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「実はこの島の真ん中にミミルキーのコロニーがあるんだ。彼らは集団で繁殖して子育てをする。少し覗きに行こう」
「今の時期が産卵期ですか?」
「産卵はほぼ終わってるな。卵が孵って今は子育て中。気が立って攻撃して来る子もいるんだけど、俺が居るから大丈夫。幼生時期を観れるのはこの頃だけだから…どうかな?」
「是非!観たいです」
「よし、じゃあ抱っこしよう」
そう言ってバッと両手を広げる自称王子。
「?」
ポカンとその姿を見つめていると、バツが悪そうにしながら王子がパタッと腕を下ろした。
「えっと…飛んで行こうと思っただけで、その…他意は無いんだ。あ、俺ウィンロードだから」
「! 飛べるんですか?」
「ああ」
「じゃあ飛んで私を運んでくれるって事ですか?」
「……嫌じゃなけ「是非!!お願いします!」れば」
被せるように返事を返し、今度はこちらからバッと両手を広げ待機する。こんな機会もう二度とないかも知れないし。
「ふっ…ふふ、元気良いね?じゃあ抱っこは同意って事で」
そう言って彼は私に近づいてサッとお尻の下辺りに腕を通し「手は首に回して」と言って軽々と片手で持ち上げた。
ちょっと!農場小作人みたいな格好してる癖にずるいわ!予想外の腕力で思わず手を置いた先の胸板にビクッとする。固くて弾力があって…熱くて厚い。
はっ、そう言えば男性の身体に初めて触れてしまったわ!
「大丈夫、落っことす事は…たまにあるけど拾いに行くから安心して?」
「まず落とさない事に全神経を集中して下さい!」
彼は「大丈夫大丈夫」と笑いながら地面を一蹴りする。その瞬間ブワッと風が湧き起こり一瞬で高い木の上程まで上昇した。
「ふぇぇぇ~~~!」
どう言う原理で浮いているのか…これが魔法と呼ばれるものなのかと目をくりくりさせて王子を見ると、何やら背中に薄い水色の揺らめきがまるで大きな羽の形ように波打っている。
「ウィンロードの羽は普通見えないんだ」
「? 見えてますよ?」
「え?見える?」
「はい…薄い青色で羽の形に揺らめいてます」
「……はっ…嘘…っ。やっぱり君は…」
「? それより早急にコロニーへ移動お願いします」
「…ああ、うん…はい、了解」
ちょっと不服そうに返事をした自称王子…いや、ウィンロードのウィンダム第一王子は羽ばたくと言うより流れるようにミミルキーのコロニーまで飛んで連れて行ってくれた。
**
知らせを受けてから十日後。急いで帰路に着いた…訳でもなく、新婚旅行を満喫して侯爵家に戻ったバレリオは絶句した。
父である現侯爵が青い顔でソファに寝転んでいた。更に執務室には大勢の文官達が今にも泣きそうな顔で書類と睨めっこをしていた。
四年前、まだバレリオが十代だった頃。侯爵が膨大な借金を作り絶望していた時期のそれと全く一緒だった。
「ち、父様…これは一体…」
「バレリオ…逃げたんだよ…あの娘が」
「はいお手紙で…でも何故出て行ったんですか?僕は理由が分からないのです。コリーンの事を変わらず愛していたのに…こんな仕打ち酷過ぎます!」
「どうやら本邸で婚姻式の披露宴を見てしまったみたいでな…本邸の廊下の花台の上に新事業の書類が放置されていた」
