虹の樹物語

藤井 樹

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〜35章〜

枯れゆく乙芽

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「ワクス・ソズ・ノイロ。ワクス・ソズ・ノイロ」

 ジメジメとした空気が涙と混ざり合い、永遠とも思われる時間が流れていた。

 国中から捉えられ監禁されている植物人間の乙女たちは、涙も枯れ果て自らが枯れていくのをただじっと待つのみであった。

 一人、また一人とその芽が枯れていくのをなす術もなく見守る中、ルーナは一人必死に魔法を唱え解決の糸口を見出さんと躍起になっていた。

「ルーナ。・・・ルーナ!」

 ハッとして自身の名を呼ぶ声の主を振り返る。

「いい加減、落ち着いてよ」

 親友のロキエッタはうんざりとした様子で小さく呟く。

「魔法が使えないってもうわかったでしょ?呪術みたいで耳障りだからもうやめて」

 ロキエッタのその物言いに思わず吹き出すルーナ。それを見てまた眉を顰めるロキエッタ。

「ロキー。キチガイを見るみたいな目で見るのはやめて。・・・何か糸口がないか、探してるのよ」

 ルーナはそう言うとゆっくりと立ち上がる。

 すでに体力は限界を迎えつつあった。

 ルーナの芽も枯れ果てる寸前だ。

 が、絶対に生きて帰るんだ、という強い意志が彼女を支えていた。

「糸口って言ったって。・・・私たちにできることなんて何もないじゃない。さっきだってこの部屋くまなく調べてみたけど、何にもなかったでしょ?」

 呆れたようにそう言うと深い深いため息をつき、ガクンと項垂れた。

 確かにロキエッタの言うとおりだ。

 捕らえられてからというもの、どこかに逃げ口はないか、何かここにいるみんなを解放する術はないか、と忙しなく動き回ったのだが結局のところなんの収穫もないままであった。

「ロキー」

 優しく寄り添うように声をかける。

 ロキエッタは俯いたまま「何?」と気だるそうに返した。

「何かいい案でもないの?あなたよく家の手伝いサボって抜け出してたじゃない」

 半分懇願するように、半分面白がるようにそう尋ねるルーナに、ロキエッタはイライラとした様子で言い放つ。

「何それ。はぁ。もう怒る元気も残ってないわ。あのね、ここは監禁部屋なのよ。子供の悪知恵で抜け出せるほど優しくはないわ」

 何やらぐちぐちと悪態をひとしきり吐いたロキエッタは、凝り固まった体をほぐすかのようにんんーっと両手を上げ背中を伸ばした。ボキボキッとこれまでの疲労を訴えるかのように関節が鳴る。

