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1章 ふたりの「変わり者」
5話 さすがに変身用ステッキでは戦えない
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予定より早めの討伐には異論がないものの、職員の安全など歯牙にもかけない様子の矢幡にしかたなく声を掛ける。
「いくら職員と言っても、できればその場に居させない方がいいと思いますが……」
「まぁ、たしかに邪魔やしな」
そういう意味で言ったわけではないのだが、矢幡は独自の解釈でおれの意見に同意すると、素早く境内に視線を走らせ、社務所の奥にある雑木林を指さした。
「あそこに追い込む。陽動はおれひとりの方がやりやすいから、琥珀はあっちで……って、なんや、それ」
作戦を告げた矢幡は、そこで初めておれのいで立ちに気づいたらしく、怪訝そうに顔を歪めた。
「おまえの武器、まさかそれなん? アホみたいな大荷物やとは思てたけど、ほんまにアホやん」
「……そう言われても、これが一番扱いやすいので」
「それが一番扱いやすいってなんなん? どーー見ても神事用の飾り刀やし、絶対戦闘用ちゃうやろ。え、体張ったボケとか今いらんで?」
矢幡は妖怪の気配に気づいた時よりも余程動揺した様子でまくしたてる。おれ自身幼少期は関西で過ごしていた人間なので、矢幡の関西訛りに抵抗こそないものの、やはり早口で詰め寄られると返答のタイミングが掴みにくい。
「ボケてるわけではないので……。ちゃんと闘えますから、とりあえず行きましょう。矢幡さんが追い込んでくれた先で、おれが迎え撃ちます」
「えーーー……ほんまに大丈夫なん? それで闘えるんやったら、幼児用の変身ステッキとかでも闘えそうやん……いや、ちょっとおもろいな、その絵面」
矢幡は不信を隠しもしない様子でそう言いながらも、後半は自分で勝手に想像を膨らませて面白くなってきたらしく、ふんと鼻で笑うと再び表情を引き締めた。
「まぁ、ほんまにそれで倒せたら妖怪が気の毒すぎて笑えるから、一旦任せたるわ。役に立たんかったら自分で祓ればいいだけの話やしな!」
そう言うが早いか、襖を開け放つ乾いた音が響いた時には、おれの目線の先に矢幡の姿はなかった。境内に一筋の砂埃が舞い上がる。目を凝らさなければ肉眼で追えないくらいの速度での移動。矢幡の戦闘服に「速」の印だけが刻まれていた理由がなんとなく解った気がした。
力で押さえつける必要も、防御に意識を割く必要すらもない、圧倒的なスピード。
矢幡が向かった先にはやはり数体の妖怪が赤黒い影のような姿を見せて蠢いていた。
境内には神事の準備をしていたらしい数人の巫女や神職がいたが、矢幡が現れ小刀を構えたのを見ると恐れおののき散り散りに逃げていった。
タイミングからして、おそらく妖怪そのものの姿を目視できたのではなく、矢幡の戦闘服に刻まれた紋を見て逃げたのだろう。
妖怪の姿を目視できる人間は限られている。そして、おれたち「影狼」の人間は、一般人からは退治されている「妖怪」とほとんど同類、忌むべき妖術の象徴として認識されている。まぁ、それすらも矢幡にとってはどうでもいいことなのだろう。
人がいなくなった広い空間は、妖怪を迎え討つのには問題なさそうだったが、下手をして明日に神事を控えている神社の境内に怨念でも撒き散らされては敵わない。おれは当初の予定通り、矢幡が追い込んできた妖怪たちを迎え撃つべく社務所奥の林に向かった。
矢幡は左手に小刀を構え、凄まじいスピードで妖怪たちの周りを跳びまわりながら、巧みに防御力の低そうな部分を狙って斬りかかっていく。
