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〜34章〜
創造主
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「お疲れサマ。どうだったカナ?」
わらわらと帰り始める観客に押し出されるように会場を後にしたソルは、すぐにミッキー・シックスと落ち合った。
「ミッキーさん!どこ行ってたのさ!ほんとにすごかったよ!なんというか・・・とんでもなくよかった!」
ソルは興奮のあまりミッキー・シックスに抱き付き、大声で叫んだ。
「ハハハ、それはよかった。キミに見てもらえてよかったヨ」
驚いた様子のミッキー・シックスは優しくソルの背中を叩き、そっと身を引き離した。
「ラ・フェスタは何か言ってたカイ?」と耳元で囁く。
二人を避けるように蒸気を放つ観客たちがわらわらと帰っていく。
皆興奮冷めやらぬようで口々にショーの感想を熱く語り合っている。
ソルが何か言う前に、ミッキー・シックスはソルの腕を引き外へと連れ出す。
その間ソルは飛び跳ねんばかりにその興奮をわちゃわちゃと伝えようとしていたが、喧騒に飲まれたその想いはミッキー・シックスへは届かなかった。
ギラギラとした建物からは人々が無限に吐き出されていく。その中をソルたちもまた押し流されるように吐き出された。
まるで二人の帰りを待っていたかのように、一頭の馬がノロノロと近づいてきた。
ヨイショ、と軽快にその馬の背中に飛び乗ったミッキー・シックスはソルへと手を差し出した。
「話は歩きながら聞こう」
その手を取ったソルはなんとか馬の背によじ登りしっかりと捕まった。
たった今見たショーがどんなに素晴らしかったのか。何を感じ何に感動したのか。ソルはとめどなくその想いをミッキー・シックスに話し続けた。
その間、彼はただ相槌を打つのみで楽しそうに笑っていた。
頬をくすぐる夜風が冷たくてとても心地が良い。
「そういえば、最後にラ・フェスタが『命は永遠で命は一つ』だって言ってた。永遠ってのはフォスニアンの人たちが生まれ変わって生きているってことなのはわかるけど、一つってのはよくわからなかったなぁ」
うーん、と首を捻りながら、冷静になりつつある頭でぼんやりと考えるソル。
生まれ変わってフォスナで生きる。・・・あれ・・・。
ソルは突如、頭にポッカリと浮かび上がった疑念を尋ねずにはいられなかった。
「ねぇ、ミッキーさん!聞きにくいんですけど、フォスナってもしかして・・・死後の世界?」
ソルのその問いにミッキー・シックスはハハハ、と大声で笑い出した。
ヒーヒー言いながら目に涙を浮かべているようである。慌てて馬を止め飛び降りるミッキー・シックス。肩をプルプルと振るわせながらその場に座り込んだ。
「あ、あの・・・」
ソルはおずおずとミッキー・シックスを伺う。
もしかして怒らせた?
