一人で食堂に向かおうとするも、翠音に行く手を阻まれた。この際、はっきり言っておくべきかもしれない。

「委員長にお昼誘われなかったか?」
「誘われたけど郁ちゃんと食べたいし」

  この様子を見る限り嘘をついているわけではないらしい。それだけになんとも厄介だ。

「他のクラスメイトとも仲良くしろよ」
「だってなんかあの人たちめんどくさいし」

  またこの目だ。翠音は他の女子の話をする時、驚くほど冷えきった目をする。

「転校してきたばっかりのお前はどうしても注目される」
「質問責めばっかでなんかやだし」

  衆目に晒されることを推奨するわけではないが、裏を返せば皆が翠音に興味を持っている今の状況を利用すべきだ。

「あ、いた。宍戸さん」

  どう説得すべきか一計を案じていると、耳に馴染んだ声が郁の元に届いた。

「やっほ~、委員長さん」
「やけに他人行儀だな」

 郁にはバカの代名詞みたいな渾名を付けたくせに、こちらはやけに壁を作っている。

「そのままじゃなんか感じ悪いしさ~。こっちの方が可愛くない?」
「いや知らんわ」

  委員長さんだろうか委員ぴょんだろうがどうでもいい。驚くのは尋常でないほどの翠音の切り替えの速さだ。

「お昼、一緒にどう?」
「あー、お昼ね……」
「これはほっといてもいいから」
「最近俺の委員長が冷たい」
「神野くんのになった覚えはないんだけど」

  冗談はさておき委員長からの誘いがあってなお、翠音は渋る。据え膳食わぬはなんとやら。百合は割といける口なのだけど。

「今日は別のクラスの子に呼ばれててさ~、だからごめんね」
「そうなんだ。じゃあ、また誘うね」

  去り際、委員長がこちらを一瞥してきた。気まずさのあまり大胆に無視してしまったが、後で断りを入れておけばおそらく大丈夫。だって委員長だから。
  委員長と別れると、翠音は急に早足になって食堂に向かい出した。暫く二人して無言で一般男性三人分位の距離を空けて歩く。ぼっちには沈黙が何よりも堪える。もうやめて、郁のライフはゼロよ!

「……ちょっと今日は中庭で食べないか」
「なんで?」

  その言葉が一番心を抉ることを知らないらしい。言外に「はぁ? 何抜かしとんじゃワレ」と恐喝されているようなものだ。仕方ない。翠音の無邪気故の発言である。

「たまには気分転換もいいだろ」
「ま、人も少なそうだしいっか」

  ここでデキる男なら混み合う購買に一人で乗り込み、彼女の分まで颯爽とお目当ての食品を購入して戻るのだが、生憎ぼっちにはそのようなステータスもオーラの欠けらも無い。残暑のある九月の中庭で一人退屈させるわけにもいかないので、しっかり戦場に連れていく。これぞ郁スタイル。犬猿の仲のライバルと共闘するシチュには胸が躍るはず。つまり、そういうことだ。

「え、なんかスカスカじゃん」
「言ってやるな。田舎の高校なんてこんなもんだよ」

  スポーツ系のアニメでよくある購買でのパン争奪戦なんて所詮フィクションである。混んでいる時は少し長めの列ができるに限る。
  ちなみに郁はチョココロネ、あんパン、クリームパンを購入したのだが、翠音にはあまりいい顔をされなかった。彼女曰く、舌がバカになるとの事。余計なお世話だ。都会人は質で田舎人は量で勝負するのだ。そう心中で結論づけていると、いつの間にやら中庭に着いていた。先の予定に煩わしいことがあると時間の経過を早く感じてしまう。 ちなみに中庭なんて謳っているがもはや荒地だ。中心に大木があるもののベンチはたった一つ。おまけに蔦や蔓が伸びきって支柱に巻き付き、雑草も生え放題。デートスポットに選ぶなら最悪のロケーションである。

「よし、談笑しようではないか」
「え、急にどしたの?」

  翠音に本気で心配されてしまった。これは、あの時なぜあんなことを言ってしまったのか、と家に帰ってから後悔の涙を流すパターンだ。

「……お前、俺の前では正直だよな」
「んー、なんか郁ちゃんといるとなんか楽」
「だから他のやつとは一緒にいたくないってか?」
「別にそーいうわけじゃないけど」
「けど?」
「普通がどうとか周りの目がどうとかどーでもいいだけ」
「でも逃げてきたんだろ?」

