虹の樹物語

藤井 樹

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〜46章〜

〜神々の戦い〜

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「コーモス!こっちへ来なさい!」

 村長のフィーニをはじめ、村に残った戦士隊たちとテムの魔女たちは村の外れにある見通しの良い丘の上にいた。

 フィーニは丘の下の広場にて率先して避難誘導をしているコーモスを大声で呼びつける。

 ルーナたちの救出に多くのフロンスマーレの戦士隊が出払っている今、現場の指揮を取れるのはコーモスしかいないようだ。

 名前を呼ばれたコーモスは丘の上を振り返りすぐさま駆け出した。

 全速力で駆けてきたコーモスは額に汗を浮かべ、息を荒げながらもすぐにその輪の中に加わった。

「コーモス。時間がない。端的にお前さんが目にしたものの話をするのじゃ」

 フィーニのその問いに皆、不安げな様子でコーモスが口を開くのを待っている。

「首都ドゥロルパにて巨影神が現れました。炎を撒き散らしながら侵攻しています。その巨影神は恐らくソルマルクの『アイアス』と思われます」

 集められた者たちの間に動揺の波が広がる。戦士隊の一人が恐る恐るといった様子で口を開いた。

「『アイアス』だと?神話の、あの巨影神が?・・・それは確かなのか?」

 コーモスが口を開く前に村長のフィーニが冷たく言い放った。

「議論している余地はない。現に侵攻が始まっていると見ていい。コーモスよ、その巨影神はどのように侵攻しておるのだ?」

 コーモスは気球から見た光景を包み隠さず伝えた。

 その話を聞いた者たちはゾッとした様子でその身を震わせた。

「そんなことが・・・」

 皆絶望した様子で口々にそう呟いている。あのテムの魔女たちでさえ、動揺を隠しきれない様子だ。

「歴史は繰り返す」

 突如、氷のように冷たい声がそっと響き渡った。ギョッとして振り返ると、そこにはプルヴィアがいつの間にやら立っていた。

 特段驚いた様子もなくフィーニが口を開く。

「プルヴィア。話は聞いていたか?」

 その老婦人は静かに頷いた。ワナワナと唇を真一門に結び真っ赤に染まった空を見上げている。

「愚かにも歴史は繰り返す。巨影神が森を焼き大地を踏みならしている。時間がない」

「そうか・・・」と考え込むように俯くフィーニ。

 解決の策もなく刻一刻と時が流れる状況にコーモスは焦り、どうしたものかと思案する。

 するとそこへソルが駆け寄ってきた。その表情は緊張で強張っている。

「ソル!お前、なんでここに?」

 コーモスは驚いた様子でそう尋ねる。とっくに避難していたと思っていたのだ。

「はぁはぁ。・・・僕も、戦う」

 息も絶え絶えなんとか絞り出したソルは膝に手を付き酸素を求め喘いでいた。

「戦うって。できることなんてないだろ」

 コーモスが怒ったように詰め寄るが、村長のフィーニはそれを制してソルに尋ねた。

「ソルや。『アイアス』について知っていることはないか?なんでもいい。侵攻の目的とか、何か活動を止める手立て、とか」

 フィーニのその言葉に集まっていた者たちは期待の目を機械人間へと向ける。

 ソルは授業で何かそのようなことは習わなかったか、と必死に頭を働かせる。

 が、めぼしいことは何一つ思い浮かばず、愕然とした様子で首を横に振った。

「侵攻の目的も『アイアス』を止める方法も、僕にはわかりません・・・」

 期待に満ちた目がどんよりと曇り、深いため息が広がる。ソルは自分の無力さに情けなくなり、小さく謝罪の言葉を口にすることしかできなかった。

 突如、空が真っ赤に輝き、遅れて鈍い地響きのようなものが鳴り響く。

「来た・・・」

 ソルは『アイアス』の気配を感じ取り、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

 生ぬるい風がそっと流れ込んでくる。豊かな大地がどんどんと焼かれているのだろう。

「もうおしまいだ・・・」誰ともなくそう呟くのが聞こえた。

『アイアス』はもうすぐそこまでやってきているのだろう。

 微かだが巨大な何かの足音が大地を伝って響いてくるのがわかる。その気配を察してか、近くの森からは鳥たちが空高く羽ばたいていく。

 また、真っ赤に染まる空に黒い煙が立ち昇り始め、混乱は一気に加速した。

「村長、もう逃げましょう。巨影神はもうすぐそこまで来てます!」

 その煙を見て泣き出しそうな戦士隊の一人が叫ぶ。握りしめた拳がガクガクと震えている。

 フィーニが言葉を発しようと口を開いた瞬間、突如大地が激しく揺れ、分厚い雲に覆われた空が一瞬輝いた。

 あまりの衝撃に皆地面に突っ伏してしまう。

 尻餅をついたソルは『アイアス』のいるであろう方角をじっと睨みつける。

 今にも『アイアス』が顔を覗かせ、真っ赤な瞳でこちらを見据えてきそうだ。

 その様を思い描いたソルはゾッと身を振るわせ慌てて立ち上がる。

 絶望に包まれた村は時が止まってしまったかのようにしんと静まり返っていた。

 パラパラと灰が空を漂い、村中へと降り注ぎ始める。

 と、突如魔女の一人が感嘆にも似た声を上げた。

「おぉ!」

 その魔女は『アイアス』がいる方向とは反対の方を指差して涙を流していた。

「神だ・・・」呆然と呟く魔女。

 魔女の指差す方へと目を向けると、森の向こうの空に巨大な煙が立ち昇っているではないか。古代遺跡ラールーのある辺りだろうか。

 またもや空が一瞬輝いた。今度は暗く重たい雲を駆け抜けるかのように黄金の光が突き抜けていく。重苦しい雲がいくつにも裂け、その割れ目からはそっと光が差し込み始めた。

「神様が助けに来てくださった!」

 歓喜に沸く戦士隊と魔女たち。皆涙を流し喜び沸き立っている。

 ソルは、何が起こったのだろう、とその光景を呆然と見守っていた。

 あの黄金の光は神様の印か何かなのだろうか。

 隣にいるコーモスの方を見ると、コーモスもまた目を輝かせてその光の放たれた方を見つめていた。

「コーモス、神様って?」

 ハッとしたようにソルを振り返ったコーモスは、冷や汗を浮かべ驚いた様子でニヤッと微笑んだ。

「ルナシリスに伝わる伝説。巨神獣だよ。聞いたことないか?」

 ルナシリスの伝説。巨神獣・・・ルーナからもらった本に出てきた、あの?