笑い過ぎて苦しそうに身を捩らせていたミッキー・シックスは息も絶え絶えなんとか口を開いた。
「ソルクン。僕たちは、ハハ、死後の世界の住民じゃ、ないから安心していいヨ。アハハ」
ふぅふぅ言いながらなんとかそう言ったミッキー・シックスはまるで病気になったかのようにいまだにニヤニヤと思い出し笑いを堪えているようだ。
「ちょっと待って」
そう言い出すと慌ててタバコを取り出し口に咥える。火をつけ一思いにそれを吸い込むと、先の方が真っ赤に燃え上がった。
ふぅっといつもより深く煙を吐き出したミッキー・シックスはやっと落ち着いたようだ。
笑い過ぎて疲れたのか、はぁっと深くため息をついていた。
「さっきの話に補足するとネ。フォスニアンは確かに一度死んでいる。いわゆる前世ってやつだネ。で、前世で使命を果たした人は神の子としてここフォスナに生まれてくるんだ。いわゆる前世から見た時の来世ってやつ。・・・ここまではわかるカナ?」
ソルはおずおずと頷き話の続きを待った。
前世で使命を果たした人、か。
ミッキー・シックスは再びタバコを口に咥えるとそれをゆっくりと吸い込んだ。
「ふぅー。で、別に僕たちは幽霊でもなんでもなくて、命っていうものは永遠に死と生を繰り返していくものなんだ。いわゆる輪廻って言われている。幽霊ってのは死んだ後もその場所と時間に彷徨い続けることになってしまった可哀想な命なんだ。その命は誰にも救えない。だって自ら命を放棄した者たちだからね。・・・ちなみに、その命の輪廻はキミたち機械人間も植物人間も同じだヨ」
さっさと吸い切ったタバコを残念そうに見つめたミッキー・シックスはポイッと捨て、ソルのことを見やった。
「だからこそしっかりと今の生を堪能するんだヨ。いいネ?」
さっと馬に飛び乗ったミッキー・シックスは「さぁ、行くヨ」と言ってソルの手を取った。
ソルは黙って頷き馬に乗ったが、頭の中ではミッキー・シックスの言った言葉がぐるぐると巡っていた。
命は生と死を繰り返す輪廻。
使命を果たした人はフォスニアンとして生まれ変わる。それも前世の記憶を持ったまま。
フォスニアンの前世は?機械人間?それとも植物人間?僕の前世は?
使命を果たせなかったら?
きっとまた機械人間、もしくは植物人間に生まれ変わるのだろうか?
まぁ、幽霊じゃなきゃなんでもいいか。
・・・ん?
なんだかよくわからなくなってきた。そもそも彼の言う事は真実なのだろうか。
彼はよく自分は神の子孫と言うが、一体どういうことなのだろうか。
ソルは考えることに疲れ、体の倦怠感を意識した。
珍しく大声を上げ続けていたせいであろう。ふと自覚すると途端に全身の疲労を感じた。
「ミッキーさん。今度はどこ行くんですか?」
パカパカと馬を駆るミッキー・シックスは振り返ることなく言った。
「そろそろ帰らないとネ。キミの友達が待っている」
ミッキー・シックスのその言葉にソルは愕然とした。
・・・そうだ。ルーナを助けに行かないと!
まるで夢心地のような気持ちでフォスナでの時間を過ごしていたソルであったが、突如現実に引き戻された。
どのくらいの時間が経ってしまったのだろうか。
なぜこんなにも道草を食ってしまったのだろうか。
・・・ルーナは、無事だろうか。
「ミ、ミッキーさん。どのくらいの時間が経ったんだろう。ルーナは無事かな」
急にソワソワといても経ってもいられなくなったソルは慌てて目の前の背中に問いかける。
「ルーナっていうんだ。可愛い名前だネ。大丈夫だよ。ここからは少し距離があるけどあっという間サ。」
しっかり捕まってて、と言うとミッキー・シックスは馬を駆り立て帰路を急いだ。
夜が明け朝日が世界をキラキラと照らし出している。
ソルは見知らぬ小さな家の前まで辿り着いていた。
ウッドデッキが迫り出した小ぶりの家は、ルナシリスともまた違った出立ちの木で作られた家であった。
「ここ、ボクの家なんだ。・・・時間がなさそうだしおもてなしはまた今度ネ」
ミッキー・シックスはそう言うと「さぁ、こっちへ」と家の脇へと誘った。
うっすらと雑草の生えた小道を行くと、家の影に隠れるようにして厩舎のような大きな建物が建っていた。