「ええ!部屋から出ないように言付けておいたのに約束を破るなんてっ!しかも大事な書類を放置するとは…コリーンは一体どうしてしまったんだ!」
「オホン、まああれだ、兎に角早急に仕事をしてくれないと事業で負債を負いかねない。文官共は全くコリーンの替わりにならん。大事な事業も引き継ぎされていない為に内容を知る者が居ない状態で振り分けようにも出来ないし分からないらしい。バレリオ、お前だけが頼りだ。コリーンを連れ戻してくれ。今分かっているのは船を乗り継いで南の諸島へ向かう乗船記録を最後に痕跡が途絶えた。おそらくバムダ王国に向かったのかも知れない」
「バムダ?あそこは獣人が支配する野蛮な国ではないですか。そんな場所に新妻を連れて行けませんよ」
「第一夫人を連れ添ってコリーンが素直に戻るとでも思っているのか?下らない事を言ってないで一人で行くんだ!!」
「そんな…僕の愛は皆平等に分け与えています!コリーンだって僕を愛しているんです。第一夫人だとか第二夫人なんて言い方が悪いだけで…ああ、きっと結婚披露宴をしたかったから拗ねているだけですよ。連れ帰ったら式を挙げましょう、父上」
**
「はわわわわ~~~っ」
「どうだ?史上最高に可愛いだろ?」
空を飛び降り立ったのはコロニーのど真ん中。ミミルキーの幼生が集まるキンダーガーデンのような場所があり、親ミミルキーが何頭か幼生の様子を見たり守ったりしている。これが何とも言い難く可愛いのだ。
幼生のミミルキーはまだ尻尾も足も小さく短くて全身がピンク色だった。丸いモコモコのウサギだ!しかもよちよち歩きである。可愛く無い訳がない!
「可愛い可愛い可愛い~癒されます~っ」
「うん、可愛いな。俺も早く子供が欲しいよ」
小さなミミルキーを優しく撫で撫でしながらウィンダム王子が微笑む。
「へぇ、ウィンロードの幼生はどんな感じなんですか?やっぱり爪が大きくて牙や羽が生えてるんですか?」
「いや?普通に二足歩行の人型だよ」
「え?あの伝説のドラゴンみたいな姿じゃないんですか?」
「ウィンロードはドラゴンの獣人のように思われがちだけどそれは間違い。ドラゴンを作り出せる事が出来る極大魔法を獲得した種族の事なんだ。因みに俺の母は普通の獣人だ。だけど父方に優性遺伝子がある為に代々人型と力は引き継がれる」
「…それ王族の極秘事項とかじゃないですよね?」
「そうだよ?…あ、知っちゃったね、コリーン」
「ちょっ!なにペラペラ喋っちゃうんですか!あ、はい。絶対秘密にしますから王子も忘れましょう。大丈夫、忘れます、聞いてませんでした」
「ふふ…駄目だね~知ったからには…」
「え、え?何?」
不敵にニヤリと笑う農場小作人…じゃなくて王子は胸にミミルキーの幼生を抱きながら告げた。
「一緒に王宮に来てもらおうかコリーン。残念だけどこのまま旅に行かせる訳にはいかなくなった。あ、目玉は食べないから安心して?君の伝手が何であれ俺が魔法で行かせないから…諦めてくれるか?」
「っ!嵌められた…まさか貴方侯爵家に依頼されて私の事を捕まえに…」
「侯爵家?ああ、誓ってそれは無い。逆さ…言っただろう?」
「え?な、何を?」
そこには圧にも似た笑顔を貼り付けたウィンダムが薄く目を開き私を見つめて呟く。
「友達から始めようって」
*
『ウィンロード』
獣人である筈の彼らは人型で生まれる。獣人のデフォルトである身体的特徴が全く反映されていないのだ。では人間なのか?
