口移しでネーブルを

平川

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 俺の母ちゃんは割と豪快な性格、且つ、体をしている。身長は高くない。155センチだったっけ?でも横幅はでかい。声も野太くて笑い方が「だっはっはっはあ」て笑う。
料理は上手いが雑で盛り付けも適当だ。取り敢えず緑が入ってれば良いや、と味噌汁にレタス入れたりする。具がネギだけの事もある。
 手が小さいくせにおにぎり作るとでかい。スクーターでどこでも行っちまう。
 仕事は設計事務所の事務だ。客からの電話応対も含まれている。だからなんだろうけど電話口の母ちゃんは優しげな美人な声になる。2トーンくらい高い。知らなければ惚れそうだ。
 いつも跳ねるように歩いてる。見てるとちょっと面白い。いつも飄々とした顔して前を向いてる。

 そんな母ちゃんの泣いてるとこ見たのは後にも先にも一度だけ。


 俺が中学1年だったあの日だけ。


 父ちゃんがナイフで俺を刺したあの日だけ。

 今だに左腕の傷は薄っすら残ってる。野球少年だった俺はそこで大事な何かを一気に失くしてしまった。
 もう痛い訳でも無いのに。思い出すだけで傷が疼く。


 父ちゃんは浮気をしていて、俺が小学4年の頃には殆ど家に寄り付かなかった。母ちゃんは分かっていたけど俺の為に我慢してくれてた。俺は離婚して良いよ、と言ってやれなかった。弱くて....寂しくて.....。

 また、いつか元に戻るんじゃ無いかなんて期待もしていた。今思えば馬鹿らしいけど。

 人は一度裏切られると、どんなに後が良くても同じピースのようには戻れない。微妙に形が変わっちまう。

 母ちゃんが言ったんだ。
「浮気するのはあの人が悪いけど、あの人を選んだのは母ちゃんだから。沢山話し合うよ」

 そんな言葉に俺は安心していた。
 だけどやっぱりダメだった。

 もう一つのピースの方が

 おれ達の絵を

 壊しに来たんだ。


 ****



「尚。本当に豆腐とか使うのか?水分多くない?」
「大豆使ってれば良いんだよ。おからでも良いらしいぞ。後ひじきとか海藻。チーズも良いって。塩分少ないカッテージとかモッツァレラ?野菜は根菜じゃなくてブロッコリーとかほうれん草。肉は鶏レバーかな」

 俺達は尚の母ちゃんに貧血改善レシピを聞いてから近所のスーパーに寄り材料を調達していた。

 最終的に全部混ぜてフードプロセッサーにかけて小麦粉混ぜて焼くらしい。うちにはそんな便利なもん無いから尚の家でやらせてもらう事になった。ジューサーならあるんだけど。違うんだって。

 飯も食わしてもらって、めちゃくちゃ申し訳無い。
 その事も母ちゃんに電話したけどコールするだけでやっぱり繋がらなかった。家電も。なんだろ?出掛けてんのかな?

「さて、じゃあ作るか。母さんキッチン借りるよ」
「良いよ。最後ちゃんと洗ってよね?」
「はい、俺やりますから。ありがとうございます」
「本当可愛くなっちゃって。お目目ぱっちりの色白美人になったよねー。尚之なんか頭茶色いし、でかいし顔険しいし猿みたい。足なんか29センチあるのよ?靴探すの大変なんだから!」
「美人.....って、尚!足29センチもあんの?だから上靴踵踏んでんのか」
「.......普通にはもう売ってないな。大体ネットで買ってる。上靴は諦めた」
「そりゃそうだ。ちょっと見せろ。比べようぜ?」
「やだよ。風呂まだだし。ほら、時間遅くなるぞ」
「あ!そうだ。モコが待ってる。早くしないと」

 俺達は急いで食材を洗ったり切ったり、フードプロセッサーにかけたり、粉混ぜ混ぜした後、オーブンの天板にスプーンですくって落として一口大にして焼いた。

 2種類の肉メインと魚メインのクッキーを焼いく。あんまり良い匂いじゃないけど犬には良さそうだ。

「これならモコ食べてくれそう。人間も食べられるし。薬より良いよな」

 俺は泡の付いたボールを洗い流し、最後に布巾で拭き上げながら言った。

「そうだな。じゃあ行くか。母さん。送ってくるから」
「はーい。ママさんにも宜しく言っておいて」

 尚の母ちゃんはパソコンでネットショッピングしながら手を振る。うちの母ちゃんにも習わせたい。

「おやすみなさい。今日はありがとうございました」

 そう言って、俺は尚と外に出た。

 星が一斉に降るかのようなしんとした冷たい夜だった。

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