「キミにプレゼントだヨ」
勢いよくその扉を開け放ったミッキー・シックスは自慢げに胸を張った。
中には大きな布に包まれた何かが中央に置かれていた。その周りには何に使うのかわからないようなものが雑多に置かれている。
「なんですか?」
ソルは恐る恐るといった様子でその包みへと近づいていく。
ふふん、と鼻歌を歌いながらその包みをガバッと取り払うと、そこには小さな船が佇んでいた。
「うわ、船だ。かっこいい!」
へへへ、と嬉しそうに笑ったミッキー・シックスはその船をそっと撫で言った。
「これはね、ボクが自分で作った船なんだ。これでドゥロルパまでひとっ飛びさ」
トントンと船の先端を軽く叩くと、その船はなんとふわりと浮き上がりゆっくりと前進し始めた。帆を張ってはいるがそこに風は吹いてはいない。これも魔法だろうか。
宙に浮く船を目の当たりにしたソルは驚き思わず声を上げた。
「すごい!浮いてるよこれ!」
さも当たり前かのように振り向いたミッキー・シックスはニヤリとして言った。
「言ったでしょ。ひとっ飛びだって」
親指を上げグッと目の前に掲げる。
ふわふわと前進していたその船は庭の中央あたりまで来ると勝手に止まった。
「これに乗ってドゥロルパまで行くといい。すぐに着くはずサ。使わない時はこうやって唱えると良いヨ。『レミ・ビズ・ピーツ』」
歌うようにそう呟くと、目の前に佇む船はたちまちに小さくなっていく。
やがてそれは手のひらに収まるほどの大きさになっていた。
「魔法、僕にも使えるのかな」
小さくなった船を拾い上げ、しげしげと眺めるソルはそう呟いた。
「余裕サ。で、使いたい時はこう言うんだ。『ドレ・ビズ・ピーツ』」
すると、今度は手のひらの船がゆらゆらとその船体を揺らしながら徐々に大きくなっていく。慌てて手を離したソルは、目の前でどんどんと成長を続ける船に圧倒されていた。
「すごいな魔法って」
「ハハハ、キミにもできるはずだヨ。安心して」
ミッキー・シックスはそう言うとクルクルと懐から時計を取り出した。
「お、そろそろだネ」
時計を確認した彼はそう言って入り口の方を振り返る。
釣られてソルもその方向へと視線を向けると、そこにはコーモスがいた。
「あ、コーモス!」
右手を上げ「お疲れさん」と言ったコーモスは嬉しそうにこちらへと駆けてきた。
「旅はどうだった?こっちはすごかったぜ」
へへへ、と笑ったコーモスはソルの肩を叩き「行こうぜ!」と言った。
「今までどこ行ってたの?」
「いろいろさ。お前もいろいろ、だろ?」
さっさと目の前の船に乗り込んだコーモスはどこで学んだのか、船の発進準備をし始めた。
何がなんやらといった様子で呆れたように周りを見渡すソル。
「あっという間だったけど、お別れだネ」
そばにいたミッキー・シックスはそう言うと右手を差し出してきた。
その右手を取るとしっかりと握り感謝を込めて上下に振った。
嬉しそうに笑ったミッキー・シックスは「あぁ、そうだ」と慌てた様子で手を離し、口笛を吹き鳴らし空に向かって手を掲げた。
するとすぐに一匹の獣がその手を目掛けて飛んできた。
「おー、よしよし。今日も可愛いネー」
そう言いながら手のひらに収まるほどの小さな獣を優しく愛でる。
なんの獣だろうか、と興味津々に覗き込むソルの顔面目掛けて突如その小さな獣が飛び出してきた。
バッと顔に張り付かれると、ささっと首を周りはじめやがて肩の上にゆっくりと収まった。
「わぁ。びっくりした」
思わず笑い声を上げたソルはそっと右手を肩口に差し出し、その獣をゆっくりと乗せた。
そこには小さなリスのような獣が大きなまん丸の目をこちらへと向けていた。
「可愛い」
キョロキョロと周りを見渡しながらもソルのことをジロジロと観察しているようだ。指の先の匂いを嗅ぎクシュンとくしゃみをした獣は、またすぐに忙しなくソルの体を駆け巡り始めた。
「それはね、モモンガのモケちゃんっていうんだ。賢い子だからネ。いざって言う時に助けてくれると思うよ」
いつものようにグッと親指を突き立てそう言ったミッキー・シックスは真顔に戻り言った。