その答えは「否」だ。進化形態は獣人のそれと違いは無い。だがある世代で派系が生まれたのだ。
膨大な魔力を有する個体が現れた。陸海空全てを手中に収める「魔法」を編み出し、獣人を統率する迄に至った派系の最高峰、それがウィンロードだ。
だが、魔力を保持する彼らには遺伝子保持の為出生に関する問題があった。
「番になる相手が魔力に耐性が無いと子が出来ない。それどころかウィンロードの魔力の影響で相手の体を壊してしまうんだ。例え愛する相手であっても…かと言って耐性を持った相手など簡単に見つける事は難しい。だから俺達ウィンロードは次第に数を減らしていった」
ウィンダムにそう説明されながら、泣く泣く王宮に連れて行かれる私。いや勿論空の旅は楽しいのだが…連行されている感は否めない。話もかなりデリケートな域だし…
「だがそれを憂いた四代前の王がある魔法を編み出したんだ」
「その為に?」
「そう、あ、見えてきたぞ。あれが王宮、俺の寝床だ」
「…な、何あれ!」
空から見下ろす先にあるものは先端が尖った巨大な一枚岩。だが入り口であろう門、窓、塔の外壁に至るまで一つ一つがアンバランスな筈なのに真ん中から可笑しな程左右対称な造りで秀逸な城。左右から滝が流れ落ち、それを森が囲んでいる。しかも目の錯覚か…湖の上に浮いているように見えるのだ。驚くべき素晴らしい光景だった。
またしてもポカンと口を開け言葉を失って眺めていると、ウィンダム王子が顔を覗き込んで来る。息が掛かるほど近くてビクッと驚いた私はわたわたとバランスを崩した。
「わ!何ですか。あまり淑女に近づき過ぎないで下さい!」
「…いや、凄く楽しそうな顔だったから。目がキラキラして…後、近づくも何も今抱っこしてるからね?離して良いの?」
「駄目に決まってます!落ちたら死んじゃうじゃないですか…」
「そっか。じゃあギュッとしとくな」
そう言ってクスッと笑ったウィンダム王子。私に楽しそうだと言うが、どちらかと言うと王子の方が上機嫌に見えた。いや、実際空を飛んでいる時も鼻歌を歌っていたほどだ。貴族子息はあまり見せない彼の丸見えの喉仏が動く度に、少し緊張して見入ってしまったのは秘密だ。
この王子はそこらかしこが男性っぽい。落ちないように回している腕も鎖骨も分厚くて顔が熱くなって困る。しかも農場小作人の姿からとは思えない良い匂いがする。ふわっと香るそれは一瞬甘くその後くらりと来る野生的な…上手く言えないし態度にも出さないが困る。
…こう…ムズムズしてしまう。良くないこれ…
「では王宮へお連れしますよ姫。もう魔法で連絡してあるから心配しないで楽にすると良い。少し王と会ってもらうけどね」
「…はぁ…何をしたいのか知りませんが、私は何も悪くないですよ?逃走旅行だって続けますからね!」
「続ける理由を失くせば良い」
「…え?」
そう小さく呟いたウィンダム王子は尊厳漂う件の城へ向かって飛んで行った。降り立ったのは大きくくり抜かれた吹き抜けの下の石畳。風をクッションにしてふわりと足を着く。その少し後、揺らいで見えていた羽がスッと消えゆっくりと石畳の上に降ろされる。まだ体がふわふわしていて少し歩き難い。
「ここは第一回廊だ。玉座の間はこの先にある。さあ、王に謁見しに行こうか」
「…え?玉座の間にわざわざいらっしゃってるのですか?私一般人で…いや、観光客で…」
「ん?歩き辛い?抱っこする?」
「この…っ謎のスルーはよしてださいウィンダム王子。貴方がウッカリ喋ってしまったウィンロードの秘密は忘れて差し上げますってば!」
「ははははっここまで来てそれは無いなぁ」
「貴方が無理矢理連れ去って来たんじゃないですか!もう!」
このウィンダムと言う王子は何と言うか…全く人の話を聞かない、いや、分かっていて聞く気がない。折角侯爵家から逃れて来たのにこんなのあんまりだ…
逃げられないようにガッチリ肩を掴まれ、結局何も出来ないまま王座の間前まで連れて行かれた。
私は社交界デビュー前に侯爵家に入った為、王城に訪れた事も王にご挨拶した事も無い。他国とは言え国を統べる王に相見える正装などもしていないのだ。か弱い令嬢なら失神してもおかしくない。なのに…
「さあ、どうぞ」
心の準備が整っていない私に軽くそう言ってウィンダム王子が扉を開けてしまう。
そこには…巨大な岩…いやこれはボルダーオパールだ。岩肌に無数に煌めくオパールの光が天井側面に作られた窓からの太陽光に照らされ七色の光を撒き散らしている。荘厳でありながらファンタスティック。これほど壮麗な場所を見たのは生まれて初めてで腰を抜かしそうになった。更にこの極大なボルダーオパールをくり抜いた上部に王座があり、そこに一人の…いや、言うまでも無くバムダ王が鎮座されていたのである。
紅く長いビロードの絨毯を戸惑いも無しにタッタカ歩いて王座に近付いて行くウィンダム王子。もう私は言葉を発する事など出来ず唯々畏れおののきされるがまま連れて行かれた。
「来たか」
そう一言発するだけで私の回りの空気が振動して皮膚がピリッと刺激される。これがバムダの頂の威厳…まさか肌に感じる程とは…
「はい、とうとう出逢いました」
「少し時間がかかったな。だが許容範囲内だ」
「ありがとうございます」
そう言ってフニャッと私を見ながら笑う。え?さっきから何の話?