  今度は率直に切り込んだ。恐らくこの好機を逃せば、また曖昧に躱される。それはもううんざりだ。

「別にそんなんじゃないし」
「じゃあなんでこんな時期に転校してきたんだよ」
「だから違うってば!」

  突如、翠音が癇癪を起こした。その拍子に郁の手からクリームパンが落ち、翠音の足元に転がった。そして、苛立ちの収まらない彼女の足は郁の予想通りパンを思いっきり踏みつけ、フードクラッシュした。笑顔の女王様にそれをやられたら大興奮のところだが、泣きっ面の女の子にされても後味が悪いだけだ。
 郁は暫く俯く翠音を無言で見守った。やがて荒い息を整えた翠音は再びベンチに腰を下ろした。

「落ち着いたか?」
「……うん、ごめん」
「いい。それよりほんとにいいのか? 女子の友達作らなくて」

  赤く目を腫らした翠音は俺の問いに無言で首肯する。今はあまり喋りたくないようだ。

「俺と二人でいると変な噂立つだろうし、他の女子からやっかまれるかもしれん」
「後半は絶対ないよ」
「いいじゃねぇか。童貞のささやかな妄想くらい許せ」

  むしろカーストの低い男子を威圧する主にサッカー部やバスケ部なんかにいそうなイキリ陰キャ男子から郁の方が迫害されそうだ。
 
「なら無理に女子と一緒にいろとは言わん」
「うん。ありがと」

  感謝される謂れはない。伊澄の依頼でなければ、郁が無駄によっ友を量産する方向を推奨するはずがない。浅い関係を広げるより深く狭い関係の方が余程充実した学校生活を送れるだろう。

「ならさっさと飯食って戻るぞ」
「ねぇ、一個お願いがあるんだけど」
「どうした?」

  まだなにか面倒なことがあるのではないかと危惧するが、翠音の言葉は郁の虚をつくものだった。

「その……郁ちゃんとラインしたいんだけど」

  眦に涙を残しながら耳まで赤くし、決してこちらに目を合わせようとしていないにもかかわらず、その効果は抜群だった。不意打ちなんて狡い。

「構わんが、ラインってなんだ? 体育倉庫の白線引くやつのことか?」

  正直に述懐するも、翠音は目を丸くして固まってしまった。

「おい、どした? おーい、翠音さん?」
「それ本気で言ってる……?」
「俺が今まで嘘ついたことあったか?」

  むしろ嘘だらけの人生だが、転校してきたばかりの翠音は気づかないから好都合だ。

「え、郁ちゃんまじやばい。それはないって」

  何故かドン引きされてしまった。訳が分からない。

「じゃあどうやって連絡とってるの?」
「え、今時のスマホってゲーム機だろ?」

  音ゲーやら野球ゲームやFPSなど一昔前まではゲーセンに足を運んだり、据え置き型のゲーム機を購入しなければ実現しなかったことをこの薄型の夢の機器が成し遂げたのだ。改めて考えると文明の利器というものは素晴らしい。先人たちから現代の科学者へと受け継がれ、進化してきた知恵と勇気の結晶だ。
  そうやって長い回想に浸っていると、いつの間にやら郁の手元からスマホが消えていた。

「てやっ! うん。これでよしっ」
「これでよし、じゃねぇよ。俺のスマホだろ」

  急いで取り返して画面に目を落とすと、何やら緑色の吹き出しマークのアプリが追加されている。怪訝に思ってアプリを起動すると、友達欄に『翠音』という名前が一つだけ追加されていた。どうやら、郁が空想に耽っている間にアプリのインストールから友達追加までを済ませたらしい。恐るべしJK力。
  しかし、それだけではなかった。翠音のプロフィール欄は初見の郁でも異常と見てとれた。

『虚無』

  これにはさすがの郁も戦慄した。胸の疼くような感覚。たった二文字なのに翠音から這い出たその闇は郁の心臓をなぶった。

『よろしくね! 郁ちゃん』

  翠音からのメッセージに郁は頬を引き攣らせるしかなかった。
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