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◇式前30日の記録
幕間 殲滅部隊の男達⑵
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ライオットは南ドロール出身の19歳。13の時にテオルドに連れて来られ、今年で6年目の中堅だ。元はこの地方の領主の秘密裏に囲われていた愛玩奴隷だった。
沢山の女の奴隷達。見目麗しいまではいかないものの、それなりに美しい娘が多かったが、ライオットの美しさには叶わなかった。それがその時の彼の全てだった。だが、女の焼噛が酷く、また何処に居てもしな垂れ掛かれる。手足を縛ら襲われた事もある。それを領主に責められ、また仕置き。幼い頃は顔以外の生傷が絶えなかった。
そんな折り、南ドロールに監査が入る。本来奴隷売買は禁止されている。だが領主自ら奴隷商と手を組んで不当な利益を得ていたのだ。
新設されたチャズール王国国王認可の精鋭部隊。規模はまだ極小ではあったがこの3、4年程の間に秘密裏に百件にも及ぶ不正を暴き、小さな紛争の目を潰して来た。
その日はテオルドも同行していた。普段はあまり遠く離れた場所には赴かない。
学業とそれから彼にとって1番大事な用事。リリアを風呂に入れられなくなるからだ。
夏季の長期休暇の間、涼を求めてリリアを伴い北ドロールに訪れたついでに下に位置する南ドロールの監査に同行したのだ。
それが無ければ、ライオットは今生きていたかすら判らない。
南ドロールの領主は発覚を恐れ、口封じの為に奴隷を地下室に閉じ込め、罪人として処理しようとしていた。勿論ライオットも含まれていたのだが、美しい彼は1番最後に回された。牢から1人ずつ出され毒を飲まされて行く奴隷達。
殺される恐怖と諦めが鬩ぎ合う。もう、涙も出なかった。
だが、突如暗い地下の牢の前に年若い青年が現れる。カツカツと足音をさせ近づいて来た。
「.........お前ら無事か?すまんな遅くなって。3人死なせてしまった.........。茶色の髪に薄緑の瞳の女に、グレーの髪に青、黒髪に茶色の瞳。この3人の縁者は居るか?」
皆、恐れながらも残っていた15人程の奴隷達は首を横に振る。
「そうか。なら、良い。先に出ていた者は既に保護した。他には居ないな?おい、鍵開けてやれ」
足音無く黒尽くめの男達が走り寄り牢の鍵を開けて行く。
「制圧完了致しました」
「了解した。移動の手筈は済んだか?」
「荷馬車を2台確保しております」
「まあ、一刻も走らん。構わない。おい、お前ら、行くぞ、出ろ」
そう言って踵を返した青年をライオットはジッと見やる。
何が起こっているのか。助かったのか、それとも.........しかもこの青年は.........
彼らは奴隷だ。主人の許可無く発言する事は許されない。そう、身体に覚え込まされていた。
牢の中にはシン.....とした静寂。
「.........お前らの主人は.........罪を償う為にもう此処には帰らん。先の人生が欲しければ出ろ。今よりは、よっぽどマシだと思うぞ。奴隷印は消してやる」
そう言い残し地下を上がる階段を登って行く深い蒼の髪を持つ青年。
(奴隷では無くなる?)