「今度こそ、ほんとのお別れだネ。ボクたちは争いには参加しないから、できることはここまで。あとは自分の力でなんとか頑張ってネ。きっと神様は味方してくれるはずだヨ」
ミッキー・シックスはそう言ってソルの手を取り激しく振った。
「神様ってどんな人なんだろう」
ふとそうそう呟いたソルにミッキー・シックスは嬉しそうに答えた。
「『メナフ・オーサンシカ・モ・デンドマー・カロメハ・シワノイヌ』って言うんだ。彼は逃げ続けるために全力で前進するんだ。言ってる意味がわかる、カナ?・・・きっとキミのことも助けてくれるサ」
「初めて聞いた。メナフ・・・なんだって?」
ミッキー・シックスはハハハと笑いソルの背中を押した。
「さぁ、もう行って!頑張るんだヨ」
グッと押し出されたソルは振り返って言った。
「いろいろありがとう。行ってきます」
手を振るソルにミッキー・シックスは親指をグッと立てる。
「ありがとネ!」
小船に乗り込んだソルは、彼と同様親指を突き立て別れを告げた。
あっという間に上昇を始めた小舟はどんどんとその高度を増していく。
どんどんと小さくなっていく大地には、もうミッキー・シックスの姿は見えなくなっていた。
「いろいろ教わった。ルーナたちを助けにさっさと行こう」
コーモスはそう言うと船を急旋回させ空を渡った。
轟々と吹き付ける風は二人を交わすように流れていく。
空から見下ろす世界はとんでもなく美しく、そしてどこまでも大きかった。
その光景に心を震わせたソルは大空を羽ばたく鳥になった気持ちであった。
「行こう!コーモス!」
雲一つない空の中、ソルは両手を広げ笑いながら飛んでいった。
わらわらと帰り始める観客に押し出されるように会場を後にしたソルは、すぐにミッキー・シックスと落ち合った。
「ミッキーさん!どこ行ってたのさ!ほんとにすごかったよ!なんというか・・・とんでもなくよかった!」
ソルは興奮のあまりミッキー・シックスに抱き付き、大声で叫んだ。
「ハハハ、それはよかった。キミに見てもらえてよかったヨ」
驚いた様子のミッキー・シックスは優しくソルの背中を叩き、そっと身を引き離した。
「ラ・フェスタは何か言ってたカイ?」と耳元で囁く。
二人を避けるように蒸気を放つ観客たちがわらわらと帰っていく。
皆興奮冷めやらぬようで口々にショーの感想を熱く語り合っている。
ソルが何か言う前に、ミッキー・シックスはソルの腕を引き外へと連れ出す。
その間ソルは飛び跳ねんばかりにその興奮をわちゃわちゃと伝えようとしていたが、喧騒に飲まれたその想いはミッキー・シックスへは届かなかった。
ギラギラとした建物からは人々が無限に吐き出されていく。その中をソルたちもまた押し流されるように吐き出された。
まるで二人の帰りを待っていたかのように、一頭の馬がノロノロと近づいてきた。
ヨイショ、と軽快にその馬の背中に飛び乗ったミッキー・シックスはソルへと手を差し出した。
「話は歩きながら聞こう」
その手を取ったソルはなんとか馬の背によじ登りしっかりと捕まった。
たった今見たショーがどんなに素晴らしかったのか。何を感じ何に感動したのか。ソルはとめどなくその想いをミッキー・シックスに話し続けた。
その間、彼はただ相槌を打つのみで楽しそうに笑っていた。
頬をくすぐる夜風が冷たくてとても心地が良い。
「そういえば、最後にラ・フェスタが『命は永遠で命は一つ』だって言ってた。永遠ってのはフォスニアンの人たちが生まれ変わって生きているってことなのはわかるけど、一つってのはよくわからなかったなぁ」
うーん、と首を捻りながら、冷静になりつつある頭でぼんやりと考えるソル。
生まれ変わってフォスナで生きる。・・・あれ・・・。
ソルは突如、頭にポッカリと浮かび上がった疑念を尋ねずにはいられなかった。
「ねぇ、ミッキーさん!聞きにくいんですけど、フォスナってもしかして・・・死後の世界?」
ソルのその問いにミッキー・シックスはハハハ、と大声で笑い出した。
ヒーヒー言いながら目に涙を浮かべているようである。慌てて馬を止め飛び降りるミッキー・シックス。肩をプルプルと振るわせながらその場に座り込んだ。
「あ、あの・・・」
ソルはおずおずとミッキー・シックスを伺う。
もしかして怒らせた?