武器の性質上かなりの近接になるにも関わらず、矢幡の動きには一切の不安が感じられない。表情は鋭くも涼し気で、時折境内を吹き抜ける風に美しい黒髪がふわりと揺れる。ほとんど目で追えないほどの動きなのに、なぜかゆったりとしたリズムのようなものを感じさせる。
まるで、神楽を舞う巫女のように。
矢幡の動きと繊細な刀筋に翻弄された妖怪たちは、怒りを叫ぶように雄たけびを上げ、闇雲に黒い腕を振り回してはかわるがわる矢幡に襲い掛かる。それを、風に舞う花びらでもあしらうように軽々と躱しながら、矢幡は徐々にこちらに近づいてきた。
おれは背負っていた飾り刀を抜き、姿勢を低くして構える。柄と刀身の間に巻かれた飾りひもが、しゃらりと涼しい音を立てた。そのわずかな空気の振動に応えるように、矢幡の鋭く光る紅い瞳がこちらを向く。
「お手並み拝見」
そう、奴の唇が動いた気がした。次の瞬間には、数多の斬撃で起きたつむじ風がひとつに合わさり、轟音とともに数体の妖怪が矢幡の前から弾き出された。
両手で刀を振り上げ、思い切り斬り下ろすと、斬撃で大きな風が巻き起こる。矢幡よりもかなり重量のある、おれ自身を巻き上げるほどの大風。
踏み切り、風に乗って跳び上がる。黒々しい妖怪たちの身体を眼下にとらえ、すっと息を吸った。
頭の中に、懐かしい鈴と笙の音色が響く。幼い頃に見よう見まねで舞った神楽の中でも特に好きだった、心優しき武神と、どこか憎めない大悪鬼との大立ち回り。
「……『道返し』」
起こした風が止むと同時に、地面に向かって再び刀を振り下ろす。おれの戦闘服に刻まれた力の印がわずかに反応し淡く光るが、それほど大きな効力を発するわけではない。毎日毎日、矢幡流に言えば「アホ」ほど積み上げているトレーニングと、重ねてきた実戦経験が、すでにおれの身体のキャパシティに対してはほぼ満杯のエネルギーを与えてくれているからだ。
「…………は?」
耳元で鳴り響く風の残滓に混じって、矢幡の呆気にとられたような声が聞こえた。
「いくら職員と言っても、できればその場に居させない方がいいと思いますが……」
「まぁ、たしかに邪魔やしな」
そういう意味で言ったわけではないのだが、矢幡は独自の解釈でおれの意見に同意すると、素早く境内に視線を走らせ、社務所の奥にある雑木林を指さした。
「あそこに追い込む。陽動はおれひとりの方がやりやすいから、琥珀はあっちで……って、なんや、それ」
作戦を告げた矢幡は、そこで初めておれのいで立ちに気づいたらしく、怪訝そうに顔を歪めた。
「おまえの武器、まさかそれなん? アホみたいな大荷物やとは思てたけど、ほんまにアホやん」
「……そう言われても、これが一番扱いやすいので」
「それが一番扱いやすいってなんなん? どーー見ても神事用の飾り刀やし、絶対戦闘用ちゃうやろ。え、体張ったボケとか今いらんで?」
矢幡は妖怪の気配に気づいた時よりも余程動揺した様子でまくしたてる。おれ自身幼少期は関西で過ごしていた人間なので、矢幡の関西訛りに抵抗こそないものの、やはり早口で詰め寄られると返答のタイミングが掴みにくい。
「ボケてるわけではないので……。ちゃんと闘えますから、とりあえず行きましょう。矢幡さんが追い込んでくれた先で、おれが迎え撃ちます」
「えーーー……ほんまに大丈夫なん? それで闘えるんやったら、幼児用の変身ステッキとかでも闘えそうやん……いや、ちょっとおもろいな、その絵面」
矢幡は不信を隠しもしない様子でそう言いながらも、後半は自分で勝手に想像を膨らませて面白くなってきたらしく、ふんと鼻で笑うと再び表情を引き締めた。
「まぁ、ほんまにそれで倒せたら妖怪が気の毒すぎて笑えるから、一旦任せたるわ。役に立たんかったら自分で祓ればいいだけの話やしな!」