ライオットはハッとして牢から出た。数歩歩いた所で裸足の脚の裏で鋭利な石ころがジャリッと鳴り痛みが走る。
「.........まずは、靴だな」
フッと笑う青年と目が合った。ジッと覗く様に青い澄んだ瞳で顔を見られる。
「......うん...良いな、お前。俺の何処に来い。役目を与えてやる」
「!」
「見目は関係無いぞ?ふふっ」
緩やかにマントを揺らし後ろを向く姿を目で追いながら、ライオットは確信したのだ。
『新しい主人が見つかった』と。
****
「で、どうだった?伯爵子女の件」
「.........狂言でした。歳の離れた相手との政略結婚が嫌で呪いを受けたなどと偽り、自ら人を傭い命を狙われている、呪いの所為で体調不良や不眠症になったなどと。.....下らない。挙句に自分の情夫になれと執拗に迫られました」
「あれだけ騒がしておいて.........良家のお嬢さんはやる事がえげつないな~。1人侍女が死んでるだろ?」
「まあ、そんなところだと思った。後どうなるかまでは知らないがな。報告書出したら休んでくれ、悪かったなライオット」
「いえ、問題ありません」
「迫られたんだろ?平気~?」
「この手の回避は特技だから。女は分かり易い」
「えーっ?ライの「見抜く眼」は凄いな。俺ならコロッと悪女に騙されちまう」
「人の顔色ばかり伺って来たからね。顔の筋肉は意外と敏感だし、身体の動きも顔程じゃ無いけど判るよ」
「ふーん?俺全然わかんね。じゃあ、今度嘘付かない女紹介してくれよ。素直で従順で頭悪く無くて、俺しか興味を示さない様なめちゃくちゃ綺麗で可愛い子」
「.........世界中廻っても見つけられる気がしない」
「オイ!」
「ふふ。御使様も姿を変えられて今は人の形をとられているそうだ。俺もまだお会いしてないが素晴らしく美しいお姿らしい。トーザが鼻息荒く語っていたよ。お姿も心も真っ白な方だとね。そんな女性が世に出たら一瞬で喰われそうだ。お前の理想の女性はお前に辿り着け無いと思うぞ?」
「ガーン!やっぱり主様みたいに小さな頃から囲っておかないと!自分好みに育て『ガン!』イテッ!何すんだよ~!」
「危険思想はやめろ、犯罪だぞ。御使い様だから出来たんだからな」
「.........まあ、鳥だったしね.........」
「鳥だからな」
「お姿見てみたいな~主様のお相手」
「見れるさ。主様はかなり警戒してらっしゃる様だな。結婚されるまでは屋敷からは出さないらしい。基本御使い様の護衛は既婚の騎士か、新しく女性の護衛を雇われたそうだが、まあ、後2週間で結婚式だ。我々も警備しながら参加するんだから」
「ふーん。でもさ、鳥だった相手と閨事出来んのかな?」
「「.................」」
無言でもう一発頭を叩かれる。
「楽しみですね」
ニコリと笑うライオット。
「ああ、全くだ」
ふふっと笑うカイル。
だが、本日送られて来たまだ未処理の書簡の中に、ライオットへのまさかの主から、女性の手解きについて講師としての召喚要請が紛れている事を、
この時誰も知り得なかったのは言うまでも無い。
沢山の女の奴隷達。見目麗しいまではいかないものの、それなりに美しい娘が多かったが、ライオットの美しさには叶わなかった。それがその時の彼の全てだった。だが、女の焼噛が酷く、また何処に居てもしな垂れ掛かれる。手足を縛ら襲われた事もある。それを領主に責められ、また仕置き。幼い頃は顔以外の生傷が絶えなかった。
そんな折り、南ドロールに監査が入る。本来奴隷売買は禁止されている。だが領主自ら奴隷商と手を組んで不当な利益を得ていたのだ。
新設されたチャズール王国国王認可の精鋭部隊。規模はまだ極小ではあったがこの3、4年程の間に秘密裏に百件にも及ぶ不正を暴き、小さな紛争の目を潰して来た。
その日はテオルドも同行していた。普段はあまり遠く離れた場所には赴かない。
学業とそれから彼にとって1番大事な用事。リリアを風呂に入れられなくなるからだ。
夏季の長期休暇の間、涼を求めてリリアを伴い北ドロールに訪れたついでに下に位置する南ドロールの監査に同行したのだ。
それが無ければ、ライオットは今生きていたかすら判らない。
南ドロールの領主は発覚を恐れ、口封じの為に奴隷を地下室に閉じ込め、罪人として処理しようとしていた。勿論ライオットも含まれていたのだが、美しい彼は1番最後に回された。牢から1人ずつ出され毒を飲まされて行く奴隷達。
殺される恐怖と諦めが鬩ぎ合う。もう、涙も出なかった。
だが、突如暗い地下の牢の前に年若い青年が現れる。カツカツと足音をさせ近づいて来た。
「.........お前ら無事か?すまんな遅くなって。3人死なせてしまった.........。茶色の髪に薄緑の瞳の女に、グレーの髪に青、黒髪に茶色の瞳。この3人の縁者は居るか?」
皆、恐れながらも残っていた15人程の奴隷達は首を横に振る。
「そうか。なら、良い。先に出ていた者は既に保護した。他には居ないな?おい、鍵開けてやれ」
足音無く黒尽くめの男達が走り寄り牢の鍵を開けて行く。
「制圧完了致しました」
「了解した。移動の手筈は済んだか?」
「荷馬車を2台確保しております」
「まあ、一刻も走らん。構わない。おい、お前ら、行くぞ、出ろ」
そう言って踵を返した青年をライオットはジッと見やる。
何が起こっているのか。助かったのか、それとも.........しかもこの青年は.........
