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2章 Rixy
7 限界まで見開いた
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「ンマ」
その高いかすれ声は、ボク達の左前から、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「ンマ」
ボク達は一歩も動かない。
「ン、マ」
ようやく、その声の正体が姿を現す。大きさ10メートルの黄色く長い体は、まるで脂肪の塊かのようにだらしなく地面にくっつき、イモムシのようにうねらせて這っている。先端には余りに余った皮膚が集まり、グシャグシャになっていた。
身体中の皮は脈打つように全身を前後に動き、口元が露わになったとき、先端には皮に隠れていた無数の細くて赤い牙が姿を露わにした。
そして、この生物の腹のあたり
(そもそもこの生物に上下の概念があるかどうかは分からないが)
には、地面に押し付けられてグチャグチャになったネムリバナが、びっしりと敷き詰めるように生えていた。
シオリが言っていた”トモグイ”とは、この生物の事なのだろうか?
生物は、まるで何かを探すように、大きな頭を左右にフラフラと振っている。
こちらから見える限りでは、この生物に目らしき物は備わっていない。
それは、ボクが大きな唾を飲み込んだ、その時だった。
ゴクリ、という喉音と同時に、ボクの目と鼻の先に現れたのは、赤黒い液体の付いた鋭利な牙と、真っ赤な歯茎だ。
ボクの視界いっぱいに、脈打つ黄色い皮膚が広がる。わずかの瞬間、瞬き一つ分の時間の中で。
「シイイイッッッカアアッッ」
生物の牙の隙間から出た生ぬるい息が、ボクの顔にたっぷりと浴びせられる。ボクは、咳き込みたい衝動を必死に押さえつけた。
生物は、ボクに近づけていた頭部をゆっくりと元の位置まで戻すと、大きな体をうねらせて、ボクの左をゆっくりと歩き始める。ボクはその様子を目線だけで追っているが、やがて生物はボクの横を通り過ぎ、ボクの視界からは確認できなくなった。
トモキチは足こそ止めているが、首を回している時に金属の擦れる音がはっきりと聞こえていた。しかし、生物がこの音に反応することはなかった。カメオの足音にも、この生物は反応を示さない。
次に生物がボクの視界に戻ってきた時、生物はボクの右、シオリとボクの間に、後ろから頭部を覗き出していた。
「シイイィィッッ」
再び、ぬるい風が肩にかかる。すぐ横で、皮に隠れた歯茎が見え隠れする。
「ネエ、シオリ、ンマ」
生物の口は、複数の声を重ね合わせたような、高い声を発した。それも...意味のある言葉を。この生物は、知性を有しているのだろうか...?
「ロン、ンマ」
今度は、さらに高い声で、ボクの名前が聞こえてくる。
「ッタイニ、ウゴカニデ、ンマ」
「...」
今、なんと言ったのだろう?
「トウジョウヤメロハヤ、コカラハナレルゾ」
「...」
「ネムリバガコンナニ、ンマ」
「...」
「イバ、カハシレヒラガ、ンマ」
「......」
ボクは限界まで目を見開いた。胃の中に溜まっていた不快感が、食道を一気に上り、ボクの口内に溢れ出す。
口いっぱいに広がった酸っぱい液体を、零さないように必死に我慢した。
「...」
生物はしばらく黙り続けると、大きな頭を引っ込めて、ゆっくりと巨体を引きずり始めた。
「...」
地面に体が押し付けられる音はだんだん小さくなっていき、ついに聞こえなくなった。
生物がボク達から離れていった後、しばらくしてもボクとシオリは身動き一つ取ることはなかった。身体中の悪寒が消え去るまでには、余りにも時間が必要だった。
その高いかすれ声は、ボク達の左前から、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「ンマ」
ボク達は一歩も動かない。
「ン、マ」
ようやく、その声の正体が姿を現す。大きさ10メートルの黄色く長い体は、まるで脂肪の塊かのようにだらしなく地面にくっつき、イモムシのようにうねらせて這っている。先端には余りに余った皮膚が集まり、グシャグシャになっていた。
身体中の皮は脈打つように全身を前後に動き、口元が露わになったとき、先端には皮に隠れていた無数の細くて赤い牙が姿を露わにした。
そして、この生物の腹のあたり
(そもそもこの生物に上下の概念があるかどうかは分からないが)
には、地面に押し付けられてグチャグチャになったネムリバナが、びっしりと敷き詰めるように生えていた。
シオリが言っていた”トモグイ”とは、この生物の事なのだろうか?
生物は、まるで何かを探すように、大きな頭を左右にフラフラと振っている。
こちらから見える限りでは、この生物に目らしき物は備わっていない。
それは、ボクが大きな唾を飲み込んだ、その時だった。
ゴクリ、という喉音と同時に、ボクの目と鼻の先に現れたのは、赤黒い液体の付いた鋭利な牙と、真っ赤な歯茎だ。
ボクの視界いっぱいに、脈打つ黄色い皮膚が広がる。わずかの瞬間、瞬き一つ分の時間の中で。
「シイイイッッッカアアッッ」
生物の牙の隙間から出た生ぬるい息が、ボクの顔にたっぷりと浴びせられる。ボクは、咳き込みたい衝動を必死に押さえつけた。
生物は、ボクに近づけていた頭部をゆっくりと元の位置まで戻すと、大きな体をうねらせて、ボクの左をゆっくりと歩き始める。ボクはその様子を目線だけで追っているが、やがて生物はボクの横を通り過ぎ、ボクの視界からは確認できなくなった。
トモキチは足こそ止めているが、首を回している時に金属の擦れる音がはっきりと聞こえていた。しかし、生物がこの音に反応することはなかった。カメオの足音にも、この生物は反応を示さない。
次に生物がボクの視界に戻ってきた時、生物はボクの右、シオリとボクの間に、後ろから頭部を覗き出していた。
「シイイィィッッ」
再び、ぬるい風が肩にかかる。すぐ横で、皮に隠れた歯茎が見え隠れする。
「ネエ、シオリ、ンマ」
生物の口は、複数の声を重ね合わせたような、高い声を発した。それも...意味のある言葉を。この生物は、知性を有しているのだろうか...?
「ロン、ンマ」
今度は、さらに高い声で、ボクの名前が聞こえてくる。
「ッタイニ、ウゴカニデ、ンマ」
「...」
今、なんと言ったのだろう?
「トウジョウヤメロハヤ、コカラハナレルゾ」
「...」
「ネムリバガコンナニ、ンマ」
「...」
「イバ、カハシレヒラガ、ンマ」
「......」
ボクは限界まで目を見開いた。胃の中に溜まっていた不快感が、食道を一気に上り、ボクの口内に溢れ出す。
口いっぱいに広がった酸っぱい液体を、零さないように必死に我慢した。
「...」
生物はしばらく黙り続けると、大きな頭を引っ込めて、ゆっくりと巨体を引きずり始めた。
「...」
地面に体が押し付けられる音はだんだん小さくなっていき、ついに聞こえなくなった。
生物がボク達から離れていった後、しばらくしてもボクとシオリは身動き一つ取ることはなかった。身体中の悪寒が消え去るまでには、余りにも時間が必要だった。
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