「それに、愛しの機械人間が助けに来てくれるんでしょ?」

 首をゴキゴキとやりながら気だるそうにそう投げかけるロキエッタ。

『愛しの』という言葉にパァーッと顔面に血が昇るのを感じたルーナは慌てて口を開いた。

「やだ。愛しのなんて、違うわ。か、彼は友達よ!」

 真っ暗な部屋の中でよかった。きっと今自分の顔は真っ赤になっているだろう。

 愛しの?そんなこと考えたこともなかった。

「やだ、何ムキになってるの。ほんの冗談じゃない」

 意地の悪そうな笑顔を浮かべていることだろう。ロキエッタのその物言いは心底楽しんでいる様子だ。

「今冗談を言ってる場合じゃないでしょ?こんな状況なのに!」

 ロキエッタの肩をパシンと叩き「早くなんとかしなきゃ」とこれまで以上に忙しなくウロウロとし始めるルーナ。

 そんなルーナをニヤニヤと眺めるロキエッタ。

「はぁ。・・・キューピッドにでもなってあげましょうか」

 よいしょっと立ち上がったロキエッタは、あてもなく彷徨う親友の背中にそっと手を当てる。

「諦める才能がないって大変ね」

 ロキエッタはそう言って気だるそうにニヤリと笑った。

 壁に指を這わせ、どこかにこの難局を紐解く裂け目はないだろうか。

 暗闇の中を再び手当たり次第に漁っていた二人であったが、すぐに諦め座り込んでしまう。

 すると、突如乱暴に扉が開け放たれた。また海賊が女の子たちを攫ってきたのだろうか。

 入口の辺りへと目を向けると、そこには人影が二つ、手に槍のようなものを携えて仁王立ちしていた。

「おい、お前ら。列を作って並べ」

 男は容赦ない物言いでそう指示をする。

 皆、疲労のためか理解が追いついていかない。息も絶え絶えといった様子で地面にへたり込んだままだ。

「おい!早くしろ!」

 男の怒声にビクッと体を震わせた少女たちは慌てた様子で言われた通りに列を作り始める。

 そのうちの何人かは一人で立ち上がる事もままならず、仲間の手を借りて何とかその列まで歩みを進めていた。

 ルーナとロキエッタはその男たちを刺激しないようさっさと列に並び、次に何が行われるのか、固唾を飲んで見守った。

 少女たちの列をゆっくりと練り歩いていく男たち。

「お前、こっちだ。お前も。んー、お前はこっちだな」

 何やら二手に分けられているようだ。入り口に一つ、部屋の奥の方にまた一つ。

 ルーナとロキエッタはそれぞれ別のグループへと分けられてしまった。

 何が起きるんだろう。

 全員の選別が終わったのだろう。男たちは満足げに頷き、入り口側に集められた少女たちに顎で外へ出るよう指示をする。

 その中にはロキエッタも含まれていた。

 こちらを振り返るその目は恐怖に見開かれている。

 ルーナは慌ててロキエッタに駆け寄ろうとしたが、男のうちの一人に止められる。

「安心しな、殺しは死ねぇし、痛い事もねぇ。すぐに返す」

 男はぶっきらぼうにそう言い放つとさっさと少女たちを連れて出ていってしまった。

 男のその言葉にひとまず安堵のため息をついたルーナであったが、それでもどうしたものかと頭を悩ませた。

 どうして半分に分けられてしまったのかしら。

 ロキエッタも行ってしまい、やることのなくなったルーナはカラカラになった体を抱えて静かにうずくまった。

 話し相手もいなくなってしまったのもあり、すぐに睡魔が忍び寄ってきた。

 男はすぐに返す、と言っていた。

 ロキエッタが戻るまでの間、少しばかり休んで体力を温存したほうがいいかもしれない。

 ルーナはそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと地面に身を預け目を閉じた。

 すぐに途方もない疲労感に襲われ、ルーナは絡め取られるかのように深い眠りに落ちた。

「ルーナ、ルーナ!起きなさい!」

 自身の体を無遠慮に揺するこの手はロキエッタのものだろう。

 ゆっくりと体を起こし目を擦る。深い眠りだったのだろう。まだ頭がぼんやりとする。

「まったく、人が大変な目に遭ったっていうのに。しかもこんな状況でよく寝ていられるわね。長生きするわ、あんた」

 呆れたように笑ったロキエッタはルーナの隣に腰を下ろしゆっくりと背中を壁に預けた。

 大変な目にあった!

 慌ててロキエッタの方をしっかりと見据えるが、隣に座り込む彼女はほんのりと笑っている。

 どうやら無事のようである。が、何か違和感を感じる。

「あれ、ロキー、あなた」

 苦々しげに笑ったロキエッタは皮肉混じりに言った。

「やっと気がついた?切られちゃったのよ、髪。しかも芽も持ってかれちゃった。あーあ、これで婚期を逃しちゃうかもなぁ」

 ロキエッタは短くなった髪をバサバサと振ってみせると、深いため息をつきそんなことを言った。

「連れていかれた子たちは、みんな?」

 入り口から一人また一人と少女たちが帰ってきている。皆、髪が短く切られており項垂れていた。

「そう。全員。それだけ。それだけ、なんだけどねぇ」

 物憂げに悲しそうな顔をしてロキエッタはルーナの髪を羨ましそうに撫でた。

「最初のグループが終わったらすぐに次の残りって言ってたわ。痛くもないし怖くもなかったけど、やっぱり辛いものがあるわね。麗しの乙女としては」

 そうか。海賊たちは私たちの芽を集めているんだ。

 集め終わったら解放してもらえるのかもしれない。

 ・・・でも、なぜ芽を?

「ちょっと!人がせっかく場を和ませようとおどけてみせたのに。無視するなんてひどいわ」

 ロキエッタがコツンとルーナの頭にゲンコツを乗せる。

 思考が途切れ、隣にいる親友と目が合う。

「あ、ごめん。ちょっと考え事が」

 それを聞いたロキエッタは呆れたように肩をすくめた。

「ルーナらしいわね。・・・心強いわ、ハハ」

 ロキエッタは疲れ切ったのか、それ以上何も言わず静かに虚空を見つめていた。

 暗い室内に戻ってくる少女に続き、先ほどの男が再び現れ大声で言った。

「残りは全員、外に出ろ」

 今度は皆首尾よく立ち上がり、すぐに入り口の方へと集まっていく。

「辛いことだけど、仕方ないわ。すぐに終わるから頑張って」

 ロキエッタはそう言って優しく微笑んだ。

 これから何が起きるのか、先にわかっているだけ自分はマシだ。

 ロキエッタは何が起こるのかもわからないまま連れて行かれたのだ。

 その時の恐怖は想像絶するものだっただろう。

 薄暗い部屋から連れ出されるさなか、ルーナは無理やりにでも笑顔を作り、親友へと手を振った。

 そんなルーナを見送ったロキエッタは深いため息をついた。

「はぁ。もうこんなとこ、早く出たい」

 ロキエッタは膝に顔を埋め、一人しくしくと涙を流した。
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