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 伝令を出した後、まずは滝壺を中心に揺動班と結界班に分けた。
 揺動班の方はもし触手に絡め取られた場合滝壺に引き摺り込まれない様タートルドンドンと人を繋ぐ命綱を巻き付ける。タートルドンドンの重量は二百~雄で三百キロ超ある。踏ん張れば体重の倍程引きずる事も可能だ。脚力も有り甲羅も硬い。頭を隠せるので即死も回避できる。ある程度滝壺から引き摺り出した後、結界班の出番だ。結界の上に札を掛け起動する。上手くいけば総員で魔獣を攻撃する。

「では、揺動班出撃する。結界班、後は頼んだぞ」
『「ヤー」』

 チラリとマードックの方に視線を投げる。彼はその綺麗なレンガ色の瞳で私をジッと見つめていた。お互い覚悟を決めたのだ。もう後には引けない。
 この戦いが終わるまで後何度顔を合わせる事が出来るだろう。もう二度と無いかも知れないな…いや、必ず貴方は生かしてみせる。私の命と引き換えようとも…ギルナインの名に誓って。

 先行して私が頭を走る。騎乗するのは私の愛亀ドントウォーリーだ。彼女は機動性が高くジャンプ出来る唯一のタートルドンドンだ。

「ドントウォーリー…任せたぞ!」

 魔剣に魔力を込め空をスラッシュする。魔剣から数個の火の玉が放出され滝の脇の岩に当たり弾ける様に小規模の爆発を起こした。ガラガラと岩が崩れ滝壺へ落ちて行く。その瞬間幾つもの触手が一斉に這い出て来て駆ける私達に向かって飛び出して来た。攻撃は加えず戯ける様に触手をすり抜け走り回って剣で弾く。次々に出て来る触手に絡め取られる隊員も居たがタートルドンドンが踏ん張り綱引き状態に。そこをスパッと剣で切り離し、また触手と追いかけっこを繰り返す。その内滝壺の辺りからゴゴゴゴッと言う轟音と振動がし始めた。

「しめた!動き出したぞ」

 ビタンビチャと音がして濡れた泥の様な足が見える。色は焦茶でまだら模様。足の上に頭の様な巨大な丸いものがあり全体から無数の触手がウネウネと動き回っている。何とも形容し難い醜悪さだ。

「うわっぁキィモッ!」

 アルバードが騎乗したタートルドンドンで走り去りながら叫ぶ。周りの揺動班の隊員達はその姿に呆気に取られ声も出せない様だ。

「皆しっかりしろ!あいつを滝壺から追い出すぞ!」

 そう叫び奴に向かって走り出す。すると待っていたかの様に丸い頭の真ん中がクパァと六つに割れ始め中から薄いピンク色をした腸の様な長い物が顔を見せる。

「…は?何だあれはっ!」

 その瞬間ピュッと何かが兜を掠めた。

 ジュワッと言う音と共に熱い煙が上がる。

「!? 溶解液だ!皆下がれー!」

 踵を返し最速で走るドントウォーリー。溶けて行く兜をかなぐり捨て魔獣の触手からなんとか離れる。これは…マズイ!私達を餌だと思わず敵認定された様だ。

「チッ…溶解液とは…想像を上回った。やり難いな。作戦変更だ!引き続き私のみで揺動を続ける。その他揺動班は十分な距離を取り待機。本体が完全に出るまで力を温存しておけ!」
「おい!無茶だろ!」
「いや、この方が動き易い。心配するな私はやられない。行くぞドントウォーリー!!」

 再び触手の渦の中へ。合間に溶解液を噴かれるが、来ると分かっていれば避ける事が出来る。溜めるのに時間が掛かるのか随時では無いのだ。触手をひらりと躱わし魔剣で薙ぎ払いながらジワリジワリと本体を誘き出す。私を追う事に夢中になったのか滝壺から全身が顔を出した。ぬらりとした尾っぽがくねりと翻りドパンッと水面を叩く。湧き上がった水飛沫が大森林の中雨の様に降り注いだ。
 奴が吐いた溶解液に水が掛かりジュワッァァっとそこらかしこで煙が起こる。

