真冬に熱中症

やしき

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真冬に熱中症

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『とある女子高生が真冬に熱中症で倒れた、何故か?』

 気乗りしない会社の飲み会へ向かう足を、いっそう鈍らせるのは、先週降っていまだ残る足元のシャーベット状の雪だ。零細中小の融通の利かない営業職では、スノーブーツを履く選択肢もなく、足元からじんわりと体温が奪われていく。幹事の先導するままに居酒屋に連行され、上司への労いの挨拶周りを義務として果たした後、営業の癖に付き合いが悪いと、後から陰口を叩かれるのは覚悟の上で、店の片隅を確保する。
 周囲の同じような考えというだけで、大して仲も良くない同僚と他愛ない雑談に興じるが、どの話題も今ひとつ間が持たず、何度も頭上の壁掛けTVを見上げ、居心地の悪さを誤魔化していると、誰かが「『ウミガメのスープ』を知っているか?」と言った。わざわざ飲み会でする話だろうかと思いつつ、会話の尺は稼げそうだと、「え? なにそれ?」と身を乗り出した。仕事でもこれくらいの小芝居を聞かせられれば、もう少し成績も上がるんだろうかと思いながら、男の説明をまるきり知らない素振りで聞く。
『レストランでウミガメのスープを飲んだ後、男は死んだ。なぜか?』
 奇妙な結論から「ウミガメのスープは男の死に関係していますか?」「男は誰かに殺されましたか?」など、はいかいいえで答えられる質問を繰り返し、その結果に至った経緯を導き出す一種の推理ゲームだ。問題が良ければ中々楽しめるが、悪問だと理不尽さだけが残る。とはいえ、元々大して楽しくもない飲み会だ。解散までの残り1時間をどうにかやり過ごせればいい。
「面白そうじゃん。俺も問題出していい?」
 TVから郊外の遊園地のテーマソングが聞こえてくる。時代遅れのキャラクターデザインのクマの着ぐるみが、スケートリンクでぐるぐると回りながら冬休みの親子連れを誘ってプラカードを掲げている。

『とある女子高生が真冬に熱中症で倒れた、何故か?』
「女子高生であることは関係がありますか?」
「はい」
「女子高生が倒れたのは室内ですか?」
「はい」
「女子高生が倒れたのは学校ですか?」
「いいえ」
「女子高生が倒れたのは家ですか?」
「いいえ」
「女子高生は勉強が出来ますか?」
「いいえ」
「女子高生はバイトをしていましたか」
「はい」
「女子高生の部活は関係していますか?」
「はい」
「運動部ですか?」
「いいえ」
「文化部ですか?」
「はい」

 *****

 玄関、マフラー、手袋、コートの防寒具フル装備の妹は、足だけが外の気温に不釣り合いの生足だった。
「里香、お前の学校バイト禁止だったろ」
「着ぐるみバイトだから、誰が入ってるかなんてわかんないって」
「そういうことじゃないだろ」
「こんなワリのいいバイト、滅多にないんだよ」
「金なら出世払いで貸してやるから」
「え~、お兄ちゃん、やさしい~! 無利子?」
「有利子だ、調子乗んな」
「そこに愛はあるんか?」
「ねーよ」
 里香が甲高い声で笑う。
「今、辞めたらドタキャンになっちゃうからさぁ」
 お金の話はまた今度ねと背を向けた妹は続けて、玄関の扉が、あいて、しまった。

 *****

 文芸部の仲間と参加すると張り切っていた同人誌即売会で出版する小冊子の印刷代を稼ぐため、真冬に遊園地のスケートリンクで着ぐるみバイトをしていたから。
 くだらない真相に案の定、場は白けて終わったが、少し離れたテーブルで幹事が一次会の〆の声がけを始めたので、時間つぶしという当初の狙いは充分にはたすことが出来た。
 学校に内緒のバイトだったから、遊園地の着ぐるみには中の人なんて入っていないから、両親が大事にしたがらなかったから、片田舎の事件だったから、理由はわからないが、ろくろく報道もされなかったから本当の事件だったなんて誰も知らないだろう。『本当は倒れたんじゃなくて死んだんだ』と、言わないだけの良識は持っている。
 幹事の求めに応じて、両手を胸の前で構えて一本締めの合図を待ちながら、ふとTVを見上げると、再び流れている遊園地のCMの中で、まだ生きている妹が、スケートリンクの上でくるくると回っている。

【完】
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