彼らは奴隷だ。主人の許可無く発言する事は許されない。そう、身体に覚え込まされていた。
牢の中にはシン.....とした静寂。
「.........お前らの主人は.........罪を償う為にもう此処には帰らん。先の人生が欲しければ出ろ。今よりは、よっぽどマシだと思うぞ。奴隷印は消してやる」
そう言い残し地下を上がる階段を登って行く深い蒼の髪を持つ青年。
(奴隷では無くなる?)
ライオットはハッとして牢から出た。数歩歩いた所で裸足の脚の裏で鋭利な石ころがジャリッと鳴り痛みが走る。
「.........まずは、靴だな」
フッと笑う青年と目が合った。ジッと覗く様に青い澄んだ瞳で顔を見られる。
「......うん...良いな、お前。俺の何処に来い。役目を与えてやる」
「!」
「見目は関係無いぞ?ふふっ」
緩やかにマントを揺らし後ろを向く姿を目で追いながら、ライオットは確信したのだ。
『新しい主人が見つかった』と。
****
「で、どうだった?伯爵子女の件」
「.........狂言でした。歳の離れた相手との政略結婚が嫌で呪いを受けたなどと偽り、自ら人を傭い命を狙われている、呪いの所為で体調不良や不眠症になったなどと。.....下らない。挙句に自分の情夫になれと執拗に迫られました」
「あれだけ騒がしておいて.........良家のお嬢さんはやる事がえげつないな~。1人侍女が死んでるだろ?」
「まあ、そんなところだと思った。後どうなるかまでは知らないがな。報告書出したら休んでくれ、悪かったなライオット」
「いえ、問題ありません」
「迫られたんだろ?平気~?」
「この手の回避は特技だから。女は分かり易い」
「えーっ?ライの「見抜く眼」は凄いな。俺ならコロッと悪女に騙されちまう」
「人の顔色ばかり伺って来たからね。顔の筋肉は意外と敏感だし、身体の動きも顔程じゃ無いけど判るよ」
「ふーん?俺全然わかんね。じゃあ、今度嘘付かない女紹介してくれよ。素直で従順で頭悪く無くて、俺しか興味を示さない様なめちゃくちゃ綺麗で可愛い子」
「.........世界中廻っても見つけられる気がしない」
「オイ!」
「ふふ。御使様も姿を変えられて今は人の形をとられているそうだ。俺もまだお会いしてないが素晴らしく美しいお姿らしい。トーザが鼻息荒く語っていたよ。お姿も心も真っ白な方だとね。そんな女性が世に出たら一瞬で喰われそうだ。お前の理想の女性はお前に辿り着け無いと思うぞ?」
「ガーン!やっぱり主様みたいに小さな頃から囲っておかないと!自分好みに育て『ガン!』イテッ!何すんだよ~!」
「危険思想はやめろ、犯罪だぞ。御使い様だから出来たんだからな」
「.........まあ、鳥だったしね.........」
「鳥だからな」
「お姿見てみたいな~主様のお相手」
「見れるさ。主様はかなり警戒してらっしゃる様だな。結婚されるまでは屋敷からは出さないらしい。基本御使い様の護衛は既婚の騎士か、新しく女性の護衛を雇われたそうだが、まあ、後2週間で結婚式だ。我々も警備しながら参加するんだから」
「ふーん。でもさ、鳥だった相手と閨事出来んのかな?」
「「.................」」
無言でもう一発頭を叩かれる。
「楽しみですね」
ニコリと笑うライオット。
「ああ、全くだ」
ふふっと笑うカイル。
だが、本日送られて来たまだ未処理の書簡の中に、ライオットへのまさかの主から、女性の手解きについて講師としての召喚要請が紛れている事を、
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