「ぐぅ!視界不慮だっ」

 兜を被っていない私は湧き上がるガスにゴホゴホと咳き込みながら片目で奴を見上げる。溶解液を発射される前に回避しなければ…そう思った矢先、下から這う様に触手が迫りドントウォーリーの足に巻き付いた。ガクンッとツンのめった拍子に私は前方に勢いよく放り出されたのだ。
 命綱の先がほぐれて切れている。先程の溶解液が少量掛かって溶けていたのに気付かなかった。
 クルッと体を反転させ受け身を取ったが勢いを止められず何度かゴロゴロと転がった。頭が揺れてフラッとする。迫り来る触手。私は持っていた魔剣に魔力を投げ込む様に注ぎ、歯を食いしばって奴の居る方向に向けて両手で地面に叩き込む。
 ズドンッッと地が揺れパパパッと土が飛び散り触手を払いながら真っ直ぐ地面を伝い、魔獣に到達。奴の触手をゾリッと数十本吹き飛ばした。
 バルキリアンノトゥスは私の手足の様な存在だ。魔力さえ保てば震動波や爆撃波など様々な技を鞭の様に届かせる。切れ味も申し分無い。そう、魔力さえ保てば、だが。残念ながら乱用は御法度だ。
 私は直ぐさま急ぎ立ち上がりドントウォーリーの足の触手を切り離して再び騎乗する。

「すまない、油断した」

 そう言うと、口でカチカチと音を鳴らしドントウォーリーが私の髪を優しく噛みかみする。これが彼女の愛情表現だ。

「ああ、大丈夫心配無い。楽勝だ」

 **

「セレーニア!」

 タートルドンドンから落とされた彼女を遠くから目撃した。思わず走り出しそうになるが周りの隊員達に羽交締めして阻止される。

「マードック様落ち着いて下さい!若奥様は絶対負けませんからっ!」
「そうですよ。若奥様は強いんですから~あれ位想定内ですよぉ」
「ほら、直ぐに魔剣で応戦してるでしょ?あ、うわぁっ触手が降って来たっ!」

 僕はそれらの言葉に呆然となる。彼らはセレーニアを信頼している、かの様に聞こえるが…誰一人セレーニアを心配はしていないのだ。

 ああ…やはりこうなってしまうのか…

「彼女は強い」と当然の様に皆が言う。だがそこに至るまでのプロセスを僕は見て来た。身体中をアザだらけにして鍛錬する彼女。ギルナインの血族だと言うだけで剣を握らねばならなかったからだ。

 大森林の直ぐ隣に位置する魔獣の被害を受け易いロリス家と、魔導で魔剣を造り出しその力を誇示したいギルナイン家。いずれ国内の魔剣の製造はギルナイン家が掌握するだろう。
 彼女は…宣伝塔の一人だ。頻繁に討伐を行う必要のあるロリス家へ嫁がされ魔剣を振い続けるギルナイン家の娘。
 だが、それだけでは済まされない出来事が起こる。

 バルキリアンノトゥス…最古で最強の宝魔剣が彼女を選んでしまったのだ。

 本来の公爵家の嫡男直系でなく、傍系の伯爵家の末娘に宝魔剣が渡ってしまう事を懸念した公爵はロリス家に圧力を掛けた。僕とセレーニアの婚約を解消し、セレーニアを公爵の養女にして婿を取ると言うのだ。
 …ロリス家の後継は僕しかいない。
 その話を聞かされたのは僕が大学校に行く半年前だったのだ。
 そして数日後、彼女からバルキリアンノトゥスを引き継いだと嬉しそうに僕に見せて来たのだ。
 絶望した。美しい装飾が付いた紅い剣。僕からセレーニアを奪い去って行く最古の魔剣が…その時はとても憎くて…叩き折ってしまいたい衝動に駆られる。

「マードック…触ってみてくれ」
「…え?」
「この子が貴方に触れたいらしい」 
「剣に意志があるとでも?」
「魔剣全般かは分からないけれど、この子はあるよ。この魔術陣、もう誰も描く事は出来ないんだって。目に見えているのに正解な陣を刻めないらしい。不思議だよな。祖先はきっととても強い思いでこの陣を刻んだんだね…手に持つとそれが分かるんだ」

 スッと僕に向かってくだんの剣を差し出す彼女。暫くそれを無言で眺めた後、グリップの部分に手を延ばした。一瞬熱い熱が手先に伝わりビクッと体を震わせたが、そう感じただけで実際は何も無い。そのまま指に力を入れてギュッと握りしめる。
 これから…この先…彼女を奪い彼女を見せ物にしてこの剣は彼女を護っていくのだ。複雑な気持ちに頭がグラグラする。だが…