笑い過ぎて苦しそうに身を捩らせていたミッキー・シックスは息も絶え絶えなんとか口を開いた。
「ソルクン。僕たちは、ハハ、死後の世界の住民じゃ、ないから安心していいヨ。アハハ」
ふぅふぅ言いながらなんとかそう言ったミッキー・シックスはまるで病気になったかのようにいまだにニヤニヤと思い出し笑いを堪えているようだ。
「ちょっと待って」
そう言い出すと慌ててタバコを取り出し口に咥える。火をつけ一思いにそれを吸い込むと、先の方が真っ赤に燃え上がった。
ふぅっといつもより深く煙を吐き出したミッキー・シックスはやっと落ち着いたようだ。
笑い過ぎて疲れたのか、はぁっと深くため息をついていた。
「さっきの話に補足するとネ。フォスニアンは確かに一度死んでいる。いわゆる前世ってやつだネ。で、前世で使命を果たした人は神の子としてここフォスナに生まれてくるんだ。いわゆる前世から見た時の来世ってやつ。・・・ここまではわかるカナ?」
ソルはおずおずと頷き話の続きを待った。
前世で使命を果たした人、か。
ミッキー・シックスは再びタバコを口に咥えるとそれをゆっくりと吸い込んだ。
「ふぅー。で、別に僕たちは幽霊でもなんでもなくて、命っていうものは永遠に死と生を繰り返していくものなんだ。いわゆる輪廻って言われている。幽霊ってのは死んだ後もその場所と時間に彷徨い続けることになってしまった可哀想な命なんだ。その命は誰にも救えない。だって自ら命を放棄した者たちだからね。・・・ちなみに、その命の輪廻はキミたち機械人間も植物人間も同じだヨ」
さっさと吸い切ったタバコを残念そうに見つめたミッキー・シックスはポイッと捨て、ソルのことを見やった。
「だからこそしっかりと今の生を堪能するんだヨ。いいネ?」
さっと馬に飛び乗ったミッキー・シックスは「さぁ、行くヨ」と言ってソルの手を取った。
ソルは黙って頷き馬に乗ったが、頭の中ではミッキー・シックスの言った言葉がぐるぐると巡っていた。
命は生と死を繰り返す輪廻。
使命を果たした人はフォスニアンとして生まれ変わる。それも前世の記憶を持ったまま。
フォスニアンの前世は?機械人間?それとも植物人間?僕の前世は?
使命を果たせなかったら?
きっとまた機械人間、もしくは植物人間に生まれ変わるのだろうか?
まぁ、幽霊じゃなきゃなんでもいいか。
・・・ん?
なんだかよくわからなくなってきた。そもそも彼の言う事は真実なのだろうか。
彼はよく自分は神の子孫と言うが、一体どういうことなのだろうか。
ソルは考えることに疲れ、体の倦怠感を意識した。
珍しく大声を上げ続けていたせいであろう。ふと自覚すると途端に全身の疲労を感じた。
「ミッキーさん。今度はどこ行くんですか?」
パカパカと馬を駆るミッキー・シックスは振り返ることなく言った。
「そろそろ帰らないとネ。キミの友達が待っている」
ミッキー・シックスのその言葉にソルは愕然とした。
・・・そうだ。ルーナを助けに行かないと!