「…しかし…本当に人間なのだな。だが確かに魔力耐性があるようだ。私の放った雷気では焦げんくらいには…」
「こ…焦げ?え?まさか先程のピリッとしたやつって…攻撃魔法?」
「ああそうだよコリーン。君は魔力耐性がある。俺の羽も視覚で確認出来たし、かなり優秀なホルダーのようだ。俺は…君に出逢えるのを待っていた…ほら、さっき話してただろう?画期的な魔法を編み出したって」
「…まさかそれって…」
ウィンダム王子が言っていた画期的な魔法。それは王のみが使える雷気を浴びる事だと言う。この雷気とは所謂電磁波のようなもので、魔力耐性がある場合は体に緑の光が見える、らしい。攻撃魔法ではないが全く魔力の無い相手だとたまに焦げる事があると言う。
……いやいや、十分危ないじゃない!
「今の時期が産卵期ですか?」
「産卵はほぼ終わってるな。卵が孵って今は子育て中。気が立って攻撃して来る子もいるんだけど、俺が居るから大丈夫。幼生時期を観れるのはこの頃だけだから…どうかな?」
「是非!観たいです」
「よし、じゃあ抱っこしよう」
そう言ってバッと両手を広げる自称王子。
「?」
ポカンとその姿を見つめていると、バツが悪そうにしながら王子がパタッと腕を下ろした。
「えっと…飛んで行こうと思っただけで、その…他意は無いんだ。あ、俺ウィンロードだから」
「! 飛べるんですか?」
「ああ」
「じゃあ飛んで私を運んでくれるって事ですか?」
「……嫌じゃなけ「是非!!お願いします!」れば」
被せるように返事を返し、今度はこちらからバッと両手を広げ待機する。こんな機会もう二度とないかも知れないし。
「ふっ…ふふ、元気良いね?じゃあ抱っこは同意って事で」
そう言って彼は私に近づいてサッとお尻の下辺りに腕を通し「手は首に回して」と言って軽々と片手で持ち上げた。
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はっ、そう言えば男性の身体に初めて触れてしまったわ!