 空を覆っていた分厚い雲はゆっくりと溶けるかのように晴れていく。

 すっと冷たい風に頬をくすぐられたソルはハッとして空を見上げた。

 遠くの空で黄金に輝く巨大な獣が天を舞っているのを見たソルは呆然と立ち尽くす。

「なんだあれ・・・」

 四つ足のその巨神獣は黄金に輝く巨大な翼を生やし、長細い何本にも分かれた尻尾を風に靡かせ大空を舞っている。

 その巨神獣が羽ばたく度に銀色の風が吹き、どんよりとした雲を優しく溶かしていく。

「あれが、巨神獣・・・」

 ソルは初めて見るその鮮やかで荘厳な姿に身を震わせ高揚した。

「祈りましょう」

 隣でプルヴィアが囁くように言った。それに呼応するかのように誰彼なしに皆が口々に何やら呟き始める。

 プルヴィアを中心に戦士隊と魔女たちは互いに手を取り合い、次第に大きな円を描くように立ち並んだ。

「タ・ウル・フォジューリ・・・タ・ウル・フォジューリ・・・」

 次第に大きくなるその呟きは聞いたこともない魔法の言葉であった。

 手を繋ぎ詠唱を続ける植物人間たちはいつしか結び付き、大地を踏み締める足からは根が張り始めていく。

 荘厳な儀式を思わせるその様はその勢いをどんどんと増していく。

「すごい・・・」

 ゆっくりと小さな芽が伸びていくかのように、交わり合った植物人間たちはゆっくりと一本の木になろうと、互いの身体から伸びた蔓を絡ませ天へと這わせていく。

 ソルが呆然とその儀式を見つめていると、再び空が黄金に輝き天を舞う獣が雄叫びを上げる。それはまるで祝福のように暖かく優しい響きであった。

 それに呼応するかのように悲しみを纏った不協和音を奏でる声が鳴り響き、再び空が真っ赤に染まった。

 地響きが起こり、すぐそこまで『アイアス』がやってきているのがわかる。

「ソル。お前はルーナのところに行ってやれ」

 コーモスは天を舞う獣を見上げながらそう呟いた。

「で、でも・・・」

「ここでお前にできることはないだろ」

 額に流れ落ちる汗を拭いながら、コーモスはふっと笑いソルの肩を叩いた。

 目の前の植物人間たちは今では巨大な一本の木となり、どんどんとその背を伸ばしている。

 もう何度目かわからない。空が真っ赤に光ったかと思うと、鈍い雄叫びのような声が轟きソルは思わず身をすくめた。

 シメイヲハタセ

 頭の中で響くその声はこめかみを突き鈍い痛みを残した。

 うっと頭を抱え後ずさったソルは、何かの気配を感じ思わず後ろを振り返った。

 なんとそこには『アイアス』が顔を覗かせていた。

 その顔は金属で型取られており、肉片が脈打つようにへばりついている。人間で言うところの目に当たる部分は空洞になっており、ゆっくりと赤い光が充満していく。

 耐え難い痛みに苦しんでいるかのように口を開けピタピタと赤い雫を垂れ流す巨影神は、この世のものとは思えないほど醜くそして哀れであった。

「早く行け!」

 コーモスは『アイアス』を見て焦ったようにソルの肩を押した。

「でも、このままじゃ」

「いいから!早く!・・・あいつの側にいてやれ!」

 コーモスのその言葉に、ふっと心の中でルーナの笑う顔が浮かんだ。

「で、でもこのままじゃ・・・」