「………うん、やっぱりそうか」

 そう呟いてセレーニアはニコニコと笑うのだ。

「え?何が?」

 聞き返す僕に彼女は

「手紙、いっぱい書くな。大学校に行っても私の事を忘れないでくれよ?」

 そう言ってにへっと綻ぶ様に笑い僕の腕に抱き付くセレーニア。

 不安だけを残しそれから僕達は五年間会う事が叶わなかった。
 
**

 どす黒いぬめっとした巨大な体が水の中から出尽くした。ジュルジュルと触手も本体と共に滝壺から引き揚げられる。

「結界班、所定の位置へ移動完了」
「触手が何本か魔力溜まりに絡まってるな」
「札結界を重ねれば吹き飛ばされるんじゃないか?」
「…いや、現時点で施されている結界に絡み付く程の魔力があるんだ。甘く見ない方が良い。もう少し揺動班に頑張ってもらおう…いや、若奥様に、か」

 そう勝手な事をペラペラ話す隊員達に僕はイライラしていた。だが現状あの強力な溶解液を発射する口がある限り近付くのは至難の業だ。何とかアレを無効化する方法は無いだろうか…
 使える物はないか自らの装備を確認する。

 僕は魔剣は使えない。でも魔力はある。魔剣には継続的に魔力を流し込む必要があるが、それは適正と鍛錬によって開かれる。それが出来ない者は魔銃を使う。
 魔銃は魔力を弾にする。但し自らの魔力量と威力は比例する為一発しか打てない者や数発打てるが木板すら貫通出来ない者など様々だ。例に漏れず僕も二発も撃てば魔力が底を尽く。つまり危機的状況で一発逆転にしか使えない儚い武器だ。

「だがこれなら破壊出来る筈だ…でも飛距離が問題か。かなり近づかないとな…」

 無謀なのは百も承知だ。だけどそれでも良いと思えた。彼女だけがギルナインだからと重荷を背負わされるのに小さい頃からウンザリしていた。大学校での五年間、いずれ婚約解消になるんだと自暴自棄になり彼女からの手紙が届かなくなっても、これで良かったのだと諦めた。だが最後の最後で手紙はずっと届いていた事を知る。
 僕を好きだったから恋文は届けなかったと言っていたと寮長から預かった学校長がすまなそうに束になったセレーニアからの百数十通の手紙を渡して来た。僕は申し訳無さと自分の不義理に苛まれ数日泣き続けた。
 そして理由は不明だが婚約は解消されていなかった。だがもうそんな事どうだって良い。彼女がどんな思いでこの五年を走り続けて来たのか…返事を返さない僕をどう思っていたのか…合わせる顔が無いと思った。だからアルバードに…

「セレーニア…僕は君に償わないと。…前には進めない」

 **

 滝壺から這い上がって来た魔獣は四つ脚の蜥蜴の様な巨体だった。顔の部分はパックリと六つに開かれ溶解液を発射する内蔵の様な物がクネクネしている。触手はどうやら頭の部分から生えている様だ。強いて言えば「髪の毛」だな。口は…

「可笑しいな…口はどこだ?あの鹿の死体にあった歯形…こいつの物じゃ無いのか?」

 ドントウォーリーに騎乗し走りながら奴の全体像を確認するが口が見当たらない。アレだけの大口の歯形はこいつの物だろうと思っていたのだが…兎に角また滝壺に戻られては意味が無いので、近付いたり遠のいたりを繰り返す。そろそろ水から出切ったかと思われた頃、再びドントウォーリーの足に触手が絡み付いた。今度は落とされない様に内股に力を入れ踏ん張る。

「っ!──っとぉ、まだま─」

 その瞬間、私の頭上に影が覆う。ゾッとした瞬間リードを思いっきり右に引き、ドントウォーリーをぐるっと迂回させ正面に目を向ける。

「…は?」

 それは頭の上に黒く丸い何か。大きさは直形百センチほど。皮膚はボコボコしていて目は無く、鋭い歯が幾つも連なっていてパカッと大口を開けた状態で私を見下ろしている。存在を認識するが体の反応が一拍遅れてしまった。奴の唾液がたら~と滴りる瞬間、蛇の如く私達目掛けて迫って来る。

 ──避けられないっ!