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「ウィンロードの羽は普通見えないんだ」
「? 見えてますよ?」
「え?見える?」
「はい…薄い青色で羽の形に揺らめいてます」
「……はっ…嘘…っ。やっぱり君は…」
「? それより早急にコロニーへ移動お願いします」
「…ああ、うん…はい、了解」
ちょっと不服そうに返事をした自称王子…いや、ウィンロードのウィンダム第一王子は羽ばたくと言うより流れるようにミミルキーのコロニーまで飛んで連れて行ってくれた。
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知らせを受けてから十日後。急いで帰路に着いた…訳でもなく、新婚旅行を満喫して侯爵家に戻ったバレリオは絶句した。
父である現侯爵が青い顔でソファに寝転んでいた。更に執務室には大勢の文官達が今にも泣きそうな顔で書類と睨めっこをしていた。
四年前、まだバレリオが十代だった頃。侯爵が膨大な借金を作り絶望していた時期のそれと全く一緒だった。
「ち、父様…これは一体…」
「バレリオ…逃げたんだよ…あの娘が」
「はいお手紙で…でも何故出て行ったんですか?僕は理由が分からないのです。コリーンの事を変わらず愛していたのに…こんな仕打ち酷過ぎます!」
「どうやら本邸で婚姻式の披露宴を見てしまったみたいでな…本邸の廊下の花台の上に新事業の書類が放置されていた」
「ええ!部屋から出ないように言付けておいたのに約束を破るなんてっ!しかも大事な書類を放置するとは…コリーンは一体どうしてしまったんだ!」
「オホン、まああれだ、兎に角早急に仕事をしてくれないと事業で負債を負いかねない。文官共は全くコリーンの替わりにならん。大事な事業も引き継ぎされていない為に内容を知る者が居ない状態で振り分けようにも出来ないし分からないらしい。バレリオ、お前だけが頼りだ。コリーンを連れ戻してくれ。今分かっているのは船を乗り継いで南の諸島へ向かう乗船記録を最後に痕跡が途絶えた。おそらくバムダ王国に向かったのかも知れない」
「バムダ?あそこは獣人が支配する野蛮な国ではないですか。そんな場所に新妻を連れて行けませんよ」
「第一夫人を連れ添ってコリーンが素直に戻るとでも思っているのか?下らない事を言ってないで一人で行くんだ!!」
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「はわわわわ~~~っ」
「どうだ?史上最高に可愛いだろ?」
空を飛び降り立ったのはコロニーのど真ん中。ミミルキーの幼生が集まるキンダーガーデンのような場所があり、親ミミルキーが何頭か幼生の様子を見たり守ったりしている。これが何とも言い難く可愛いのだ。
幼生のミミルキーはまだ尻尾も足も小さく短くて全身がピンク色だった。丸いモコモコのウサギだ!しかもよちよち歩きである。可愛く無い訳がない!
「可愛い可愛い可愛い~癒されます~っ」
「うん、可愛いな。俺も早く子供が欲しいよ」
小さなミミルキーを優しく撫で撫でしながらウィンダム王子が微笑む。
「へぇ、ウィンロードの幼生はどんな感じなんですか?やっぱり爪が大きくて牙や羽が生えてるんですか?」
「いや?普通に二足歩行の人型だよ」
「え?あの伝説のドラゴンみたいな姿じゃないんですか?」
「ウィンロードはドラゴンの獣人のように思われがちだけどそれは間違い。ドラゴンを作り出せる事が出来る極大魔法を獲得した種族の事なんだ。因みに俺の母は普通の獣人だ。だけど父方に優性遺伝子がある為に代々人型と力は引き継がれる」
「…それ王族の極秘事項とかじゃないですよね?」
「そうだよ?…あ、知っちゃったね、コリーン」
「ちょっ!なにペラペラ喋っちゃうんですか!あ、はい。絶対秘密にしますから王子も忘れましょう。大丈夫、忘れます、聞いてませんでした」
「ふふ…駄目だね~知ったからには…」
「え、え?何?」
不敵にニヤリと笑う農場小作人…じゃなくて王子は胸にミミルキーの幼生を抱きながら告げた。
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「侯爵家?ああ、誓ってそれは無い。逆さ…言っただろう?」
「え?な、何を?」
そこには圧にも似た笑顔を貼り付けたウィンダムが薄く目を開き私を見つめて呟く。
「友達から始めようって」
*
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その答えは「否」だ。進化形態は獣人のそれと違いは無い。だがある世代で派系が生まれたのだ。
