虹の樹物語

藤井 樹

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〜37章〜

魔女の憂鬱 その四

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「まったく。嫌になるわ」

 首都ドゥロルパの海岸沿いに停泊するソルマルク軍の船に忍び入り、さまざまな機密事項を盗み見た魔女は、あたふたと郊外に張った自身のテントまで駆け抜けてきた。

 その後ろを小さな足跡が軽快に後をつける。。

 急いでテントに入り乱雑に収められた自らの衣服を乱暴に引っ張り出すと、それらをベッドに投げやり深いため息をついた。

 ふぅっと深呼吸をし自らにかけた魔法を解いていく。そして、深い深いため息をもう一息。

 あらわになった素肌にさっと衣服を羽織るとすぐさまタバコを取り出し口に咥えた。

「・・・ほんっと信じられない」

 憤慨した様子でタバコを吹かしながらテント内を行ったり来たりとする魔女。

 と、何もいないはずの空間から猫の鳴き声がひと鳴き。

「あら、ごめんなさい」

 その魔女はそう一人でに呟くと鳴き声のした方向へと手をかざしクルっと捻った。

 すると、じんわりと黒い影が浮かび上がり、やがてその影は小さな黒猫へと姿を変えた。

 その黒猫はとぼとぼとベッドへと向かうとすぐに丸くうずくまり大きく欠伸をした。

「この言葉を使うのがもう何回目になるかわからないけれど・・・世も末ね」

 タバコを口に咥えたままそう呟く魔女を不思議そうに見守る黒猫は、再び大きな欠伸をするとぎゅっと目をつむり難しい顔をした。

〔使命を果たす時が来たようだな〕

 心の中に重厚な声が響く。

 その声にふふっと微笑んだ魔女は意地の悪そうな顔で言った。

「使命を果たしたとしてもお生憎様。あそこには行かないわ」

 残り僅かとなったタバコを黒猫の方へピンと弾き飛ばすと、黒猫は目にも止まらぬ速さでそのタバコを叩き落とした。

〔偏屈な魔女め。その体にその命を宿しておくことはさぞかし骨折りだろうに〕

 クックックとまるで笑ったかのような表情をした黒猫はそれ以上何も言うことはなく、静かにまどろみ始めた。

 すっかり眠りこけた黒猫を静かに見下ろす魔女。

「私は私」

 自らに言い聞かせるかのようにそっと呟く。

 シニコローレはゆっくりとその黒猫の傍に身を滑らせると、ベッドに体を預け静かに目を閉じた。

 また長い旅になりそうだ。

 とは言っても魔法の力でちょちょいのちょい、なんだけど。

「十八分したら起こして。そうしたら遺跡までひとっ飛び!いいわね、十八分よ。十八分!」

 シニコローレはそう黒猫に告げると一瞬にして深い眠りに落ちた。

 魔女の傍、黒猫は静かに「ニャー」と鳴きそっと瞳を閉じた。
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