虹の樹物語

藤井 樹

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〜40章〜

誇り高き海賊

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 真っ白な煙をもんわりと吐き出す城は、たくさんの植物人間たちを吐き出していた。

 疲れ切った様子ではあったが、久しぶりの陽光の下、目を輝かせながら走る少女たち。

 最後の一人が避難するのを確認した後、ソルとコーモスはジメジメとした牢を後にしようと、壁にポッカリと開いた穴の方を振り返った。

「はー、これで一件落着だな」

 コーモスは首をボキボキと鳴らしながらそう呟く。

「僕たちも早くここを出よう」ソルは疲れた様子でため息混じりにそう吐き出す。

 二人は視界を遮るほどの強烈な光を放つその穴へと向かって歩き出した。

「ちょっと待ちな」

 突然、見知らぬ男に呼びかけられた二人はハッとして振り返る。

 突如ソルは脇腹に強い衝撃を受け、気がつくと冷たい牢の石床に叩きつけられていた。

「うっ」

 あまりにも一瞬のことで何が起きたのか。どうやら海賊の残党がまだいたようだ。

 脇腹を蹴られたのだろう。息が詰まり目には涙が浮かんでくる。

「ソル!」

 コーモスは慌てた様子でソルの方へと駆け寄ろうとするが、海賊の残党はそれを許さなかった。

「おっと、次はお前だ、よ!」

 その海賊はコーモスの顔面めがけてパンチを繰り出した。が、コーモスは間一髪、なんとか身を翻してそれをかわすとすぐに反撃に転じた。

「おーおー、意外とやるじゃないか。まだ子供だと言うのに」

 その海賊はまるで嬉しそうに余裕綽々といった様子でコーモスのパンチをかわすと、少しばかり後退りニヤニヤとした表情を浮かべた。

 背の高いその海賊は高級そうなコートを見に纏い、首元にはジャラジャラとした首飾りが光らせている。

 長い髪は油を塗っているのか、外から差し込む光にテラテラと輝きを放ち、綺麗に整えられた髭はある種の威厳を感じさせた。

 コーモスはその海賊はを見て、只者ではないと結論づけた。恐らくこれまでの海賊たちよりも階級が上なのだろう。

 余裕たっぷりの笑みを浮かべる海賊を睨みつけながらも、今自分達が置かれている状況にコーモスはゾッとした思いを抱えた。

「ふん。お友達はいいのか?」

 コーモスの心情を知ってか知らずか、顎でソルの方をしゃくった海賊は葉巻を取り出したかと思うと、優雅に煙を燻らせ始めた。

 警戒した様子で、じっとその海賊から目を離さずにソルの方へと近づいたコーモスは、脇腹を抑えてうずくまるソルの側にしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?」

 ソルは弱々しく頷くと、恐ろしいほど冷たい床に手をつきなんとか立ち上がった。

「お前たち、誰だ?名前は?」

 海賊は旨そうに煙を吐き出すとソルたちにそう問いかけた。

 それに答えることはせずただじっと睨みを効かせるコーモス。

 今度は呆れたように煙を吐き出した海賊は葉巻を足下に投げ捨てた。

「はぁ。近頃のガキは礼儀がなってないな」

 そう言いながら足下の葉巻をジリジリと踏み躙る。その顔には海賊特有にニヤニヤとしたいやらしい笑みを浮かべていた。

「離れてろ」

 ソルはフラフラと壁の方へと背を預けたが、あまりの痛みにすぐさまズルズルと床へへたり込む。

 コーモスは心配そうに眉を顰めソルの方を見遣ったが、すぐに目の前の海賊と対面した。

「俺はコーモス・ルート。フロンスマーレの戦士だ。お前はヴィヴィリアン海賊の一味。そして、お前はしくじった。ふん、残念だったな」

 ありったけの勇気を自らの中から振り絞り、大声でそう言い放ったコーモスを見て、その海賊は一瞬驚いたような表情を見せたが、またすぐに口の端を吊り上げたかと思うと、大きな声で笑い出した。

「はっはっはー。大したもんだ。まだガキだって言うのに。この状況で海賊目の前にそれだけ啖呵切れるってんなら将来有望だな。ただのガキってわけじゃないみたいだな。大したもんだ。・・・ただ、一つだけ間違いがある」

 そう言ってゆっくりとコーモスの方へと近づくと、その海賊は恐ろしいほど静かな声でこう言った。

「俺はヴィヴィリアン海賊の一味じゃねぇ。・・・この俺が、キャプテン・ヴィヴィリアンだ」

 ヴィヴィリアンはそう言うと、恐ろしく素早い動きであっという間にコーモスのことを壁に押し付けた。

「この俺がお友達を連れて逃げるチャンスを与えてやったっていうのに、なんで逃げなかった?万が一にでもこの俺に勝てるとでも思ったか?