膨大な魔力を有する個体が現れた。陸海空全てを手中に収める「魔法」を編み出し、獣人を統率する迄に至った派系の最高峰、それがウィンロードだ。
だが、魔力を保持する彼らには遺伝子保持の為出生に関する問題があった。
「番になる相手が魔力に耐性が無いと子が出来ない。それどころかウィンロードの魔力の影響で相手の体を壊してしまうんだ。例え愛する相手であっても…かと言って耐性を持った相手など簡単に見つける事は難しい。だから俺達ウィンロードは次第に数を減らしていった」
ウィンダムにそう説明されながら、泣く泣く王宮に連れて行かれる私。いや勿論空の旅は楽しいのだが…連行されている感は否めない。話もかなりデリケートな域だし…
「だがそれを憂いた四代前の王がある魔法を編み出したんだ」
「その為に?」
「そう、あ、見えてきたぞ。あれが王宮、俺の寝床だ」
「…な、何あれ!」
空から見下ろす先にあるものは先端が尖った巨大な一枚岩。だが入り口であろう門、窓、塔の外壁に至るまで一つ一つがアンバランスな筈なのに真ん中から可笑しな程左右対称な造りで秀逸な城。左右から滝が流れ落ち、それを森が囲んでいる。しかも目の錯覚か…湖の上に浮いているように見えるのだ。驚くべき素晴らしい光景だった。
またしてもポカンと口を開け言葉を失って眺めていると、ウィンダム王子が顔を覗き込んで来る。息が掛かるほど近くてビクッと驚いた私はわたわたとバランスを崩した。
「わ!何ですか。あまり淑女に近づき過ぎないで下さい!」
「…いや、凄く楽しそうな顔だったから。目がキラキラして…後、近づくも何も今抱っこしてるからね?離して良いの?」
「駄目に決まってます!落ちたら死んじゃうじゃないですか…」
「そっか。じゃあギュッとしとくな」
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「ははははっここまで来てそれは無いなぁ」
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このウィンダムと言う王子は何と言うか…全く人の話を聞かない、いや、分かっていて聞く気がない。折角侯爵家から逃れて来たのにこんなのあんまりだ…
逃げられないようにガッチリ肩を掴まれ、結局何も出来ないまま王座の間前まで連れて行かれた。
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「さあ、どうぞ」
心の準備が整っていない私に軽くそう言ってウィンダム王子が扉を開けてしまう。
そこには…巨大な岩…いやこれはボルダーオパールだ。岩肌に無数に煌めくオパールの光が天井側面に作られた窓からの太陽光に照らされ七色の光を撒き散らしている。荘厳でありながらファンタスティック。これほど壮麗な場所を見たのは生まれて初めてで腰を抜かしそうになった。更にこの極大なボルダーオパールをくり抜いた上部に王座があり、そこに一人の…いや、言うまでも無くバムダ王が鎮座されていたのである。
紅く長いビロードの絨毯を戸惑いも無しにタッタカ歩いて王座に近付いて行くウィンダム王子。もう私は言葉を発する事など出来ず唯々畏れおののきされるがまま連れて行かれた。
「来たか」
そう一言発するだけで私の回りの空気が振動して皮膚がピリッと刺激される。これがバムダの頂の威厳…まさか肌に感じる程とは…
「はい、とうとう出逢いました」
「少し時間がかかったな。だが許容範囲内だ」
「ありがとうございます」
そう言ってフニャッと私を見ながら笑う。え?さっきから何の話?
「…しかし…本当に人間なのだな。だが確かに魔力耐性があるようだ。私の放った雷気では焦げんくらいには…」
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「ああそうだよコリーン。君は魔力耐性がある。俺の羽も視覚で確認出来たし、かなり優秀なホルダーのようだ。俺は…君に出逢えるのを待っていた…ほら、さっき話してただろう?画期的な魔法を編み出したって」
「…まさかそれって…」
ウィンダム王子が言っていた画期的な魔法。それは王のみが使える雷気を浴びる事だと言う。この雷気とは所謂電磁波のようなもので、魔力耐性がある場合は体に緑の光が見える、らしい。攻撃魔法ではないが全く魔力の無い相手だとたまに焦げる事があると言う。
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