 魔剣を盾に持ち上げようとしたその時ドォンッと私の左側から音が鳴り丸い口だけの化け物がパァンと右へ勢いよく吹き飛ばされる。突風が私の髪を持って行くように靡いた。

「…あ…」

 ドカッドカッと近付くタートルドンドンの蹄の音。左側にバッと顔を向けるとそこにはマードックの姿が…

「そ、そうか、あれは魔銃の…」
「セレーニア無事か!」

 マードックが走り込んで来て手に持つ銃を黒い化け物に向ける。

「あ、ああ。すまないマードック、助かった」
「あれはなんだ…口だけの生き物…?」

 ピクピクと地面に落とされ微かに動く黒い物を見ながら私の横に並ぶマードック。

「…いや、どうやらこれがあの魔獣の口の様だ。見ろ、頭から管の様な物が地面に潜っている。あの魔獣は水回りのこの辺り一帯を占領しているんだろう。本体は水の中で動かず、口だけ出して獲物を捕食していたのではないか?とんだ隠し玉だ」
「思っていたより複雑な相手だ。セレーニア、僕はあの口の真ん中を破壊しようと思うんだ」
「奴の本体は滝壺からは完全に這い出たか?」
「何本か触手は残っているがほぼ出たと。ああ、触手がまた伸びて来た…そろそろ溶解液も吐きそうだね」
「…マードック。また魔銃を撃つ気か?貴方魔力は…」
「残念だが次で尽きる。一人では無理だし折角だからアルバードにチャンスを作って貰おうと思う。あいつも立派な魔剣使いだし。今から揺動班の指揮権は僕が貰う。…いいかセレーニア、死ぬな。僕はまだ君に伝えないといけない事が山ほどあるんだよ」
「ああ、もう油断はしない。私も貴方に言いたい事が沢山あるんだ。だから…」

 本体が陸に這い上がった事により、触手の位置も分かり易くなった。同時に素早いスピードで触手が伸びて来る。私は再び距離を取りながら撹乱させる。マードックは揺動班と共に口の中を攻撃するつもりだ。なら、一度溶解液を吐かせなければ…

「ドントウォーリー!私を降ろした後大きく時計回りに一周だ!」

 そう言って私は愛亀から飛び降りた。そのまま走り抜ける彼女を背に魔剣に魔力を流す。動かぬ敵に狙いを定めたのは触手だけでなく再び口だけの化け物が地面から数体飛び出し私に向かい飛び込んで来る。

「ぉぉおお─────っ!」

 バルキリアンノトゥスを中心に白いスパークが円形に弾ける。パンパンパンと三段に分かれて爆発が起こり触手や剥がれる牙の残骸や体液と焦げた肉塊が散乱した。魔獣を見上げると本体の顔が六つに割れまた内蔵の様なピンク色の長い物がこちらに舵を取っている。

「バルキリアンノトゥス、君を信じる!」

 札結界を持たない今、我が身を護るのは信じられるこの魔剣のみだ。

「さあ来い!!」

 魔剣から青白い光が放たれる。それと同時に溶解液が魔獣から放たれた。

「相殺してやる!」

 溶解液に向かい魔剣を振り抜き爆裂波を放つ。私と魔獣の空間を青白い炎が走り真っ直ぐ射たれた溶解液に触れた瞬間ババババッッと火が燃え移りドカァ────ンッと大爆発を起こした。
 あまりの衝撃で体が浮き、後方へ薙ぎ倒されそうになる。そこに響くドカッドカッと走り来る蹄の音。片目で音のある方を見ると薄っすらと愛亀の姿。

「ド…ト…ウォ…リー…」

 彼女は倒れる寸前の私のソードベルトをガシッと咥え持ち、首の力だけで持ち上げそのまま魔獣から離れる様に走り出した。

 **

 結界班はその様子を遠くから眺めていた。

「お、おい、あれ大丈夫か?」
「視界不慮…煙で見えないが…凄い爆発だ。若奥様は無事か?」
「今は信じるしか無い。俺達は俺達の仕事をするぞ!札結界を配置する。見ろ、結界から完全に触手が引いている。今なら問題無い!」
「よし!やるぞ!」

 滝壺から少しはなれた凪いだ湖面にある魔力溜まりの上に結界の更に上に紐で繋げた札結界を静かに覆わせる。四辺をロープで結んであり、対面の地面に其々迅速に楔を打ち付ける。

「設置完了!札結界を起動する!」

 魔導術式陣に隊員が魔力を流すと小さな札がぽわっと一つ光だした。紐を通して隣りの札へ、また隣へ。前後左右に連なる札が次々に淡い光を放ち瞬く間に五十札柱の結界が一つに光りだす。

 その光景を隊員達は安堵の表情で見守った。

「簡易ではあるがちゃんと起動して良かった。あんな化け物がポコポコ産まれちゃあ敵わんからな。さて、俺達も若奥様の加勢に行こうぜ!」
『「ヤー!」』







 
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