そう言うが早いか、襖を開け放つ乾いた音が響いた時には、おれの目線の先に矢幡の姿はなかった。境内に一筋の砂埃が舞い上がる。目を凝らさなければ肉眼で追えないくらいの速度での移動。矢幡の戦闘服に「速」の印だけが刻まれていた理由がなんとなく解った気がした。
力で押さえつける必要も、防御に意識を割く必要すらもない、圧倒的なスピード。
矢幡が向かった先にはやはり数体の妖怪が赤黒い影のような姿を見せて蠢いていた。
境内には神事の準備をしていたらしい数人の巫女や神職がいたが、矢幡が現れ小刀を構えたのを見ると恐れおののき散り散りに逃げていった。
タイミングからして、おそらく妖怪そのものの姿を目視できたのではなく、矢幡の戦闘服に刻まれた紋を見て逃げたのだろう。
妖怪の姿を目視できる人間は限られている。そして、おれたち「影狼」の人間は、一般人からは退治されている「妖怪」とほとんど同類、忌むべき妖術の象徴として認識されている。まぁ、それすらも矢幡にとってはどうでもいいことなのだろう。
人がいなくなった広い空間は、妖怪を迎え討つのには問題なさそうだったが、下手をして明日に神事を控えている神社の境内に怨念でも撒き散らされては敵わない。おれは当初の予定通り、矢幡が追い込んできた妖怪たちを迎え撃つべく社務所奥の林に向かった。
矢幡は左手に小刀を構え、凄まじいスピードで妖怪たちの周りを跳びまわりながら、巧みに防御力の低そうな部分を狙って斬りかかっていく。
武器の性質上かなりの近接になるにも関わらず、矢幡の動きには一切の不安が感じられない。表情は鋭くも涼し気で、時折境内を吹き抜ける風に美しい黒髪がふわりと揺れる。ほとんど目で追えないほどの動きなのに、なぜかゆったりとしたリズムのようなものを感じさせる。
まるで、神楽を舞う巫女のように。
矢幡の動きと繊細な刀筋に翻弄された妖怪たちは、怒りを叫ぶように雄たけびを上げ、闇雲に黒い腕を振り回してはかわるがわる矢幡に襲い掛かる。それを、風に舞う花びらでもあしらうように軽々と躱しながら、矢幡は徐々にこちらに近づいてきた。
おれは背負っていた飾り刀を抜き、姿勢を低くして構える。柄と刀身の間に巻かれた飾りひもが、しゃらりと涼しい音を立てた。そのわずかな空気の振動に応えるように、矢幡の鋭く光る紅い瞳がこちらを向く。
「お手並み拝見」
そう、奴の唇が動いた気がした。次の瞬間には、数多の斬撃で起きたつむじ風がひとつに合わさり、轟音とともに数体の妖怪が矢幡の前から弾き出された。
両手で刀を振り上げ、思い切り斬り下ろすと、斬撃で大きな風が巻き起こる。矢幡よりもかなり重量のある、おれ自身を巻き上げるほどの大風。
踏み切り、風に乗って跳び上がる。黒々しい妖怪たちの身体を眼下にとらえ、すっと息を吸った。
頭の中に、懐かしい鈴と笙の音色が響く。幼い頃に見よう見まねで舞った神楽の中でも特に好きだった、心優しき武神と、どこか憎めない大悪鬼との大立ち回り。
「……『道返し』」
起こした風が止むと同時に、地面に向かって再び刀を振り下ろす。おれの戦闘服に刻まれた力の印がわずかに反応し淡く光るが、それほど大きな効力を発するわけではない。毎日毎日、矢幡流に言えば「アホ」ほど積み上げているトレーニングと、重ねてきた実戦経験が、すでにおれの身体のキャパシティに対してはほぼ満杯のエネルギーを与えてくれているからだ。
「…………は?」
耳元で鳴り響く風の残滓に混じって、矢幡の呆気にとられたような声が聞こえた。
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