虹の樹物語

藤井 樹

文字の大きさ
上 下
45 / 57
〜44章〜

仮初めの光

しおりを挟む
 城は崩落した。

 大地にポッカリと開いた巨大な口に飲み込まれるかのように、その周辺にあった例の鉄の塊も次々と流れ落ちていった。

 そして、復活した。

 轟々と立ち昇る煙と共にゆっくりと起き上がったその巨大な影は、ギシギシと不気味な音を発している。

「もういい。行くぞ」

 フランマはそう言うと不機嫌な様子で歩き出した。

 周りにいる兵士たちにも同じように避難するよう指示をしているようだ。

 その巨大な影はまるで、この世の全ての不幸を見に纏い、己の運命を憂いているかのように鈍くうめき声を上げながら侵攻を始めていた。

 人工神が一歩踏み出すたびに、踏み締められた大地は焼かれ、真っ黒な煙が立ち昇る。

 これが・・・人工神『アイアス』。

 トットはゆっくりと歩き出した人工神の背中を呆然と見つめていた。

 これからこの国の人たちは、遠くから段々と大きくなっていく足音に目を覚ますのだろう。

 そして、気がついた時には巨大な影のその眼に睨まれて、自身の最期を悟るのだろう。

 なんて、残酷なことなのだろうか。

 そして、俺はそれをただ安全なところから見ている。ただ、それだけだ。

「トット!」

 ハッとして振り返ると、兄のフランマが顔を怒らせて自分のことを呼んでいる。

「ここもいつ崩れるのかわかったもんじゃない。早く行くぞ」

 その声に慌ててその場から逃げ出すトット。

 フランマのいるところまで辿り着くと、トットは困ったように声を荒げた。

「に、兄さん。あんなの、まずいんじゃないか?」

 真っ黒な煙を立ち昇らせながら歩く人工神の背中を思い浮かべ、顔を顰めたトットは弱々しくその場にへたり込んでしまった。

 その傍に静かにしゃがむとフランマは労わるようの弟の背中をさすった。

「この星のためだ。お前も知ってるだろう」

「で、でも・・・」

 ふと誰かの気配を感じ、ハッと振り返る二人。

 そこには将軍のディラエが凛とした表情で立っていた。

 こんな前線になぜ、将軍が?

 慌てて立ち上がったトットとフランマは背筋を伸ばし敬礼をする。

「フランマクス・クレド。それに、ウェンティトット・クレド。それはいい、楽にしろ」

 ビシッと敬礼をする二人にうんざりとした様子でそう言ったディラエは、気だるそうに遠くの空を見上げた。

 その目線の先には人工神の恐ろしい背中があった。

「クレド兄弟よ。あれは恐ろしい。お前たちの心に生まれた恐怖や罪悪感、それは間違ったものではない。正直なところ私自身、罪の意識に押し潰されそうだからな」

 ディラエはそう言うと木に背中を預けゆっくりとタバコを咥えた。

 慌てて火をつけようとするフランマをめんどくさそうに手を上げて制したディラエは、ふぅっと真っ白な煙を吐き出し話を続けた。

「あの影はこれからたくさんの植物人間たちを焼き殺すだろう。抵抗する術なんてあるはずもない。残酷な話だ。そして、それを実行したのは我々ソルマルク帝国だ。我々は罪を犯した」

 フランマとトットは口を挟めるわけもなく、ただただディラエの話に耳を傾けている。

 その間にも人工神は着実に悪魔の業火でルナシリスを焼き尽くしている。

 将軍は何を言いたいんだろう。

 トットはごくりと生唾を飲み込んだが、その質問が口を衝くことはなかった。

 その思いを知ってか知らずか、ディラエは次のように続けた。

「しかし、もう二度と争いのない世界を創造するためには仕方のないことだ。我々の犯したこの罪が人類にとっての最後の罪だ」

 ディラエはそう言うと吸い終えたタバコを放り投げ、二人の方へと向き直る。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、二人は身を凍らせた。

 恐ろしく澄んだ、凛とした瞳であった。

「我々人類はいつまで経っても愚かだ。だからこそ、神の支配の下、慎ましく生きるべきであった。しかし、我々は驕り高ぶり神の逆鱗に触れた、見放された民の末裔だ。もう神々が帰ることもないだろう。それならば、仮初めの神であったとしても、あの人工神『アイアス』の下に、慎ましく生きるべきなのであろう」

 さぁ、もう行こう。とまるで弟たちに語りかけるかのように優しい表情を浮かべたディラエは二人の背を押した。

 ぎこちない足取りで船へと引き上げるトットたち。

 背後ではゆっくりと遠ざかっていく巨大な足音が鳴り響き、時折咆哮のようのなものが聞こえてくる。

 トットはグッと歯を食いしばり、何だかよくわからない感情でいっぱいになっていた。

 ようやく船へと辿り着く。フランマはディラエ将軍からたくさんの指示を受け取ったようで、慌ただしく駆け出していった。

 トットは船のデッキにて一人、ただぼんやりと煙混じりの空を見上げていた。

「ウェンティトット」

 ふと、ディラエ将軍がトットの名前を呼んだ。

「は、はい」

 声が上ずりそうになるのを必死に抑えながら、敬礼をするトット。

 そんなトットにディラエはゆっくりと近づくと、優しく肩に手を置いた。

「私も、虹が見てみたかったよ」

 ディラエはそう言って困ったように微笑むと、すぐにいつもの厳しい表情に戻り足早にその場を去っていった。

 一人取り残されたトットは溢れ出る感情に身を任せ、いつまでも動けずにいた。

 夜の存在しない国にゆっくりと影が落ち始める。

 見えるはずのない星に、トットは密かに願いを込めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部

Hiroko
ファンタジー
異世界に行けると噂の踏切。 僕と友人の美津子が行きついた世界は、八岐大蛇(やまたのおろち)が退治されずに生き残る、奈良時代の日本だった。 現在と過去、現実と神話の世界が入り混じる和の異世界へ。 流行りの異世界物を私も書いてみよう! と言うことで書き始めましたが、どうしようかなあ。 まだ書き始めたばかりで、この先どうなるかわかりません。 私が書くと、どうしてもホラーっぽくなっちゃうんですよね。 なんとかなりませんか? 題名とかいろいろ模索中です。 なかなかしっくりした題名を思いつきません。 気分次第でやめちゃうかもです。 その時はごめんなさい。 更新、不定期です。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

処理中です...