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1章 ふたりの「変わり者」
4話 運がイイやつはこんな稼業に流れ着かない
しおりを挟む依頼先の神社につくと、物腰の柔らかな巫女たちに迎えられ、社務所の奥にある座敷に通された。
事前に聞いていたとおり、明後日に秋の神事を控えているらしく、境内には華やかな美しい飾りが施され、参拝者用の神酒が振舞われるスペースには大きなのぼりがいくつも立ち並び、穏やかな秋の風に揺れていた。
取次の巫女が退室し依頼人の神主を待つ間、出された煎茶を啜っていると、隣に座った矢幡が抑えた声色で耳打ちをしてきた。
「寛いどるとこ悪いけど、用心しときや。おれはおまえの面倒までは見ぃひんで」
「はい。けど、依頼どおりならそれほど変わった案件でもなかったですよね。たしかにこれほどの神社が手を焼く妖怪なら、手はかかりそうですが」
「まぁな。けど、ただの清めやったらわざわざ翡翠さんのとこに持ち込まんやろ。これだけの神社が、おれらみたいな祓い屋に頼らなあかんことがすでに、普通やない」
「なるほど」
「……おまえ、ほんまになんも考えてなかったん? よくそんな感じで生き残ってこられたな。この仕事、そこそこ長いんやろ?」
「そうですね。まぁ、運がよかったんでしょう」
「運がいい奴はこんな稼業に流れ着かんわ。まぁどうせおれらに選択肢なんかないけどな。暇やから勘ぐってみただけで、おれもそこまで興味ないけど」
どのみち祓うだけやし、と呟いて、矢幡は自分の分の茶を啜った。
たしかに、おれたち「影狼」に持ち込まれる依頼はいわくつきのものが多い。妖怪退治稼業の中では異端気味で、所属する構成員は力が強すぎて正統派の組織から危険視されている者や、元が名の知れた家柄の出で何かの事情で排斥されたり、自ら縁切りをしたりして追われている者もいるらしい。
受ける依頼も正統筋で処理しにくいからこそ回ってくるものが多いから、公に知られるとまずい事件や陰謀が背後にあったり、妖怪退治の名のもとに派遣された戦闘員が狙われることもある。
おれは幸いこの仕事についてから個人的に狙われたことはないが、戦闘以外にも一応ひととおりの訓練は受けている。
おれよりも機転も危機管理能力も数段上位らしい矢幡も、さっきの試食祭と言い、出された茶をあっさり口にしたことと言い、おそらくおれと同じ体質訓練を受けているのだろう。そう納得して、再び湯呑に手を伸ばそうとした刹那、背後に異様な気配を感じた。
ざわりと肌が粟立つような、不快な感触。
喉元を押さえつけてくるような高圧的な重力。
比較的距離はあるものの、明らかに強力な妖怪が放つその気配に、おれと矢幡は同時にそれぞれの武器を取って立ち上がった。
「神主より先におれらを迎えてくれるみたいやな」
矢幡は鋭さを増した紅い瞳でこちらを見やり、愉しそうににやりと口角を上げた。先ほどまでの会話や断片的な情報から察するに、単独任務に慣れているらしい矢幡には一切の動揺も気後れも感じられない。さながら獲物を狩る猛禽類のような表情で、なんなら舌なめずりでもしそうな雰囲気すら漂わせている。
「ですね。境内には人がいるかもしれないので、陽動して追い込みますか?」
「さっき見た感じでは、参拝客はほとんどおらん。神事の準備しとる職員がちらほら居るくらいやろ。巻き込まんかったら別にいいんちゃう?」
手早く戦闘服のホルダーを装着しながら、矢幡は軽い調子でそう言った。
おれたちが「影狼」から支給されている戦闘用のスーツには、装甲代わりの「印」が刻まれている。これが着用者の意思に応じて発動し能力を補うことによって、生身の人間であるおれたちが、呪力や妖力を操る妖怪たちと闘うことの負担をずいぶんと軽減してくれている。
手練れの戦闘員は自身の戦闘スタイルに合わせて印の種類や強さをカスタマイズするらしいが、おれは初期に支給される一番オーソドックスなタイプを少し変えた程度のものをいまだに使っている。腕に攻撃力を補う「力」の印、胸に防御を司る「守護」の印、そして両脚にスピードを与える「速」の印を刻んだスーツだ。
おれの隣で準備を終えたらしい矢幡の戦闘スーツは、「力」と「守護」がなく、「速」の印のみが刻まれたものだった。
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