 と、目の前にいるコーモスの顔が真っ赤に、そして恐怖にかげりソルは慌てて後ろを振り返った。

 巨影神の目が赤く光り、どんどんと大きくなっていく。

「あ!」と、声を上げた瞬間、突如『アイアス』目掛けて銀色に輝く光が吹き付けた。

 その銀色の光を受けて、『アイアス』の真っ赤に腫れあがっていた目はどんどんと小さくなっていく。天を舞う巨神獣が歌うように心地の良い雄叫びを上げた。

 金切り音を上げ後ずさった『アイアス』は空を駆ける巨神獣を睨め上げ、身の毛のよだつ雄叫びを返した。

 全身に脈打つ肉片が激しく動き始め、壊れた機械のように全身を震わせている『アイアス』は今にも崩れ落ちそうである。

 背中を丸め唸るように叫んだ巨影神。その叫びはあまりにも酷く、骨の髄にまで染み渡るほど不快な叫びであった。

 その叫びに呆気に取られ、身を震わせるソルたち。

 断末魔、というやつだろうか。

 突如、『アイアス』の背中がまるで爆発したかのようにパンっと弾け飛んだ。

 追い打ちをかけるかのように天を舞う巨神獣からまたしても銀色の光が放たれる。

 幾重にも吹き付ける銀色の光を浴びた『アイアス』は苦痛に満ちた叫び声をあげ、ついには広大な大地へと崩れ落ちた。

 巨影神の崩れ落ちる音に勝利を確信したソルたちは思わず歓声を上げる。

 が、すぐにまたあの不快な叫び声が響き渡ったかと思うと、パンッパンッと何かが弾ける音が辺りに鳴り響いた。

 身をすくめ、『アイアス』の倒れた方へと目を向けると、ゆっくりと立ち上がったその巨影神は天を見据え歪な咆哮を上げた。

 その叫びに引っ張られるかのように『アイアス』の背中からは翼が生え始める。

 息つく間も無く翼を生やしたその巨影神は大地を蹴り上げ大空へと羽ばたいていく。

 神々の戦いが始まった。

 それはあまりにも激しくそして悲しい戦いであった。

『アイアス』の放つ赤い光線は空を駆け巡るかのように飛んでいく。それに対抗するかのように巨神獣は雄叫びを上げながら銀色の光を放つが、自由の翼を得た『アイアス』はそれを難なくかわす。

 ものすごいスピードで空を駆ける『アイアス』は金切り声を上げながら巨神獣目掛けて突進していく。

 巨大な翼をひるがえしその特攻をかわそうとした巨神獣であったが、逃げ切れずに『アイアス』に捕まってしまう。

 もつれあいながらゆっくりと落ちていく神々。

 その光景を呆気に取られて見守っていたソルたちであったが、すぐにハッとした様子で見つめ合った。

「ソル、ルーナのところに行ってやれ。俺はここでみんなと一緒に祈りを捧げる」

 完全に一体化した様子の巨大な木を尻目にコーモスはそう呟いた。

 天まで届け、と言わんばかりにどんどんとその背を伸ばしている。

「・・・わかった」

 ソルは静かに頷くとコーモスへと手を差し出す。

 その手を強く握り締めたコーモスはニヤリと笑った。

「またな」

「うん、また」

 二人は短く別れを告げるとすぐに互いに走り出した。

 振り返ることはせず、ただ一心に、今自分にできることに奔走した。
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