 いいか。よく聞け小僧。勇敢なのはいいことだ。だが、喧嘩の相手はよく見極めなきゃならねぇ。逃げるも勇気だ。時にはしょんべん撒き散らしながらでも逃げなきゃならねぇ」

 コーモスの腕を捻り上げながら耳元でそう囁くヴィヴィリアン。

「この世に奇跡なんてものはねぇんだ。その一瞬の勘違いで大切なものを失う。過去はもう取り戻せねぇ。道を間違えたら、もう戻れねぇんだ」

 コーモスの後ろ蹴りを軽くいなしたヴィヴィリアンは話を続ける。

「お前が本当に大切なものを守りたいって思うんだったら、そのちっぽけなプライドをさっさと捨てて賢く生きろ。この痛みはその教訓だ。よくよく覚えておくんだな」

 そう言ってコーモスのことを解放したヴィヴィリアンは、ドカッと地面に腰を下ろすと再び葉巻を取り出して口に咥えた。

 なんだかその表情は嬉しそうであり、また、どこか呆れたようであった。

 コーモスは痛む腕を抑えながらじっとヴィヴィリアンのことを見据えた。

「コーモス!」

 ソルは壁伝いにコーモスの方へとなんとかにじり寄ると「大丈夫?」と不安げな顔でコーモスの腕を見た後、恐怖に身開かれた目をヴィヴィリアンへと向けた。

 先ほどの会話はソルには聞こえていなかったのだろう。

 ヴィヴィリアンは自分達のことを見逃してくれるのだろう。

 そして、生きる上で大切なことを教えてくれた。

 ヴィヴィリアンの言葉を回想しながらコーモスは静かに頷いた。

 悠々と煙を巻く海賊の長はじっと自分のことを見据えている。

 お前はどう生きる。

 その目はそう問いかけているようだった。

「行くぞ」

 コーモスはソルの背中を押して、暗い牢に開いた大きな光の中へと足を運んだ。

 ソルは何が何だかと言った様子でキョロキョロと背後を振り返っているが、コーモスは振り返ることはしなかった。

 爽やかな風がすぐさま頬をくすぐり、なんだか生きているという実感を初めて感じた。

「ルーナたち、どこだ?」

 長い間捕らえられていた無数の少女たちはルンルンとした足取りで陽光を浴びている。

「あ、あそこだ!」

 ソルはすぐさま見つけたようだ。

「さすが機械人間だな」

 ニヤリと笑ったコーモスはルーナたちの元へと、ソルとともに駆け足で向かった。

 

「俺も歳を取ったってことかねぇ」

 海賊の長ヴィヴィリアン・ディエピディオクシは葉巻を咥えぼんやりと煙に巻かれていた。

 さっきの若造、コーモス・ルートって言ったっけ。

 まだ青臭い瞳を思い返しふっと笑みをこぼしたヴィヴィリアンは、さてどう言い訳したものかと思案していた。

「あの女将軍はおっかねぇからなぁ。俺もさっさととんずらすっかな」

 ヴィヴィリアンは一人そう呟き立ち上がると、プカプカと煙を吐き出していた葉巻を暗闇の中へと投げ捨てた。

 壁に開いた巨大な穴から差し込む光に目を細めながら城を後にすると、遠くの方で解放された少女たちが嬉しそうに陽光を浴びているのが目に入った。

「ふん」

 ヴィヴィリアンはそそくさとその城を捨て首都ドゥロルパとは反対の方向へと歩き出した。

 久しく忘れていた爽やかな感情が髪を揺らすそよ風に乗って心の中へと流れてくる。

「歳を取るってのも、悪くはないな」

 そう言って自虐的に笑ったヴィヴィリアンは再び葉巻を口に咥えると、そよ風に煙を預けトボトボと一人歩いていた。

 と、突如轟音と共に大地が激しく揺れ足元がふらつく。

 振り返ると先ほどまでいた城が大きく傾いているではないか。

「小僧、やりやがったな」

 ニヤリと思わず笑みをこぼしていたヴィヴィリアンであったが、何かの気配を察知し眉を顰めた。

 すぐに二度目の衝撃が大地に走り、思わず尻餅をついてしまったヴィヴィリアンは目の前の光景に愕然とした。

 城が崩落し大地が陥没したかと思うと、その周辺の大地へと亀裂が走り城を取り囲むようにして配置されていたソルマルク軍の物資までもが飲み込まれていった。

 そうしてすぐに、この世のものとは思えない悍ましい声を聞いた。

「おいおいおい、なんだよあれ。聞いてないぞ」

 それは、まるで地獄から這い出してきた鬼を想起させるものであった。

 ヴィヴィリアンは割れた大地から這い出してきた巨大な影に驚き、また久しく忘れていた恐怖というものを自覚した。

「ふざけんなよ。あのクソ女将軍が。そうか、あれを作るために・・・巨影神を復活させやがったんだ」

 耳をつんざく凄まじい咆哮を放つその巨大な影はゆっくりと立ち上がると、首都ドゥロルパの方へと行進を始めた。

「クソが!」

 ヴィヴィリアンはそう吐きながら巨影神とは反対の方向へと走り出した。

 心の中を支配する恐怖から逃れるかのように、ヴィヴィリアンはひたすらに走った。
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