まるで夢心地のような気持ちでフォスナでの時間を過ごしていたソルであったが、突如現実に引き戻された。
どのくらいの時間が経ってしまったのだろうか。
なぜこんなにも道草を食ってしまったのだろうか。
・・・ルーナは、無事だろうか。
「ミ、ミッキーさん。どのくらいの時間が経ったんだろう。ルーナは無事かな」
急にソワソワといても経ってもいられなくなったソルは慌てて目の前の背中に問いかける。
「ルーナっていうんだ。可愛い名前だネ。大丈夫だよ。ここからは少し距離があるけどあっという間サ。」
しっかり捕まってて、と言うとミッキー・シックスは馬を駆り立て帰路を急いだ。
夜が明け朝日が世界をキラキラと照らし出している。
ソルは見知らぬ小さな家の前まで辿り着いていた。
ウッドデッキが迫り出した小ぶりの家は、ルナシリスともまた違った出立ちの木で作られた家であった。
「ここ、ボクの家なんだ。・・・時間がなさそうだしおもてなしはまた今度ネ」
ミッキー・シックスはそう言うと「さぁ、こっちへ」と家の脇へと誘った。
うっすらと雑草の生えた小道を行くと、家の影に隠れるようにして厩舎のような大きな建物が建っていた。
「キミにプレゼントだヨ」
勢いよくその扉を開け放ったミッキー・シックスは自慢げに胸を張った。
中には大きな布に包まれた何かが中央に置かれていた。その周りには何に使うのかわからないようなものが雑多に置かれている。
「なんですか?」
ソルは恐る恐るといった様子でその包みへと近づいていく。
ふふん、と鼻歌を歌いながらその包みをガバッと取り払うと、そこには小さな船が佇んでいた。
「うわ、船だ。かっこいい!」
へへへ、と嬉しそうに笑ったミッキー・シックスはその船をそっと撫で言った。
「これはね、ボクが自分で作った船なんだ。これでドゥロルパまでひとっ飛びさ」
トントンと船の先端を軽く叩くと、その船はなんとふわりと浮き上がりゆっくりと前進し始めた。帆を張ってはいるがそこに風は吹いてはいない。これも魔法だろうか。
宙に浮く船を目の当たりにしたソルは驚き思わず声を上げた。
「すごい!浮いてるよこれ!」
さも当たり前かのように振り向いたミッキー・シックスはニヤリとして言った。
「言ったでしょ。ひとっ飛びだって」
親指を上げグッと目の前に掲げる。
ふわふわと前進していたその船は庭の中央あたりまで来ると勝手に止まった。
「これに乗ってドゥロルパまで行くといい。すぐに着くはずサ。使わない時はこうやって唱えると良いヨ。『レミ・ビズ・ピーツ』」
歌うようにそう呟くと、目の前に佇む船はたちまちに小さくなっていく。
やがてそれは手のひらに収まるほどの大きさになっていた。
「魔法、僕にも使えるのかな」
小さくなった船を拾い上げ、しげしげと眺めるソルはそう呟いた。
「余裕サ。で、使いたい時はこう言うんだ。『ドレ・ビズ・ピーツ』」
すると、今度は手のひらの船がゆらゆらとその船体を揺らしながら徐々に大きくなっていく。慌てて手を離したソルは、目の前でどんどんと成長を続ける船に圧倒されていた。
「すごいな魔法って」
「ハハハ、キミにもできるはずだヨ。安心して」
ミッキー・シックスはそう言うとクルクルと懐から時計を取り出した。
「お、そろそろだネ」
時計を確認した彼はそう言って入り口の方を振り返る。
釣られてソルもその方向へと視線を向けると、そこにはコーモスがいた。
「あ、コーモス!」
右手を上げ「お疲れさん」と言ったコーモスは嬉しそうにこちらへと駆けてきた。
「旅はどうだった?こっちはすごかったぜ」
へへへ、と笑ったコーモスはソルの肩を叩き「行こうぜ!」と言った。
「今までどこ行ってたの?」
「いろいろさ。お前もいろいろ、だろ?」
さっさと目の前の船に乗り込んだコーモスはどこで学んだのか、船の発進準備をし始めた。
何がなんやらといった様子で呆れたように周りを見渡すソル。
「あっという間だったけど、お別れだネ」
そばにいたミッキー・シックスはそう言うと右手を差し出してきた。
その右手を取るとしっかりと握り感謝を込めて上下に振った。
嬉しそうに笑ったミッキー・シックスは「あぁ、そうだ」と慌てた様子で手を離し、口笛を吹き鳴らし空に向かって手を掲げた。
するとすぐに一匹の獣がその手を目掛けて飛んできた。
「おー、よしよし。今日も可愛いネー」
そう言いながら手のひらに収まるほどの小さな獣を優しく愛でる。
なんの獣だろうか、と興味津々に覗き込むソルの顔面目掛けて突如その小さな獣が飛び出してきた。
バッと顔に張り付かれると、ささっと首を周りはじめやがて肩の上にゆっくりと収まった。
「わぁ。びっくりした」
思わず笑い声を上げたソルはそっと右手を肩口に差し出し、その獣をゆっくりと乗せた。
そこには小さなリスのような獣が大きなまん丸の目をこちらへと向けていた。
「可愛い」
キョロキョロと周りを見渡しながらもソルのことをジロジロと観察しているようだ。指の先の匂いを嗅ぎクシュンとくしゃみをした獣は、またすぐに忙しなくソルの体を駆け巡り始めた。
「それはね、モモンガのモケちゃんっていうんだ。賢い子だからネ。いざって言う時に助けてくれると思うよ」
いつものようにグッと親指を突き立てそう言ったミッキー・シックスは真顔に戻り言った。
「今度こそ、ほんとのお別れだネ。ボクたちは争いには参加しないから、できることはここまで。あとは自分の力でなんとか頑張ってネ。きっと神様は味方してくれるはずだヨ」
ミッキー・シックスはそう言ってソルの手を取り激しく振った。
「神様ってどんな人なんだろう」
ふとそうそう呟いたソルにミッキー・シックスは嬉しそうに答えた。
「『メナフ・オーサンシカ・モ・デンドマー・カロメハ・シワノイヌ』って言うんだ。彼は逃げ続けるために全力で前進するんだ。言ってる意味がわかる、カナ?・・・きっとキミのことも助けてくれるサ」
「初めて聞いた。メナフ・・・なんだって?」
ミッキー・シックスはハハハと笑いソルの背中を押した。
「さぁ、もう行って!頑張るんだヨ」
グッと押し出されたソルは振り返って言った。
「いろいろありがとう。行ってきます」
手を振るソルにミッキー・シックスは親指をグッと立てる。
「ありがとネ!」
小船に乗り込んだソルは、彼と同様親指を突き立て別れを告げた。
あっという間に上昇を始めた小舟はどんどんとその高度を増していく。
どんどんと小さくなっていく大地には、もうミッキー・シックスの姿は見えなくなっていた。
「いろいろ教わった。ルーナたちを助けにさっさと行こう」
コーモスはそう言うと船を急旋回させ空を渡った。
轟々と吹き付ける風は二人を交わすように流れていく。
空から見下ろす世界はとんでもなく美しく、そしてどこまでも大きかった。
その光景に心を震わせたソルは大空を羽ばたく鳥になった気持ちであった。
「行こう!コーモス!」
雲一つない空の中、ソルは両手を広げ笑いながら飛んでいった。
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